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.第1章 高校2年、前期

25 文化祭(6)

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 しばらく学校を練り歩いているうちに、11時過ぎになった。慶次郎が思い出したように私を見下ろす。

「お前、何時にどこ集合なの」
「12時にホール」

 答えると、眉を寄せられた。

「もっとはやく言えよ、危ねぇな。昼食う時間なくなるだろうが」

 ぶつぶつ言いながら、「何食う」と聞かれる。

「学食でラーメンかな」
「……あ、そ……」

 呆れたような慶次郎と共に、学食へ向かう。学食に入ったとき、「いらっしゃいませー」と声をかけた男子生徒が慶次郎を見て「おう」と手を挙げた。

「え、何。浴衣デート?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」

 慶次郎のことは放っておいて、券売機で食券を買う。近づいてきたウェイトレスらしい子に渡して、お客さんは客席へ。
 様式は一般的な食堂だから、普段は自分で料理を持ってくるのだけど、文化祭の今日は生徒が給仕する仕様らしい。

「……何先行ってんだよ」
「え、だって友達いたんでしょ」
「部活の仲間。あいつここの担当なんだよ。文化祭実行委員の手伝い」
「あ、そうなの?」

 先に座っていたら、追いかけてきた慶次郎は不満げだった。私は適当にあいづちを打って、白い机に頬杖をつく。
 慶次郎も私の正面に座った。

「……慶次郎、何にしたの」
「ラーメン」
「ふぅん」
「お前は?」
「うどん」
「……さっき言ってたことと違くね?」
「ラーメンだと脂っこくて、トランペットについたら嫌だなと思って」

 言ってから、ふと笑った。
 慶次郎が怪訝そうな顔で私を見てくる。

「いや、なんか、一年分くらい話したね。この二日間で」

 慶次郎は一瞬驚いたように目を開いて、反らした。

「……かもな」

 それから、慶次郎は黙っていた。給仕係の子がラーメンとうどんを持ってきてくれた。いただきます、と手を合わせて以降、会話もないままに食べ進める。

「はー。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」

 慶次郎は残った水を一気に飲む。手をつけてない水を差し出して「いる?」と言うと「もらう」と受け取って、やっぱり一気に飲み干した。

「行くか」
「ん」

 慶次郎が立ち上がる。私も頷いて立ち上がった。
 食堂の出入口で、女子3人とすれ違った。その一人は吹奏楽部の後輩あーちゃんで、「あっ、おはようございます」と挨拶される。
 私はにこりと笑って「おはよ。後でね」と手を振った。あーちゃんはこくこく頷き、私の隣にいた慶次郎を見上げて、ぺこりと頭を下げた。低めに結んだくせっ毛が、ふわりと揺れる。
 あーちゃんは特段華やかな顔立ちではないけれど、清純系というか、おっとりしていて優しい感じがお嬢様っぽい。きっと憧れる男子も多いだろうな、という印象の女子だ。
 なんとなく慶次郎を意識していたように見えたから、にやにやしながら肘でつつく。

「慶次郎。今の後輩可愛いっしょ。紹介してあげようか?」

 慶次郎は呆れきった視線を返し、

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。部活あんだろ、とっとと行け」

 言って、私の頭を軽く突いた後、目を泳がせた。
 どうしたのかと見上げると、慶次郎はふて腐れたようにそっぽを向いたまま、「何時から」と聞いてきた。
 ぼそりと呟くような言葉が、何を意味しているか分からず、私は首を傾げる。

「……何が?」
「発表に決まってんだろーが」
「ああ……」

 困惑しながら、1時、と告げると、慶次郎は「あっそ」と歩き出した。

 いや、何よ、一体。

 発表時間を聞かれたところで、慶次郎がわざわざ演奏を聞きに来るとも思えない。

「……あっ、そういうこと?」

 ぽんと手を叩く。

 そうかそうか、あーちゃんが気に入っちゃった?
 そんで、発表聞きに行こうかなーみたいな気になっちゃった?
 まあ慶次郎も男のコだもんね。可愛い子がいればお近づきになりたくもなるよね。

 うんうんと一人頷いていると、慶次郎が呆れ半分睨んできた。

「……お前、また馬鹿なこと考えてんだろ」
「え? 考えてないよ。ないない」

 私は手を振って、親指を立てて突き返した。

「慶次郎。頭下げれば、いつでもキューピッドになってやるからな!」

 可能な限り爽やかな笑顔で言ったつもりだったけれど、慶次郎は心底嫌そうな顔をして、黙ったまま私の後ろ頭を叩いた。さっきよりも強い力で。

「ったー! 女子にその扱い、ないんじゃないの!?」
「お前は女子と別枠」
「何じゃそりゃ!」

 腹が立って仕返ししようと手を伸ばしたけど、30センチの身長差ではあっさり避けられてしまう。慶次郎は私の手を払いながら、「諦めろ、チビ」と笑った。

 ムカつく。ほんとムカつく!

 私は頬を膨らませて、精一杯慶次郎を睨みつけた。
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