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.第2章 高校2年、夏休み

33 従姉・朝子

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 コンクールが終わると、次は体育祭に向けた練習が始まる。多くの文化部にとって直接的には関係ないこのイベントも、吹奏楽部にとっては少し違う。打楽器とトランペットが中心になって、校歌の伴奏や表彰式でのBGMを演奏すると決まっているからだ。
 演奏は2年が中心になる。1年生は他学年とは違い、応援合戦があるからだ。
 それにコンクールほどの緊張感はないけれど、吹奏楽部が花形になれるイベントの1つだ。
 部活がなくても、夏休みには体育祭の準備がある。各チームの看板であるバックボードを描いたり、応援合戦の衣裳、小道具作りの手伝いなど、やるべきことはたくさんある。
 そんなわけで、相変わらず連日学校に通っている私あてに、従姉の朝子ちゃんから電話があったのは8月に入った頃だ。

『久しぶり! 元気にしてる?』
「うん、元気元気。朝子ちゃんも?」
『うん、楽しんでるよ。夏休み中に免許取ろうと思ってるから、教習所とバイト行き来してるけど』

 時間を無駄にしないのが朝子ちゃんらしい。そのエネルギーには励まされる。

『それでね、今日電話したのは、お盆の予定聞こうと思って』
「お盆?」

 戸惑う私に、朝子ちゃんは頷いて続けた。

『大人たちはほら、奈良に行くでしょ。だから私たちは鎌倉に集まるのってどうかなと思って』
「奈良……?」

 聞いたこともない話に眉を寄せ、夕飯の食器を片付ける両親を見た。二人がそれに気づいて不思議そうに首を傾げる。

『あれ? 聞いてない? ほら、金田のおじいさまの初盆だから……お通夜はお父さんしか行けなかったから、改めて挨拶に行こうって』

 まあ、それを建前に奈良に遊びに行こうってことだと思うけど。と、朝子ちゃんが笑ってつけ足す。
 金田のおじいさま、とは栄太兄の祖父にあたる。栄太兄にとっては、高校卒業まで一緒に住んでいた家族だ。
 私は呆れた顔で眉を寄せる。

「聞いてない……」
『えっ、ほんと? ごめん!』

 いやいや、謝るのは朝子ちゃんじゃないでしょう。

 私が恨みがましく見やると、父が「どうした」と聞いてきた。私はマイクを押さえて、「奈良行くの?」と問う。母が「あらっ? 言ってなかったっけ?」と首を傾げた。父もあっという顔をする。
 あっ、本気で忘れてたやつだ。ムカつくっ!

『もしもし、礼奈ちゃん?』
「あ、うん。ごめん。そうみたいだね」

 私がやや不機嫌なあいづちを打つと、朝子ちゃんが苦笑する気配がした。『やぶ蛇だったかな』と呟くので、先を促そうと「鎌倉に?」と尋ねる。

『うん、そう。鎌倉で……おばあちゃんち、庭も広いし、久々に花火でもどうかなって。……ていうのもね、お兄ちゃんが、大学の合宿で残った花火貰って帰ってきたの。捨てるのももったいないからって。でも、うちの周りはちょっと、できそうなところもないし』
「花火って、手持ち花火? ふふ、いいね。楽しそう」

 想像して、ちょっとテンションが上がった。手持ち花火なんていつぶりだっけ。あ、あれだ。栄太兄が就活の気分転換にって買ってきて、うちの庭でやったのが最後。てことは私は10歳かそこらのはず。

「お兄ちゃんたちの予定も聞いてみる?」
『うん。でも、おばあちゃんが女子会したいねって言ってたし、礼奈ちゃんの予定を優先したいなって思ってるんだ。私もしばらく会ってないから、会いたいな』
「わかった、ありがとう」

 頷きながら、なんとなくむずがゆい。
 いつもの親戚の集まりは、予定が決まってから連絡されるだけだから、私の予定を優先してくれることなんてない。朝子ちゃんと祖母の優しさが嬉しかった。

『それで、大丈夫なら、そのまま一緒に泊まらない? 久々に』
「おばあちゃんちに? いいね!」

 ふてくされた気持ちはあっという間に切り替わり、ワクワクしてくる。

「じゃあ、スケジュール確認してまた連絡するね」
『うん、よろしく。楽しみにしてるね!』

 電話を切ると、父が近寄ってきた。

「悪かったな。悠人と健人には言ったから、礼奈にも言ったつもりになってたよ」
「許しません」

 ぷーっと頬を膨らませて父を見上げると、苦笑が返ってきた。

「生八ッ橋、いろんな味買ってきてね」
「……奈良土産じゃなくて?」
「新幹線なら、京都通るでしょ」

 まあそうだけど、と父が苦笑する。

「あと、私も、鎌倉に一泊する。いいよね?」
「ん? 朝子ちゃんと?」
「そう。女子旅」

 浮き立つ気持ちを隠しもせずに頷くと、母と父が顔を見合わせて笑った。

「気をつけて行けよ」

 私は頷いて、廊下に繋がるドアを開けた。そこでふと思い立って振り向く。

「お兄ちゃんたち、今日は何時に帰ってくるのかな?」
「さあ」
「悠人は今駅に着いたって連絡あったわよ」
「わかった」

 私は頷いて一歩踏み出しかけ、また振り向く。

「健人兄は? バイト? ヨーコさんち?」
「ヨーコちゃん?」

 母はまばたきした。父が苦笑する。

「今日は違うと思うよ。ジョーから何も聞いてないから」
「何の話?」
「え? 健人兄、ときどきヨーコさんとご飯食べたり買い物行ったりしてるって……」

 父は苦笑し、母はぽかんとしている。夫のジョーさんは父と同じ部署の後輩で、父はほぼ毎日顔を合わせているから、様子を聞いているけれど、母はそうではないのだろう。

「ときどき会ってるって話は聞いてたけど……え、デートしてるってこと? それ、ジョーは大丈夫なの?」
「公認の仲だから安心しろ。いきなりぶん投げられることはないよ」

 健人兄だけでなく、ヨーコさんの夫、ジョーさんも柔道経験者なのだ。そもそも、ジョーさんに「大切な女を守れる男になれ」と冗談半分けしかけられて、幼い健人兄は真に受けたものらしい。
 だから、健人兄が柔道を選んだのは、ジョーさんの影響。

 そう考えれば、周りの人に影響を受けているのは私ひとりではない。
 悠人兄がT大を選んだのは、たぶん叔父の隼人さんに憧れたから。
 栄太兄が父の母校に進学したのも同様だろう。

 じゃあ、私は……どうなっていくんだろう。

 誰かに憧れるのは簡単だけど、そこに自分の実力が見合うかどうかは別の話だ。追いかけようにも、憧れる人のレベルが高すぎたら、自分の方が潰れてしまう。
 そして私が憧れる大人は、みんな手が届くような気がしないのだ。

 私は軽く頭を振った。
 進路の話はまだ早い。もう少ししてから考えよう。
 参考になるかは分からないけど、お盆の「女子会」で朝子ちゃんに志望校選びについて聞いてみようかな。
 私は自分のスケジュールを確認しようと、二階の部屋に向かった。
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