上 下
43 / 368
.第2章 高校2年、夏休み

40 イトコ会(7)

しおりを挟む
「じゃあ、またね」

 翌朝、教習所に行くという朝子ちゃんと一緒に祖父母の家を出ることにした。
 手を挙げかけた祖父が、ふと首を捻る。

「礼奈は、敬老の日も来るのか?」
「敬老の日? え、もう集まる日決まってるの?」
「えっと、来月の第3土曜日だったよね」

 ま、またか……!

「聞いてないっ……!!」
「ほ、ほら、礼奈ちゃん忙しそうだから、言うの忘れちゃうんじゃないのかな?」

 腹立たしさに奥歯を噛み締める私を見て、朝子ちゃんが慌ててフォローをした。
 私は9月の予定を思い浮かべ、ますます落ち込む。

「……その日、体育祭だよ……」
「あらー」

 朝子ちゃんと祖母が顔を見合せる。
 なんかもう、あれかな。私が行けない日に集まろう、とでも話してるのかな。
 そういうレベルで、ものの見事に私のイベントが重なっている。

「まあ、またいつでも来なさい。待ってるから」

 祖母にそう言われ、ぎゅうと抱きついた。

「また来るー。おばあちゃんもおじいちゃんも、元気でね」
「ふふ。昨日と今日でずいぶん若返ったような気がするよ。ね、おじいちゃん」
「そうだね」

 4人で笑い合うと、祖父母に手を振って、朝子ちゃんと二人で鎌倉駅へと歩き始めた。

 夏休みの鎌倉は人が多いけれど、朝一で出ればそんなこともない。
 朝とはいえ日差しは強くて、朝子ちゃんが持っている日傘に一緒に入れてもらって歩いた。まだお店が開く前だから、日中は人で賑わう小町通りも落ち着いて歩ける。

「あんな店あったっけ」
「前は呉服屋さんだったよねぇ」

 そんな話をしながら歩いているうち、朝子ちゃんの車の免許の話になった。

「あとどれくらいで取れそうなの?」
「夏の間には取るつもりだよ」
「そんなにすぐ取れるの?」
「まあ、大学生の夏休みは二ヶ月あるしね」
「そっかー、長くていいなぁ」

 頷きながら歩いていて、ふと思い出す。

「栄太兄も免許持ってたよね。ドライブデートもありなんじゃない?」

 言いながら、お腹の中に黒い何かが渦巻いた。

 何だろう、これ。
 気のせいだ……ただの気のせい。

 そう自分に言い聞かせながら、朝子ちゃんを見上げる。
 そこには顔を赤らめた横顔があった。

「ど、ドライブデートはちょっと……いきなり難易度高くない?」

 本気で照れたような顔に、思わず「照れてる! かわいー」と腕を突く。
 茶化しながら、胸を締め付けられたような苦しさを感じた。
 栄太兄のことだ、朝子ちゃんにそう所望されたら、「ええで」と笑顔で言うに違いない。
 何のためらいもなく。
 それがなんで、こんなにも不愉快なんだろう。訳が分からない。二人が車で出かけても……つき合っても結婚しても、別に何も変なことではないはずだ。
 だって、イトコ同士なんだから。
 胸の中がざらつく。どろどろしているのは、今まで感じたこともない感情だった。
 一体、これは何なんだろう。

 強張りそうになる表情を紛らわせるようと、唇を尖らせた。話題を変えることにして、「それにしても」とため息をつく。

「ひどいよねぇ。また私のイベントがある日に集まるなんて」
「ほんと、残念だね」

 朝子ちゃんは苦笑した後、「そうだ」と手を叩いた。

「あのね。敬老の日、孫からもプレゼントを買おうって話が出てたんだ。夏休みの間にみんなで買いに行かない?」
「あっ、いいかも! それ、いいね!」

 素敵な発案に、感じていたどろどろが一気に吹っ切れた。
 ぱちぱち手を叩くと、朝子ちゃんは乗り気顔で頷いた。

「そうしよう! みんなに予定聞いてみようね」
「うん!」

 すぐに気持ちが上書きされる、自分の単純さに笑ってしまう。
 いや、朝子ちゃんがすごいのだ。落ち込んだ私を前向きにさせる案を次々と出しくれるし、約束はちゃんと守ってくれる。
 ほんと、こんなお姉ちゃんがいたらなぁ。

「朝子ちゃん、優しいし企画力もあるし、ほんとすごい。何かのときには、朝子ちゃんに相談しよー。悠人兄も健人兄も、あんまりあてにならないし」
「あははは。まあ、性別の違いもあるよね。私もお兄ちゃんに相談する気にはならない」

 私の言葉に、朝子ちゃんも賛同してくれた。私もうんうんと頷く。

「そもそも、翔太くんに相談したら『悩むエネルギーが無駄』って言われそう」
「礼奈ちゃん、分かってるぅー。ほんとそれ。慰めにも参考にもならないだけじゃなくて、むしろストレスになるよね。ほんと、お兄ちゃん結婚とかできんのかなー。無理な気がする。私だったら絶対やだ」
「同じタイプの人ならいいのかもよ。理路整然とした感じの」
「や、それはない。あの人、ああ見えてニコニコして優しい人が好きだもん」
「え、そうなんだ」
「そうそう。そういう人の前だと本人なりにしゃべろうとするし」
「わ、そういうとこ見てみたーい」

 きゃっきゃと話しながら歩いていく。
 人気のない鎌倉駅は、いつもの観光地らしさとは違って感じた。こうして見ると、ちょっと古い建物が残った普通の街だ。
 まだ実家に住んでいた頃の父たちは、こういう街も見慣れていたのだろう。そう思うとちょっと不思議な気がした。
 鎌倉から大船へ出ると、それぞれ東海道線の上りと下りに乗り換える。ホームは別々になるから、階段を降りる前に、朝子ちゃんが言った。

「礼奈ちゃん、何かあったら、いつでも連絡ちょうだい。受験のことでも、恋愛のことでも」

 朝子ちゃんが手を振って階段を降りていく。私は笑って手を振った。

 恋愛……恋愛ねぇ……

 そもそも、相談できるようなことがなさそうだ。
 ホームで電車を待ちながら、ため息をついた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

初恋旅行に出かけます

松丹子
青春
いたって普通の女子学生の、家族と進路と部活と友情と、そしてちょっとだけ恋の話。 (番外編にしようか悩みましたが、単体で公開します) エセ福岡弁が出てきます。 *関連作品『モテ男とデキ女の奥手な恋』

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...