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.第4章 高校3年

103 合格発表(3)

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 部屋に戻ると、ふと学校用のリュックが目についた。栄太兄から贈られてきた5つのお守りと、私の買った太宰府のお守りがついたそれは、塾にも、試験会場にも持って行っていたかばんだ。
 戦友へのねぎらいの気持ちを込めて、そのリュックを撫でる。不格好にその形を賑やかしているお守りたちが妙に愛おしく感じて笑うと、そっとその1つを手に取った。
 その5つの神社が、一体どのくらい離れたところにあるのか、私は知らない。集めるのにどれくらいの時間がかかったのかも分からない。
 けど、間違いなく、栄太兄が私のために、わざわざ足を運んで、手を合わせてくれた場所なのだ。
 一つ一つを撫でながら考える。大学入学までに、京都と奈良に行こう。栄太兄が訪れた場所に、今度は自分の足で訪れて、神様にお礼をしよう。
 お守りを外そうとして、一度手を止める。
 そういえば、ちゃんとかばんにつけてるってこと、栄太兄に言ってなかった。
 そう気づいてスマホを手にする。リュックはだいぶ擦れて、薄汚れているけれど、それもこの際いい味が出ていると思おう。
 私の戦友たるリュックと、そこについたお守りたちの写真を撮ると、今度は自分のスマホから栄太兄に送った。

【お守り、たくさんありがとう。おかげで無事、合格できました】

 送信ボタンを押してから、なんだか満たされたような、気恥ずかしいような気持ちになる。
 これで私は晴れて大学生になる。
 それもじわじわと実感になりつつあって、どこか誇らしかった。
 兄たちにまた一歩近づけるんだ。
 確かに、一度はまた置いて行かれるものだけど、いずれは追いつけるはずだ。大学を経、就職すれば、もう対等に並ぶことができるはず。兄とも。従兄とも。ーー栄太兄とも。
 ……いや、さすがに栄太兄はちょっと、遠すぎるかな。

 思っていたら、スマホが震えた。はっとして手に取ると、栄太兄からの着信だ。
 私しかいない部屋なのに、思わず周りを確認して、どきどきしながら通話ボタンを押す。耳に押し当て、息を吐き、吸ったとき、先に向こうから声がした。

『もしもし? ーー礼奈?』

 名前を呼ばれた瞬間、ぶわっ、と顔が熱を持った。心臓が、合否を確認したときと同じくらいの力で波打ち始める。手の震えもそのときと同じようで、頭の中は軽いパニック状態だ。

『もしもーし?』

 訝しがるような声がして、答えていなかったことに気づく。「は、はい」と上擦った声で言ってから、咳ばらいして「もしもし」と改めた。
 落ち着け、自分。落ち着け、落ち着けーー
 自分を諌めながら、空いた手で頬に触れる。顔はやっぱり熱くて、これじゃまるっきり恋する乙女だ。
 そんな自分が気恥ずかしくて、続く言葉を見つけられずにいたら、栄太兄が嬉しそうに笑った。

『ごめんな、急に電話して。声聞きたかって』

 うっ、と喉奥で呻きそうになる。
 声を聞きたかったのは私の方だ。栄太兄の言うそれに、深い意味はない。
 そうわかっているのに、泣きそうなほど嬉しくなる。

『合格、おめでとう。がんばったなぁ。ようやったわ。俺の心配なんて要らんお世話やったな』

 笑う栄太兄の向こうに、声が広がっているのを聞き取った。空間の広がりを感じて、「今、会社?」と問うと、『ああ』と答えが返ってくる。

『相変わらず残業中や。もう少し要領よくせなあかんと思てるんやけどな。政人にもよう呆れられる』

 そんな軽口に、どう答えていいか分からない。
 「そう」とだけあいづちを打つ。
 本当は、無理しないで、とか、たまにはゆっくりしてね、とか、気の利いたことを言いたいのに、社会人がどういうものか分からないから、何も言えない。

『合格祝いも、考えとき。大学の入学祝いはもう礼奈で最後やからな。俺ができることなら何でも聞いてやる』

 ーー何でも。
 ほんとに?

 喉までそう出かけて、自分で笑った。分かってる、そんな希望はさすがにあんまりだ。栄太兄だって想像もしてないはず。
 笑った私に、栄太兄が『何や、どうした?』と聞いてきた。私は「何でもない」と答える。

「……そうだね。考えとく」

 どきどきばくばく言っていた心臓は、気付けば落ち着いていた。心地のいい声。気のおけない人の優しさ。どんな態度を取っても離れていったりしない安心感。
 同時に感じる切なさ。私と栄太兄の距離は、これ以上近づくことはないんだろう。ずっと。ーーすぐに追いつけないのと同じように。

「……栄太兄」

 呼びかけたら、なんだかちょっと甘えたような声になった。栄太兄はそれを聞き取ったのかどうか、『ん、なんや?』と優しく応じてくれる。
 ぎゅう、と胸が苦しくなった。

 ……すきだよ。

 息を吐き出すことなく、口を動かしてみる。苦しくて切なくて愛おしくて、悔しかった。栄太兄が癒しを求めているなら、誰かに甘えたいんなら、私がそうなってあげるのに。そうしていいのだったら、いくらでも近くにいて、はっぱをかけたり慰めたり、疲れを労ったりしてあげるのに。
 だけど、実際には何もできない。
 私は笑って、「何でもない」と言った。
 栄太兄は『そうか』と笑って、『じゃあ、仕事に戻るわ』と電話を切った。
 私は「うん、おやすみ」と言って、栄太兄のおやすみを聞いて、スマホを手に持ったまま、ベッドの上で膝を抱えた。
 まだまだ、私は子どもなのだ。
 栄太兄のことを理解して、支えてあげられるほど、大人じゃない。
 そうわかっているのに、辛かった。膝を胸にぎゅうと引き寄せて抱きしめて、顔を埋めた。
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