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.第3章 高校2年、後期
57 修学旅行(2)
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幸い、バスの乗客はあまり多くなかった。これなら、あえて隣り合わせに座る必要もなさそうだ。
私は慶次郎が座ったのを見て、通路を挟んで斜め後ろの席を選んで腰かけた。
エンジンがかかり、バスが小さく振動する。慶次郎はイヤホンをつけて窓の外を眺めている。音楽を聞いているのだろう。
ふと見たその横顔には、かけらほども少年ぽさが見当たらなかった。いつもとのギャップになんだか戸惑う。
昔から変わらない、子供っぽい幼馴染ーー
そうとばかり思っていたのに、ここ最近、意外な面をあれこれ見せられているような気がする。
私が知らなかった慶次郎の顔。振る舞い。
私が思ったことのない慶次郎への印象。
そういうものを知る度に、私は思うのだ。
もしかしたら、慶次郎は私の前で子どもっぽくなるだけで、本当はもう少し大人びた男子なのかもしれない、なんて。
幼少期から一緒に過ごしてきた癖みたいなもので、私の前ではついつい小学生じみた態度を取ってしまうのかもしれない。
私と同じように。
そう――私自身も、慶次郎の前ではついつい子どもっぽい態度になる自覚があるから。
もしも。
もしも、高校で初めて、慶次郎に会っていたとしたら、どんな男子に見えたんだろう。
頼りになるクラスメイト、に見えただろうか。
もし、私が後輩だったとしたら。
あーちゃんと同じように、「憧れの先輩」だったかもしれない。
ぼんやり見つめていたら、慶次郎がこちらを振り向いた。
私の視線に気づいたんだろうか。
自然さを取り繕いつつ、内心は慌てて窓の外を見やる。
バスはもう走り始めていた。アスファルトで舗装された道路を、ビル街を進んでいく。10分か20分行けば、高速に乗ることになるはずだ。
顔は窓の外を眺めた角度のまま、目だけで慶次郎の姿を確認してみた。
一瞬車内を見渡しただけだったのだろう、慶次郎はもうこちらを見ていない。本を読むでも、勉強するでもなく、イヤホンをしたまま目を閉じている。
そのことにほっとすると、私はまた窓の外を見た。
天気は秋晴れ。せっかくの旅行なのだから、九州でも天気に恵まれるといいな。
慶次郎の真似をしたわけじゃないけれど、バスの揺れを感じながら目を閉じた。
すると、昨日の睡眠が浅かったからか、それとも今朝の早起きのせいだろうかーー
私は知らないうちに、深い眠りに落ちていた。
***
「橘」
肩を揺さぶられて、まばたきをする。一瞬自分がどこにいるのかわからず、困惑して辺りを見回した。
見上げた先にいたのは慶次郎だ。
「おい、着いたぞ」
慶次郎は私が目を覚ましたことを確認すると、さっさとバスを降りてしまった。私ははっとして、慌てて手荷物を手に立ち上がる。
私ってば、どんだけ気持ちよく熟睡しちゃってんのよ!
とたんに恥ずかしさで顔が熱くなる。あまりに熟睡していたから、思わず口元によだれがついてないか確認してしまった。
あー、よかった。ついてない。
慶次郎によだれ垂らしながら寝てる顔とか見られてたら、ほんとオヨメニイケナイ。
降りる前に席を振り返って、忘れ物がないことを確認した。これ以上、恥を上塗りするわけにはいかない。押さえるところは押さえないと。
バスを降りると、慶次郎が立っていた。
「控えの券持ってるか?」
「あ、うん」
慶次郎は既に自分の荷物を受け取ったのに、待っていてくれたらしい。その前には私の荷物があった。
私は手荷物の中からパスケースを取り出し、挟んでいた控えの券をバスの運転手に差し出す。
荷物を引き換えた運転手は、「気を付けて行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。私たちが修学旅行生だと分かっているのだろう。
慶次郎は軽く頷いて、さっさと歩き出した。
私と慶次郎の身長差は裕に20cm以上ある。当然、彼の方が足が長くて歩幅が広かった。
3泊4日の荷物が入っているであろうボストンバッグを軽々と担いで歩いていく慶次郎に、キャリーバッグを引き引きついて行こうとしたけれど追い付けない。ちょっと焦って、声をかけようと息を吸ったとき、ふと気づく。
考えてみれば、無理についていく必要もないのだ。
ーーというか、一緒に到着して周りに変に茶化されるのも面倒くさいじゃないか。
時計を見れば、集合時間まではまだ余裕がある。私は私のペースで行こう、と歩みを緩めた。
空港の中は土産屋がずらりと並んでいた。美味しそうなお菓子についつい目が向く。
そういえば、九州で案内してくれるヒカルさんに、なにかお礼を持って行った方がいいんじゃないだろうか。ちょっとしたお菓子とか。
そう気づいて自分のお小遣いを思い浮かべ、土産屋に足を向けかけたとき、スマホが震えた。
見やると父からのメッセージだ。
【空港着いたか? 言い忘れたが、ヒカルへのお礼は俺がするから、何か買って行こうとか思わなくてもいいぞ】
……あ、はい。そうですか。
すっかり思考を読まれている。ひとり恐縮して肩をすくめた。
父がそう言うなら従うことにしようと、私は土産屋さんから視線を引き剥がして返事をした。
【了解しました。空港着きました。行ってきます!】
きっと、母が父の隣で心配していることだろう。そう思っての報告に、【行ってらっしゃい】とすぐに返事があった。
それを確認して、集合場所へと歩いていく。
「あ、礼奈、来た来た~!」
集合場所に群れた生徒の中から、小夏の明るい声がした。ぶんぶん手を振る長身に、私も手を振り返す。
家族旅行にドライブが多いとはいえ、飛行機に乗ったことがないわけじゃない。けど、家族が一緒にいないで乗るのは初めてだ。
家族から離れて友達と過ごす修学旅行は、やっぱり特有の解放感とワクワク感がある。
飛行機に乗り込むまで、私は小夏とあれこれ話して盛り上がった。周りもみんな同じように浮き立っていて、余計に気分を高揚させる。
【楽しんでおいでね。ボンボヤージュ!】
母からのそのメッセージにその夜ようやく気づいて、ちょっと浮き立ちすぎだったかな、なんて反省したくらいだ。
私は慶次郎が座ったのを見て、通路を挟んで斜め後ろの席を選んで腰かけた。
エンジンがかかり、バスが小さく振動する。慶次郎はイヤホンをつけて窓の外を眺めている。音楽を聞いているのだろう。
ふと見たその横顔には、かけらほども少年ぽさが見当たらなかった。いつもとのギャップになんだか戸惑う。
昔から変わらない、子供っぽい幼馴染ーー
そうとばかり思っていたのに、ここ最近、意外な面をあれこれ見せられているような気がする。
私が知らなかった慶次郎の顔。振る舞い。
私が思ったことのない慶次郎への印象。
そういうものを知る度に、私は思うのだ。
もしかしたら、慶次郎は私の前で子どもっぽくなるだけで、本当はもう少し大人びた男子なのかもしれない、なんて。
幼少期から一緒に過ごしてきた癖みたいなもので、私の前ではついつい小学生じみた態度を取ってしまうのかもしれない。
私と同じように。
そう――私自身も、慶次郎の前ではついつい子どもっぽい態度になる自覚があるから。
もしも。
もしも、高校で初めて、慶次郎に会っていたとしたら、どんな男子に見えたんだろう。
頼りになるクラスメイト、に見えただろうか。
もし、私が後輩だったとしたら。
あーちゃんと同じように、「憧れの先輩」だったかもしれない。
ぼんやり見つめていたら、慶次郎がこちらを振り向いた。
私の視線に気づいたんだろうか。
自然さを取り繕いつつ、内心は慌てて窓の外を見やる。
バスはもう走り始めていた。アスファルトで舗装された道路を、ビル街を進んでいく。10分か20分行けば、高速に乗ることになるはずだ。
顔は窓の外を眺めた角度のまま、目だけで慶次郎の姿を確認してみた。
一瞬車内を見渡しただけだったのだろう、慶次郎はもうこちらを見ていない。本を読むでも、勉強するでもなく、イヤホンをしたまま目を閉じている。
そのことにほっとすると、私はまた窓の外を見た。
天気は秋晴れ。せっかくの旅行なのだから、九州でも天気に恵まれるといいな。
慶次郎の真似をしたわけじゃないけれど、バスの揺れを感じながら目を閉じた。
すると、昨日の睡眠が浅かったからか、それとも今朝の早起きのせいだろうかーー
私は知らないうちに、深い眠りに落ちていた。
***
「橘」
肩を揺さぶられて、まばたきをする。一瞬自分がどこにいるのかわからず、困惑して辺りを見回した。
見上げた先にいたのは慶次郎だ。
「おい、着いたぞ」
慶次郎は私が目を覚ましたことを確認すると、さっさとバスを降りてしまった。私ははっとして、慌てて手荷物を手に立ち上がる。
私ってば、どんだけ気持ちよく熟睡しちゃってんのよ!
とたんに恥ずかしさで顔が熱くなる。あまりに熟睡していたから、思わず口元によだれがついてないか確認してしまった。
あー、よかった。ついてない。
慶次郎によだれ垂らしながら寝てる顔とか見られてたら、ほんとオヨメニイケナイ。
降りる前に席を振り返って、忘れ物がないことを確認した。これ以上、恥を上塗りするわけにはいかない。押さえるところは押さえないと。
バスを降りると、慶次郎が立っていた。
「控えの券持ってるか?」
「あ、うん」
慶次郎は既に自分の荷物を受け取ったのに、待っていてくれたらしい。その前には私の荷物があった。
私は手荷物の中からパスケースを取り出し、挟んでいた控えの券をバスの運転手に差し出す。
荷物を引き換えた運転手は、「気を付けて行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。私たちが修学旅行生だと分かっているのだろう。
慶次郎は軽く頷いて、さっさと歩き出した。
私と慶次郎の身長差は裕に20cm以上ある。当然、彼の方が足が長くて歩幅が広かった。
3泊4日の荷物が入っているであろうボストンバッグを軽々と担いで歩いていく慶次郎に、キャリーバッグを引き引きついて行こうとしたけれど追い付けない。ちょっと焦って、声をかけようと息を吸ったとき、ふと気づく。
考えてみれば、無理についていく必要もないのだ。
ーーというか、一緒に到着して周りに変に茶化されるのも面倒くさいじゃないか。
時計を見れば、集合時間まではまだ余裕がある。私は私のペースで行こう、と歩みを緩めた。
空港の中は土産屋がずらりと並んでいた。美味しそうなお菓子についつい目が向く。
そういえば、九州で案内してくれるヒカルさんに、なにかお礼を持って行った方がいいんじゃないだろうか。ちょっとしたお菓子とか。
そう気づいて自分のお小遣いを思い浮かべ、土産屋に足を向けかけたとき、スマホが震えた。
見やると父からのメッセージだ。
【空港着いたか? 言い忘れたが、ヒカルへのお礼は俺がするから、何か買って行こうとか思わなくてもいいぞ】
……あ、はい。そうですか。
すっかり思考を読まれている。ひとり恐縮して肩をすくめた。
父がそう言うなら従うことにしようと、私は土産屋さんから視線を引き剥がして返事をした。
【了解しました。空港着きました。行ってきます!】
きっと、母が父の隣で心配していることだろう。そう思っての報告に、【行ってらっしゃい】とすぐに返事があった。
それを確認して、集合場所へと歩いていく。
「あ、礼奈、来た来た~!」
集合場所に群れた生徒の中から、小夏の明るい声がした。ぶんぶん手を振る長身に、私も手を振り返す。
家族旅行にドライブが多いとはいえ、飛行機に乗ったことがないわけじゃない。けど、家族が一緒にいないで乗るのは初めてだ。
家族から離れて友達と過ごす修学旅行は、やっぱり特有の解放感とワクワク感がある。
飛行機に乗り込むまで、私は小夏とあれこれ話して盛り上がった。周りもみんな同じように浮き立っていて、余計に気分を高揚させる。
【楽しんでおいでね。ボンボヤージュ!】
母からのそのメッセージにその夜ようやく気づいて、ちょっと浮き立ちすぎだったかな、なんて反省したくらいだ。
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