初恋旅行に出かけます

松丹子

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第二部

11 贈り物

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 キャンパスを案内してくれた後、神崎さんは駅へと足を向けながら私を見た。
「さて。で、何がいい?」
「は?」
「入学祝い。または、合格祝い」
 思いもよらない提案に、私はきょとんとして神崎さんを見上げる。
「お前のことだから、聞いても要らないって言うだろうけど。買っておこうかとも思ったけど、準備する時間もなかったし、まあ聞くだけ聞くかと思ってさ」
 要らないって言うなら、勝手に見繕って送り付けるぞ、と神崎さんはいたずらっぽく笑った。
 しっかり性格を読まれていて、私は少し頬が熱くなるのが分かる。
「え、ええと……ええと。急に言われても……」
 おろおろしながら目をさまよわせる。神崎さんは微笑みながら私の言葉を待った。
 文房具? ……はありきたりか。だいたい、小さいものをもらっても、無くすのが怖くて持ち歩けない。身につけるもの……時計? つける習慣がないしなぁ。あとは……
「靴は?」
「靴?」
 神崎さんは笑った。
「素敵な男に贈ってもらった靴は、素敵な場所に連れていってくれるって言うだろ」
 私は一瞬ぽかんとした後、自分の頬がぱっと染まるのが分かった。
 それを見て、神崎さんは照れたように眉を寄せ、慌てる。
「お、おいおい、今のツッコミ所だぞ。俺が恥ずかしいだろうが」
 言われて、私もうろたえた。でもそれに対して何か言うこともできなくて、慌ててうつむく。
 顔が真っ赤なのが分かった。神崎さんも照れてそっぽを向いている。
 しばらく、私たちの間に沈黙が訪れた。どちらも互いを気にしながら、次の言葉を探している。
 そんな神崎さんは、十八も年上なのに、同世代の男の子と変わらない。
 そう思うと可笑しくて、思わず噴き出した。
「な、何だよ」
 口を押さえて笑う私を、神崎さんが頬を染めたまま睨む。そんな風に睨まれたって、怖くも何ともない。
 可愛い人だなぁ。
 なんてーー一回り以上年上の男の人に思う自分がまた可笑しくて、私は笑いながら、首を振った。
「何でもない」
「じゃあ笑うなよ」
「だって、可愛いから」
 思わず口をついて出た本音に、神崎さんの顔がくしゃりと渋面になる。私はその顔を見てますます笑った。
「ガキに可愛いなんて言われても」
「だって、可愛いもん」
「お前なーー」
 神崎さんは心底嫌そうな顔をした。私は口を押さえていた手を下ろし、声をあげて笑う。
 それを見て、神崎さんも笑った。
 私は少しの間口を閉ざして首をかしげ、言葉を探しながら、口を開く。
「定期入れ、にしようかな」
 神崎さんはうつむいたままの私を見た。
「高校で使ってたの、だいぶ擦り切れて来てたから。こっちに来て、気に入ったのあったら買い替えようと思ってた」
 言って、顔を上げる。微笑んで頷くのが見えて、また目を泳がせる。
「でもーーあの」
 神崎さんは黙って言葉の続きを待っている。
「そのうちーー買って、もらいたい、な」
 人にこうしてお願いするのは初めてだった。両親にすら、何が欲しいかうまく伝えられない私だから。
 素敵な男性に贈られた靴は、素敵な場所に連れて行ってくれるーー
 そうだったらいいな、と思った。神崎さんに贈ってもらえた靴なら、きっとそうなるだろう、と思った。
「靴?」
 確認するような神崎さんの言葉に、私は頷き、そのまま顔が上げられなくなる。
 だって、私と神崎さんは赤の他人だ。本当ならこうして今会っていることだっておかしな話で、入学祝いをくれるっていうことだってありがたい話で、そんな、いずれ靴を買ってくれなんてわがままが許されるような関係じゃーー
 瞬時によぎった後悔と葛藤に、やっぱり冗談にして流そうと顔を上げた私は、心底嬉しそうに微笑む神崎さんに目を奪われた。
 今まで見たこともないほど満面の笑みに、見惚れて言葉を失う。
「いいよ」
 神崎さんはその笑顔のまま、私の頭にぽんと手を置いた。
「買ってやる。ハタチの誕生日プレゼントにでもするか?」
 その手が離れたとき、私の心臓はクレッシェンドするようにだんだんと高鳴って来た。
 何だかーー私、見ちゃいけないものを、見てしまった気がする。
 あまりにもドキドキしたので、神崎さんの言葉の意味は理解したようなしてないような状態だ。そのまま、こくこくと頷く。神崎さんは楽しげに笑って、分かった、と言った。
「じゃあ、その時にはあれだな」
 片手でグラスを飲むようなしぐさをする。
「アルコールで乾杯、もセットだな。あの山口会長の孫が、飲めないとは言わせねぇぞ」
 言いながら歩く足の運びは軽やかで、今にも駆け出しそうな感じだった。どうしてそんなにご機嫌になったんだろうと内心首を傾げながら、神崎さんの横についていく。
 もう、行きのときのように手を繋ぐことはなかった。
 それでも充分、私の心は満たされていた。
 こんなに楽しい時間は、初めてかもしれない。
 素直にそう思える自分が照れ臭くて、ついつい憎まれ口の一つでもと、口を開いた。
「じゃあ、神崎さんを潰せるように鍛えとくね」
「馬鹿言うな。それで急性アルコール中毒にでもなったら俺が殺されるだろ」
 二人して子どもっぽい応酬をしながら、私は導かれるままに歩いていった。
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