28 / 368
.第1章 高校2年、前期
25 文化祭(6)
しおりを挟む
しばらく学校を練り歩いているうちに、11時過ぎになった。慶次郎が思い出したように私を見下ろす。
「お前、何時にどこ集合なの」
「12時にホール」
答えると、眉を寄せられた。
「もっとはやく言えよ、危ねぇな。昼食う時間なくなるだろうが」
ぶつぶつ言いながら、「何食う」と聞かれる。
「学食でラーメンかな」
「……あ、そ……」
呆れたような慶次郎と共に、学食へ向かう。学食に入ったとき、「いらっしゃいませー」と声をかけた男子生徒が慶次郎を見て「おう」と手を挙げた。
「え、何。浴衣デート?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
慶次郎のことは放っておいて、券売機で食券を買う。近づいてきたウェイトレスらしい子に渡して、お客さんは客席へ。
様式は一般的な食堂だから、普段は自分で料理を持ってくるのだけど、文化祭の今日は生徒が給仕する仕様らしい。
「……何先行ってんだよ」
「え、だって友達いたんでしょ」
「部活の仲間。あいつここの担当なんだよ。文化祭実行委員の手伝い」
「あ、そうなの?」
先に座っていたら、追いかけてきた慶次郎は不満げだった。私は適当にあいづちを打って、白い机に頬杖をつく。
慶次郎も私の正面に座った。
「……慶次郎、何にしたの」
「ラーメン」
「ふぅん」
「お前は?」
「うどん」
「……さっき言ってたことと違くね?」
「ラーメンだと脂っこくて、トランペットについたら嫌だなと思って」
言ってから、ふと笑った。
慶次郎が怪訝そうな顔で私を見てくる。
「いや、なんか、一年分くらい話したね。この二日間で」
慶次郎は一瞬驚いたように目を開いて、反らした。
「……かもな」
それから、慶次郎は黙っていた。給仕係の子がラーメンとうどんを持ってきてくれた。いただきます、と手を合わせて以降、会話もないままに食べ進める。
「はー。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
慶次郎は残った水を一気に飲む。手をつけてない水を差し出して「いる?」と言うと「もらう」と受け取って、やっぱり一気に飲み干した。
「行くか」
「ん」
慶次郎が立ち上がる。私も頷いて立ち上がった。
食堂の出入口で、女子3人とすれ違った。その一人は吹奏楽部の後輩あーちゃんで、「あっ、おはようございます」と挨拶される。
私はにこりと笑って「おはよ。後でね」と手を振った。あーちゃんはこくこく頷き、私の隣にいた慶次郎を見上げて、ぺこりと頭を下げた。低めに結んだくせっ毛が、ふわりと揺れる。
あーちゃんは特段華やかな顔立ちではないけれど、清純系というか、おっとりしていて優しい感じがお嬢様っぽい。きっと憧れる男子も多いだろうな、という印象の女子だ。
なんとなく慶次郎を意識していたように見えたから、にやにやしながら肘でつつく。
「慶次郎。今の後輩可愛いっしょ。紹介してあげようか?」
慶次郎は呆れきった視線を返し、
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。部活あんだろ、とっとと行け」
言って、私の頭を軽く突いた後、目を泳がせた。
どうしたのかと見上げると、慶次郎はふて腐れたようにそっぽを向いたまま、「何時から」と聞いてきた。
ぼそりと呟くような言葉が、何を意味しているか分からず、私は首を傾げる。
「……何が?」
「発表に決まってんだろーが」
「ああ……」
困惑しながら、1時、と告げると、慶次郎は「あっそ」と歩き出した。
いや、何よ、一体。
発表時間を聞かれたところで、慶次郎がわざわざ演奏を聞きに来るとも思えない。
「……あっ、そういうこと?」
ぽんと手を叩く。
そうかそうか、あーちゃんが気に入っちゃった?
そんで、発表聞きに行こうかなーみたいな気になっちゃった?
まあ慶次郎も男のコだもんね。可愛い子がいればお近づきになりたくもなるよね。
うんうんと一人頷いていると、慶次郎が呆れ半分睨んできた。
「……お前、また馬鹿なこと考えてんだろ」
「え? 考えてないよ。ないない」
私は手を振って、親指を立てて突き返した。
「慶次郎。頭下げれば、いつでもキューピッドになってやるからな!」
可能な限り爽やかな笑顔で言ったつもりだったけれど、慶次郎は心底嫌そうな顔をして、黙ったまま私の後ろ頭を叩いた。さっきよりも強い力で。
「ったー! 女子にその扱い、ないんじゃないの!?」
「お前は女子と別枠」
「何じゃそりゃ!」
腹が立って仕返ししようと手を伸ばしたけど、30センチの身長差ではあっさり避けられてしまう。慶次郎は私の手を払いながら、「諦めろ、チビ」と笑った。
ムカつく。ほんとムカつく!
私は頬を膨らませて、精一杯慶次郎を睨みつけた。
「お前、何時にどこ集合なの」
「12時にホール」
答えると、眉を寄せられた。
「もっとはやく言えよ、危ねぇな。昼食う時間なくなるだろうが」
ぶつぶつ言いながら、「何食う」と聞かれる。
「学食でラーメンかな」
「……あ、そ……」
呆れたような慶次郎と共に、学食へ向かう。学食に入ったとき、「いらっしゃいませー」と声をかけた男子生徒が慶次郎を見て「おう」と手を挙げた。
「え、何。浴衣デート?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
慶次郎のことは放っておいて、券売機で食券を買う。近づいてきたウェイトレスらしい子に渡して、お客さんは客席へ。
様式は一般的な食堂だから、普段は自分で料理を持ってくるのだけど、文化祭の今日は生徒が給仕する仕様らしい。
「……何先行ってんだよ」
「え、だって友達いたんでしょ」
「部活の仲間。あいつここの担当なんだよ。文化祭実行委員の手伝い」
「あ、そうなの?」
先に座っていたら、追いかけてきた慶次郎は不満げだった。私は適当にあいづちを打って、白い机に頬杖をつく。
慶次郎も私の正面に座った。
「……慶次郎、何にしたの」
「ラーメン」
「ふぅん」
「お前は?」
「うどん」
「……さっき言ってたことと違くね?」
「ラーメンだと脂っこくて、トランペットについたら嫌だなと思って」
言ってから、ふと笑った。
慶次郎が怪訝そうな顔で私を見てくる。
「いや、なんか、一年分くらい話したね。この二日間で」
慶次郎は一瞬驚いたように目を開いて、反らした。
「……かもな」
それから、慶次郎は黙っていた。給仕係の子がラーメンとうどんを持ってきてくれた。いただきます、と手を合わせて以降、会話もないままに食べ進める。
「はー。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
慶次郎は残った水を一気に飲む。手をつけてない水を差し出して「いる?」と言うと「もらう」と受け取って、やっぱり一気に飲み干した。
「行くか」
「ん」
慶次郎が立ち上がる。私も頷いて立ち上がった。
食堂の出入口で、女子3人とすれ違った。その一人は吹奏楽部の後輩あーちゃんで、「あっ、おはようございます」と挨拶される。
私はにこりと笑って「おはよ。後でね」と手を振った。あーちゃんはこくこく頷き、私の隣にいた慶次郎を見上げて、ぺこりと頭を下げた。低めに結んだくせっ毛が、ふわりと揺れる。
あーちゃんは特段華やかな顔立ちではないけれど、清純系というか、おっとりしていて優しい感じがお嬢様っぽい。きっと憧れる男子も多いだろうな、という印象の女子だ。
なんとなく慶次郎を意識していたように見えたから、にやにやしながら肘でつつく。
「慶次郎。今の後輩可愛いっしょ。紹介してあげようか?」
慶次郎は呆れきった視線を返し、
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。部活あんだろ、とっとと行け」
言って、私の頭を軽く突いた後、目を泳がせた。
どうしたのかと見上げると、慶次郎はふて腐れたようにそっぽを向いたまま、「何時から」と聞いてきた。
ぼそりと呟くような言葉が、何を意味しているか分からず、私は首を傾げる。
「……何が?」
「発表に決まってんだろーが」
「ああ……」
困惑しながら、1時、と告げると、慶次郎は「あっそ」と歩き出した。
いや、何よ、一体。
発表時間を聞かれたところで、慶次郎がわざわざ演奏を聞きに来るとも思えない。
「……あっ、そういうこと?」
ぽんと手を叩く。
そうかそうか、あーちゃんが気に入っちゃった?
そんで、発表聞きに行こうかなーみたいな気になっちゃった?
まあ慶次郎も男のコだもんね。可愛い子がいればお近づきになりたくもなるよね。
うんうんと一人頷いていると、慶次郎が呆れ半分睨んできた。
「……お前、また馬鹿なこと考えてんだろ」
「え? 考えてないよ。ないない」
私は手を振って、親指を立てて突き返した。
「慶次郎。頭下げれば、いつでもキューピッドになってやるからな!」
可能な限り爽やかな笑顔で言ったつもりだったけれど、慶次郎は心底嫌そうな顔をして、黙ったまま私の後ろ頭を叩いた。さっきよりも強い力で。
「ったー! 女子にその扱い、ないんじゃないの!?」
「お前は女子と別枠」
「何じゃそりゃ!」
腹が立って仕返ししようと手を伸ばしたけど、30センチの身長差ではあっさり避けられてしまう。慶次郎は私の手を払いながら、「諦めろ、チビ」と笑った。
ムカつく。ほんとムカつく!
私は頬を膨らませて、精一杯慶次郎を睨みつけた。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
初恋旅行に出かけます
松丹子
青春
いたって普通の女子学生の、家族と進路と部活と友情と、そしてちょっとだけ恋の話。
(番外編にしようか悩みましたが、単体で公開します)
エセ福岡弁が出てきます。
*関連作品『モテ男とデキ女の奥手な恋』
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる