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.第5章 春休み

112 卒業旅行(7)

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「部屋はここ使って。元々、栄太郎の部屋なんだけど」

 通されたのは2階の一室だった。壁際に置いた本棚には、漫画や小説本が数冊置いてある。
 栄太兄がいた頃の名残だろう。
 高校生の頃の栄太兄を感じて、私は思わず、ドキドキしてしまった。

「一緒の部屋でいいかしら? 女の子がいたことがないから、そういうのうといんだけど」
「あ、大丈夫です。お気遣いなく」

 私が答えると、和歌子さんは「それならよかった」とにこりとした。

「ベッドは栄太郎のだけど、もちろんシーツとかは換えてあるから気にせず使って。……ここはレディファーストで礼奈ちゃんがベッドかな?」
「ま、僕は荷物持ちなんで。床でも問題ないっす」

 いけしゃあしゃあと健人兄が言って、足元に畳んである布団をぽんと叩いた。和歌子さんは笑うと、「じゃあ、準備したら降りておいで。ご飯にしよう」と階段を降りて行く。
 その途中、廊下から声がした。

「あれ? 健人くんって飲めるんだっけー?」
「飲めまーす」
「よーし、じゃあつき合ってもらおー」

 和歌子さんが嬉し気に答えているのを聞いて、健人兄は笑った。

「期待してたのかな。息子の代わりにご相伴」
「さあ、どうだろ。よかったね、飲めて」
「つき合い、つき合い」

 ちょっとした厭味も込めたつもりだったけれど、兄は悪びれず、歌うように言った。
 私と健人兄は軽く荷物を整理して、手土産を持って1階の居間へ降りた。
 居間に行く途中で見かけた和室に仏壇を見つけ、「あ」と足を止める。
 そっか、栄太兄のおじいさん。
 金田のおじいさんが亡くなったのは、私が高1の冬だった。
 お葬式は年始の頃で、仕事があって両親は行けず、隼人さんだけが代表で参列したのだったと思い出す。
 そして初盆のとき、栄太兄と親たちは奈良へ集まったのだったーー私たちが、鎌倉でイトコ会をしたあのときだ。

「あのぅ、和歌子さん」

 台所から居間に料理を運んでいる和歌子さんに、恐る恐る声をかけた。和歌子さんが「なぁにー?」と応える。私はちらと和室を目で示して、

「手、合わせてもいいですか。おじいさんに」

 言うと、和歌子さんは驚いたように目を見開いてから、くしゃりと破顔した。

「もちろん。--ふふ、嬉しいわ。ありがとう」

 和歌子さんは笑顔で、和室の電気を点けてくれた。お線香のためのろうそくも。
 私はお線香を一本手に取って火を点け、線香立てに立てる。
 ちぃん、とお鈴を鳴らすと、手を合わせた。

「おじいちゃん、礼奈ちゃんが挨拶してくれるよ。嬉しいね。よかったねぇ」

 和歌子さんが嬉しそうに横で囁く。
 私はそれを耳にしながら目を閉じ、漂ってくる線香の香りを少し楽しんだ。

「……いい匂い。もしかして、お香?」
「うん、そう。少しいいやつ。日頃、手を合わせるのは私くらいだからね。おじいちゃんと私、2人のお楽しみ」

 和歌子さんが目を細める。
 和歌子さんにとっては実の父ではないはずだけれど、長く一緒に過ごした家族に変わりないのだ。
 父以外の人をお父さんと呼び、その死を悼む。その傍にいる。
 --なんだか、まだ想像もつかない。

「気づいたら、鎌倉の両親よりも、おじいちゃんと一緒にいた時間の方が長くてね。ほら、私大学もこっちだったから、考えてみたら鎌倉の両親とはそんなに長く住んでないのよ」

 言われて「なるほど」と頷いた。
 そしてまた、おじいちゃんの遺影に目をやる。
 孝次郎さんに似た目は一見厳しそうだけれど、遺影の中のおじいちゃんは穏やかに笑っていた。

「ほんと、家族だからずっと一緒、って思ってても意外と短いもんよね。あなたたちも、新しい家族の方がもっと長くいることになるかも。ご両親を大切にしなさい」

 説教くさいことを言いながら、その表情はあくまで優しい。
 私は頷いて立ち上がる。健人兄も私に続いて手を合わせた。

「まあ、栄太郎みたいに、新しい家族どころか一人の時間が一番長くなることもあるかもだけどね。ほんっとあの子、どうするつもりだか。健人くん、何か聞いてない?」

 手を合わせ終わり、立ち上がった健人兄に和歌子さんが問う。健人兄は笑って肩をすくめた。

「聞いてないですね、残念ながら」
「あっそー。家に何かこー、女性の気配とか」
「僕が見た限りでは、何もないです」
「やーだ。健人くんが見て何もないなら、ほんとに何もないわよ。あの子、そういうの隠すのすっごく下手なんだから」

 言いながら歩く和歌子さんが、「高校生のときにね」なんて話し始める。

「あの子、お宝をどこにしまってたと思う? ほんっと笑っちゃうんだけど」
「ベッドの下とか? 机の中?」
「ううん。枕の下」

 和歌子さんは苦笑して腰に手を置く。

「私、枕カバーはこまめに洗うのよ。臭くなるから気になるでしょ。あの子だって、そう分かってるはずなのに」

 健人兄がぶはっと笑った。

「それ、隠す気なかったんじゃないすか?」
「と思うでしょー。でもね、カバーを換えた後、机の上にちゃーんと置いておいたら、あの子挙動不審になっちゃって。『母さん、部屋に入った?』て真っ赤で訊いてきて。そりゃ必要があれば入るわよ。枕カバー洗っといたからね、って答えたら泣きそうになってたわ」

 健人兄が腹を抱えて笑っている。和歌子さんもそれを満足げに見ていて、私はひとり、戸惑っていた。

「あのぅ……」
「あら、なぁに?」

 私は困って、首を傾げる。

「……お宝、って何ですか?」

 その瞬間、健人兄が膝から崩れ落ちた。
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