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.第5章 春休み
123 ホワイトデー(4)
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健人兄が決めたドライブコースは、まさにデートコースだった。
横浜の大さん橋から、海沿いを走って、赤レンガ倉庫へ。商業施設に車を停めて、お茶をした後、遊園地の中の大観覧車に乗る。
高さ百メートルを超えるその観覧車は、世界最大級の大きさだという。乗ればその周辺を一望できる、恰好のデートスポットだ。
日が日だからか、観覧車を待つ客は階段に沿ってずらりと並んでいた。私と栄太兄は顔を見合わせたけど、「せっかくだから」とその後ろに並ぶ。
「栄太兄は、気にならないタイプ?」
「何が?」
「こういう行列」
健人兄は短気だから、こんなの見たら即座に回れ右をしそうだ。父もよっぽどじゃなければ並ぶタイプじゃない。悠人兄は……どうかな。本か何かあるなら、じぃっと待ってるかも。
「うーん、普通ならやめるやろうけど。まあ、せっかくやしな」
「何、それ。今日は特別なの?」
冗談で言ったつもりだったのに、栄太兄はははっと笑って「当然やろ」と私の頭をぽんぽん撫でた。
私はその大きな手越しに栄太兄の顔を見上げる。
「今日は礼奈の産まれた日やで。特別に決まっとる」
にこりと微笑んでそう言われて、私は言葉を失った。
「そういうの……」
唇を尖らせて呟いてみたけど、続きは飲み込む。栄太兄が不思議そうに首を傾げていた。
そういうの、困る。
無自覚すぎて歯がゆいくらいだ。
もしかして、朝子ちゃんとのデートのときも、そういうこと、言ったりした?
朝子ちゃんはどういう反応したんだろう。ただ笑って流したんだろうか。
そうなのかもしれない。朝子ちゃんは、私と違ってオトナだから。こんなことくらいで、動じたりしないのかも。
「どうかしたか?」
栄太兄が心配そうに、私の顔を覗き込んで来る。私は笑って首を振った。
「なんでもない。結構並んでるね。……どれくらいかかるかな」
「30分て書いてあるな。まあ、1、2時間待つこともある場所やからマシな方やろ」
その言葉にふと栄太兄を見上げる。
「……誰かと来たことあるの?」
「まー、そりゃな」
栄太兄が肩をすくめる。大学からここまでは近いし、確かに、デートした可能性はある。
「そんときは、こんな行列待つなんて阿保かいな、言うたらめっちゃ怒られた」
「……彼女に?」
栄太兄は苦笑して肩をすくめる。私は聞いたことを後悔した。
いちいち、自分で確認して、自分で嫌な気持ちになって。私って、馬鹿。
「あ、前、進んどるで」
栄太兄が、そっと私の肩を抱いて前へ進む。内心ドキッとしたけど、手を払うことはせずに黙ってそれに従った。
「雨やなくてよかったなぁ。いや、雨やったらもう少し人少なかったかもしれへんか。分からんな」
「……そうだね」
言いながら、私の意識は肩に乗った栄太兄の手にある。心臓は相変わらずドキドキ言っていたけど、素知らぬ風を装い続けた。
栄太兄は気にしていないのか、私の肩に手を添えたまま、「あそこの結婚式場、こないだ友達が挙式してな。人気らしいねん」とか、「あっちの美術館、大学にときどき招待状置いたで」とか、一人で話している。
私はそれに形だけふむふむ頷きながら、どちらかというと、楽し気なその顔を見上げるのに意識を向けていた。
「……あ、すまん。なんや俺の方がテンション高いな」
「ううん、いいの。栄太兄が楽しそうだから、嬉しい」
言ってから、ちょっと言いすぎだったかなとうつむく。頬が熱を持つのが分かった。
栄太兄は私を見下ろして、はっとしたように肩に置いていた手を引っ込める。
「すまん、手」
「ううん。大丈夫」
私はうつむいたまま、ふるふると首を横に振った。ちょっと気まずい空気が流れて、栄太兄がさっき示していた方向に目をやる。
青い空には薄い雲がふわふわと綿毛のように浮いていて、道路を色とりどりの車が走っていた。
海に視線を移すと、波間には白い船が浮かび、陽の光を反射してキラキラと光っている。
「綺麗だね」
私が言うと、栄太兄が「ああ」と頷いた。横顔に視線を感じて、不思議に思って栄太兄を観ると、栄太兄が慌てたように私の見ていた方を見る。
「せやな。--雨やなくてよかった」
さっきと同じこと言ってるよ。
思ったけど、口にするのはやめた。
なんとなくーーちょっとだけ、妹、じゃない何かになれているような気がしたから。
横浜の大さん橋から、海沿いを走って、赤レンガ倉庫へ。商業施設に車を停めて、お茶をした後、遊園地の中の大観覧車に乗る。
高さ百メートルを超えるその観覧車は、世界最大級の大きさだという。乗ればその周辺を一望できる、恰好のデートスポットだ。
日が日だからか、観覧車を待つ客は階段に沿ってずらりと並んでいた。私と栄太兄は顔を見合わせたけど、「せっかくだから」とその後ろに並ぶ。
「栄太兄は、気にならないタイプ?」
「何が?」
「こういう行列」
健人兄は短気だから、こんなの見たら即座に回れ右をしそうだ。父もよっぽどじゃなければ並ぶタイプじゃない。悠人兄は……どうかな。本か何かあるなら、じぃっと待ってるかも。
「うーん、普通ならやめるやろうけど。まあ、せっかくやしな」
「何、それ。今日は特別なの?」
冗談で言ったつもりだったのに、栄太兄はははっと笑って「当然やろ」と私の頭をぽんぽん撫でた。
私はその大きな手越しに栄太兄の顔を見上げる。
「今日は礼奈の産まれた日やで。特別に決まっとる」
にこりと微笑んでそう言われて、私は言葉を失った。
「そういうの……」
唇を尖らせて呟いてみたけど、続きは飲み込む。栄太兄が不思議そうに首を傾げていた。
そういうの、困る。
無自覚すぎて歯がゆいくらいだ。
もしかして、朝子ちゃんとのデートのときも、そういうこと、言ったりした?
朝子ちゃんはどういう反応したんだろう。ただ笑って流したんだろうか。
そうなのかもしれない。朝子ちゃんは、私と違ってオトナだから。こんなことくらいで、動じたりしないのかも。
「どうかしたか?」
栄太兄が心配そうに、私の顔を覗き込んで来る。私は笑って首を振った。
「なんでもない。結構並んでるね。……どれくらいかかるかな」
「30分て書いてあるな。まあ、1、2時間待つこともある場所やからマシな方やろ」
その言葉にふと栄太兄を見上げる。
「……誰かと来たことあるの?」
「まー、そりゃな」
栄太兄が肩をすくめる。大学からここまでは近いし、確かに、デートした可能性はある。
「そんときは、こんな行列待つなんて阿保かいな、言うたらめっちゃ怒られた」
「……彼女に?」
栄太兄は苦笑して肩をすくめる。私は聞いたことを後悔した。
いちいち、自分で確認して、自分で嫌な気持ちになって。私って、馬鹿。
「あ、前、進んどるで」
栄太兄が、そっと私の肩を抱いて前へ進む。内心ドキッとしたけど、手を払うことはせずに黙ってそれに従った。
「雨やなくてよかったなぁ。いや、雨やったらもう少し人少なかったかもしれへんか。分からんな」
「……そうだね」
言いながら、私の意識は肩に乗った栄太兄の手にある。心臓は相変わらずドキドキ言っていたけど、素知らぬ風を装い続けた。
栄太兄は気にしていないのか、私の肩に手を添えたまま、「あそこの結婚式場、こないだ友達が挙式してな。人気らしいねん」とか、「あっちの美術館、大学にときどき招待状置いたで」とか、一人で話している。
私はそれに形だけふむふむ頷きながら、どちらかというと、楽し気なその顔を見上げるのに意識を向けていた。
「……あ、すまん。なんや俺の方がテンション高いな」
「ううん、いいの。栄太兄が楽しそうだから、嬉しい」
言ってから、ちょっと言いすぎだったかなとうつむく。頬が熱を持つのが分かった。
栄太兄は私を見下ろして、はっとしたように肩に置いていた手を引っ込める。
「すまん、手」
「ううん。大丈夫」
私はうつむいたまま、ふるふると首を横に振った。ちょっと気まずい空気が流れて、栄太兄がさっき示していた方向に目をやる。
青い空には薄い雲がふわふわと綿毛のように浮いていて、道路を色とりどりの車が走っていた。
海に視線を移すと、波間には白い船が浮かび、陽の光を反射してキラキラと光っている。
「綺麗だね」
私が言うと、栄太兄が「ああ」と頷いた。横顔に視線を感じて、不思議に思って栄太兄を観ると、栄太兄が慌てたように私の見ていた方を見る。
「せやな。--雨やなくてよかった」
さっきと同じこと言ってるよ。
思ったけど、口にするのはやめた。
なんとなくーーちょっとだけ、妹、じゃない何かになれているような気がしたから。
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