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.第6章 大学1年、前期

133 サークル勧誘(1)

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 キャンパス内にある食堂は3つある。
 友達から一緒に食べようと連絡があったのは一般的な学生食堂だ。
 食券を買って、配膳のおばちゃんたちに声をかけて、自分の料理を持って席につく形式。栄太兄が初めての彼女と出会ったのもこの食堂だと言っていた。

 そんなことを思い出しながら、きょりきょろと席を見渡す。
 窓際の席にいた女子が、大きく手を振ってくれた。

 入学式のとき隣合わせだった立川美穂奈という子だ。一浪して入学したらしいのだけど、それを「マジ? 現役? じゃあ、うち、おばさんじゃーん」と笑いながら自虐ネタにするようなタイプ。
 こげ茶に染めた髪をゆるく巻いていて、化粧もばっちり。ファッションに興味があるんだろうな、というのは一目見て分かったくらいで、私に「もっと化粧しなよー」と、ちょこちょこメイクも教えてくれる。

 私は近づくと、「おはよー」と声をかけた。

「おはよ」
「あ、ども。はじめまして」

 返事をした美穂ちゃんの隣に、知らない男子が一人いた。
 私は戸惑いながら会釈を返す。
 美穂ちゃんは男子を示しながら言った。

「これ、うちの高校んときの友達なの。小谷っていうんだ」
「よろしくね。えっと……」
「橘礼奈です」
「礼奈ちゃん。見た目も名前も可愛いね」

 にこ、と笑われて一瞬引く。
 私の表情が引きつったことに気づいたのか、美穂ちゃんが横から口を開いた。

「礼ちゃんさー、サークルとか決めた?」
「ううん、まだだけど……」
「今、小谷と話してたんだけど、小谷の入ってるサークルで歓迎会あるんだって、来週。礼ちゃんも一緒にどう?」

 いきなりのお誘いに戸惑う。
 友達の誘いなら、と思わなくはないけど、それって飲みサーってやつじゃないんだろうか。
 栄太兄にも、気を付けろって言われてたし……。
 即答は避けて、口を開いた。

「サークルって、どんな……?」
「うーんとね、夏はマリンスポーツ、冬は雪山行くような感じ。季節によっていろいろできて楽しいよ」

 私は思わず「はぁ」と目を丸くした。
 サークルってほんと色々あるんだなぁ。部活とは全然感覚が違うみたい。
 小谷さんはにこにこしながら説明を続けた。

「歓迎会っつっても、無理に入れとは言わないから。説明会みたいな感覚で来てもらえばいいよ。新入生は会費タダで飲み食い放題だし」

 最後に人差し指と親指で〇を作って、またにかりと歯を見せる。
 そうは言ってもなぁ。それだけじゃ判断ができないし……。
 どうしたものかと思っていたら、小谷さんが苦笑した。

「駄目かなー。実はさ、二年は二人以上、一年生連れてこいって言われてるんだよ~。立川が来てくれるのは決まったから、礼奈ちゃんも来てくれたら、俺のノルマ達成で助かるんだ」

 人助けと思って、と手を合わせられると、すぐに断るのも抵抗がある。
 ためらいながら、私は重ねて聞いた。

「えっと……それって、夜ですか?」

 一瞬の間の後、美穂ちゃんと小谷さんは噴き出した。

「当然じゃーん。もう高校生じゃないんだよ。オトナと一緒だって。先輩たちも、カッコいい人いるってよ」
「そーそー。色んな学部の話とか、講義のことも聞けるよ」

 夜、かぁ。
 ……ってことは、お酒も出るってことだろうな。
 やっぱり飲みサーなのかなぁ。

 ちら、と小谷さんを見る。
 軽薄そうではあるけど、常識外れなことをしそうには見えない。
 とはいえ、飲みサーですかと聞いて、そうだよとは言わないだろうなぁ。
 うーんと考えながら、自分の経験値不足が身に沁みた。
 迷っている間にも、美穂ちゃんはにこにこしている。

「女の子なら何人増えてもオッケーだって。ね、行こうよ。せっかく大学生になったんだしさ、いろいろ経験してみた方がいいって」

 ーー経験。
 その言葉に思い出す。
 そっか、そういえば、そうだった。
 私は、いろいろ経験しなくちゃいけないのだった。栄太兄がちゃんと納得してくれるくらい、いろいろ経験して、大人の女にならなくちゃいけない。
 その時間は、たった二年しかないのだ。
 ーーだったら、体当たりであちこちぶつかるしかない。
 私は腹をくくった。

「うん……じゃあ、行ってみようかな」
「あ、ほんと? やった!」

 手を打ったのは小谷さんだった。

「じゃ、来週の水曜日、予定空けといて! 楽しみにしてる。連絡はーー」
「えっと……美穂ちゃん経由でもいいですか?」

 スマホを取り出したのは多分、私と連絡先を交換するつもりだったんだろう。
 けど、なんとなく抵抗があったのでそう言うと、小谷さんはちょっと驚いた顔をしてから肩をすくめた。

「了解。仲良くなったら俺にも教えてね、礼奈ちゃん」

 ぱちんと投げられたウインクに、またしてもぎくりとする。
 ーーおかしいな。健人兄とか父がやってもあんまり違和感ないけど、やっぱり普通は違和感あるもんなんだな。
 そんなことを思って頷きながら、私はどこか不安を感じていた。
 やっぱり断った方がよかったかな。
 でもそれも、私がいろんなことに不慣れだからっていうだけかもしれないし。
 そう、半ば自分に言い聞かせていた。
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