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.第2章 高校2年、夏休み
40 イトコ会(7)
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「じゃあ、またね」
翌朝、教習所に行くという朝子ちゃんと一緒に祖父母の家を出ることにした。
手を挙げかけた祖父が、ふと首を捻る。
「礼奈は、敬老の日も来るのか?」
「敬老の日? え、もう集まる日決まってるの?」
「えっと、来月の第3土曜日だったよね」
ま、またか……!
「聞いてないっ……!!」
「ほ、ほら、礼奈ちゃん忙しそうだから、言うの忘れちゃうんじゃないのかな?」
腹立たしさに奥歯を噛み締める私を見て、朝子ちゃんが慌ててフォローをした。
私は9月の予定を思い浮かべ、ますます落ち込む。
「……その日、体育祭だよ……」
「あらー」
朝子ちゃんと祖母が顔を見合せる。
なんかもう、あれかな。私が行けない日に集まろう、とでも話してるのかな。
そういうレベルで、ものの見事に私のイベントが重なっている。
「まあ、またいつでも来なさい。待ってるから」
祖母にそう言われ、ぎゅうと抱きついた。
「また来るー。おばあちゃんもおじいちゃんも、元気でね」
「ふふ。昨日と今日でずいぶん若返ったような気がするよ。ね、おじいちゃん」
「そうだね」
4人で笑い合うと、祖父母に手を振って、朝子ちゃんと二人で鎌倉駅へと歩き始めた。
夏休みの鎌倉は人が多いけれど、朝一で出ればそんなこともない。
朝とはいえ日差しは強くて、朝子ちゃんが持っている日傘に一緒に入れてもらって歩いた。まだお店が開く前だから、日中は人で賑わう小町通りも落ち着いて歩ける。
「あんな店あったっけ」
「前は呉服屋さんだったよねぇ」
そんな話をしながら歩いているうち、朝子ちゃんの車の免許の話になった。
「あとどれくらいで取れそうなの?」
「夏の間には取るつもりだよ」
「そんなにすぐ取れるの?」
「まあ、大学生の夏休みは二ヶ月あるしね」
「そっかー、長くていいなぁ」
頷きながら歩いていて、ふと思い出す。
「栄太兄も免許持ってたよね。ドライブデートもありなんじゃない?」
言いながら、お腹の中に黒い何かが渦巻いた。
何だろう、これ。
気のせいだ……ただの気のせい。
そう自分に言い聞かせながら、朝子ちゃんを見上げる。
そこには顔を赤らめた横顔があった。
「ど、ドライブデートはちょっと……いきなり難易度高くない?」
本気で照れたような顔に、思わず「照れてる! かわいー」と腕を突く。
茶化しながら、胸を締め付けられたような苦しさを感じた。
栄太兄のことだ、朝子ちゃんにそう所望されたら、「ええで」と笑顔で言うに違いない。
何のためらいもなく。
それがなんで、こんなにも不愉快なんだろう。訳が分からない。二人が車で出かけても……つき合っても結婚しても、別に何も変なことではないはずだ。
だって、イトコ同士なんだから。
胸の中がざらつく。どろどろしているのは、今まで感じたこともない感情だった。
一体、これは何なんだろう。
強張りそうになる表情を紛らわせるようと、唇を尖らせた。話題を変えることにして、「それにしても」とため息をつく。
「ひどいよねぇ。また私のイベントがある日に集まるなんて」
「ほんと、残念だね」
朝子ちゃんは苦笑した後、「そうだ」と手を叩いた。
「あのね。敬老の日、孫からもプレゼントを買おうって話が出てたんだ。夏休みの間にみんなで買いに行かない?」
「あっ、いいかも! それ、いいね!」
素敵な発案に、感じていたどろどろが一気に吹っ切れた。
ぱちぱち手を叩くと、朝子ちゃんは乗り気顔で頷いた。
「そうしよう! みんなに予定聞いてみようね」
「うん!」
すぐに気持ちが上書きされる、自分の単純さに笑ってしまう。
いや、朝子ちゃんがすごいのだ。落ち込んだ私を前向きにさせる案を次々と出しくれるし、約束はちゃんと守ってくれる。
ほんと、こんなお姉ちゃんがいたらなぁ。
「朝子ちゃん、優しいし企画力もあるし、ほんとすごい。何かのときには、朝子ちゃんに相談しよー。悠人兄も健人兄も、あんまりあてにならないし」
「あははは。まあ、性別の違いもあるよね。私もお兄ちゃんに相談する気にはならない」
私の言葉に、朝子ちゃんも賛同してくれた。私もうんうんと頷く。
「そもそも、翔太くんに相談したら『悩むエネルギーが無駄』って言われそう」
「礼奈ちゃん、分かってるぅー。ほんとそれ。慰めにも参考にもならないだけじゃなくて、むしろストレスになるよね。ほんと、お兄ちゃん結婚とかできんのかなー。無理な気がする。私だったら絶対やだ」
「同じタイプの人ならいいのかもよ。理路整然とした感じの」
「や、それはない。あの人、ああ見えてニコニコして優しい人が好きだもん」
「え、そうなんだ」
「そうそう。そういう人の前だと本人なりにしゃべろうとするし」
「わ、そういうとこ見てみたーい」
きゃっきゃと話しながら歩いていく。
人気のない鎌倉駅は、いつもの観光地らしさとは違って感じた。こうして見ると、ちょっと古い建物が残った普通の街だ。
まだ実家に住んでいた頃の父たちは、こういう街も見慣れていたのだろう。そう思うとちょっと不思議な気がした。
鎌倉から大船へ出ると、それぞれ東海道線の上りと下りに乗り換える。ホームは別々になるから、階段を降りる前に、朝子ちゃんが言った。
「礼奈ちゃん、何かあったら、いつでも連絡ちょうだい。受験のことでも、恋愛のことでも」
朝子ちゃんが手を振って階段を降りていく。私は笑って手を振った。
恋愛……恋愛ねぇ……
そもそも、相談できるようなことがなさそうだ。
ホームで電車を待ちながら、ため息をついた。
翌朝、教習所に行くという朝子ちゃんと一緒に祖父母の家を出ることにした。
手を挙げかけた祖父が、ふと首を捻る。
「礼奈は、敬老の日も来るのか?」
「敬老の日? え、もう集まる日決まってるの?」
「えっと、来月の第3土曜日だったよね」
ま、またか……!
「聞いてないっ……!!」
「ほ、ほら、礼奈ちゃん忙しそうだから、言うの忘れちゃうんじゃないのかな?」
腹立たしさに奥歯を噛み締める私を見て、朝子ちゃんが慌ててフォローをした。
私は9月の予定を思い浮かべ、ますます落ち込む。
「……その日、体育祭だよ……」
「あらー」
朝子ちゃんと祖母が顔を見合せる。
なんかもう、あれかな。私が行けない日に集まろう、とでも話してるのかな。
そういうレベルで、ものの見事に私のイベントが重なっている。
「まあ、またいつでも来なさい。待ってるから」
祖母にそう言われ、ぎゅうと抱きついた。
「また来るー。おばあちゃんもおじいちゃんも、元気でね」
「ふふ。昨日と今日でずいぶん若返ったような気がするよ。ね、おじいちゃん」
「そうだね」
4人で笑い合うと、祖父母に手を振って、朝子ちゃんと二人で鎌倉駅へと歩き始めた。
夏休みの鎌倉は人が多いけれど、朝一で出ればそんなこともない。
朝とはいえ日差しは強くて、朝子ちゃんが持っている日傘に一緒に入れてもらって歩いた。まだお店が開く前だから、日中は人で賑わう小町通りも落ち着いて歩ける。
「あんな店あったっけ」
「前は呉服屋さんだったよねぇ」
そんな話をしながら歩いているうち、朝子ちゃんの車の免許の話になった。
「あとどれくらいで取れそうなの?」
「夏の間には取るつもりだよ」
「そんなにすぐ取れるの?」
「まあ、大学生の夏休みは二ヶ月あるしね」
「そっかー、長くていいなぁ」
頷きながら歩いていて、ふと思い出す。
「栄太兄も免許持ってたよね。ドライブデートもありなんじゃない?」
言いながら、お腹の中に黒い何かが渦巻いた。
何だろう、これ。
気のせいだ……ただの気のせい。
そう自分に言い聞かせながら、朝子ちゃんを見上げる。
そこには顔を赤らめた横顔があった。
「ど、ドライブデートはちょっと……いきなり難易度高くない?」
本気で照れたような顔に、思わず「照れてる! かわいー」と腕を突く。
茶化しながら、胸を締め付けられたような苦しさを感じた。
栄太兄のことだ、朝子ちゃんにそう所望されたら、「ええで」と笑顔で言うに違いない。
何のためらいもなく。
それがなんで、こんなにも不愉快なんだろう。訳が分からない。二人が車で出かけても……つき合っても結婚しても、別に何も変なことではないはずだ。
だって、イトコ同士なんだから。
胸の中がざらつく。どろどろしているのは、今まで感じたこともない感情だった。
一体、これは何なんだろう。
強張りそうになる表情を紛らわせるようと、唇を尖らせた。話題を変えることにして、「それにしても」とため息をつく。
「ひどいよねぇ。また私のイベントがある日に集まるなんて」
「ほんと、残念だね」
朝子ちゃんは苦笑した後、「そうだ」と手を叩いた。
「あのね。敬老の日、孫からもプレゼントを買おうって話が出てたんだ。夏休みの間にみんなで買いに行かない?」
「あっ、いいかも! それ、いいね!」
素敵な発案に、感じていたどろどろが一気に吹っ切れた。
ぱちぱち手を叩くと、朝子ちゃんは乗り気顔で頷いた。
「そうしよう! みんなに予定聞いてみようね」
「うん!」
すぐに気持ちが上書きされる、自分の単純さに笑ってしまう。
いや、朝子ちゃんがすごいのだ。落ち込んだ私を前向きにさせる案を次々と出しくれるし、約束はちゃんと守ってくれる。
ほんと、こんなお姉ちゃんがいたらなぁ。
「朝子ちゃん、優しいし企画力もあるし、ほんとすごい。何かのときには、朝子ちゃんに相談しよー。悠人兄も健人兄も、あんまりあてにならないし」
「あははは。まあ、性別の違いもあるよね。私もお兄ちゃんに相談する気にはならない」
私の言葉に、朝子ちゃんも賛同してくれた。私もうんうんと頷く。
「そもそも、翔太くんに相談したら『悩むエネルギーが無駄』って言われそう」
「礼奈ちゃん、分かってるぅー。ほんとそれ。慰めにも参考にもならないだけじゃなくて、むしろストレスになるよね。ほんと、お兄ちゃん結婚とかできんのかなー。無理な気がする。私だったら絶対やだ」
「同じタイプの人ならいいのかもよ。理路整然とした感じの」
「や、それはない。あの人、ああ見えてニコニコして優しい人が好きだもん」
「え、そうなんだ」
「そうそう。そういう人の前だと本人なりにしゃべろうとするし」
「わ、そういうとこ見てみたーい」
きゃっきゃと話しながら歩いていく。
人気のない鎌倉駅は、いつもの観光地らしさとは違って感じた。こうして見ると、ちょっと古い建物が残った普通の街だ。
まだ実家に住んでいた頃の父たちは、こういう街も見慣れていたのだろう。そう思うとちょっと不思議な気がした。
鎌倉から大船へ出ると、それぞれ東海道線の上りと下りに乗り換える。ホームは別々になるから、階段を降りる前に、朝子ちゃんが言った。
「礼奈ちゃん、何かあったら、いつでも連絡ちょうだい。受験のことでも、恋愛のことでも」
朝子ちゃんが手を振って階段を降りていく。私は笑って手を振った。
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そもそも、相談できるようなことがなさそうだ。
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