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第二部
04 今までとこれから
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神崎さんからは、手紙を投函してから三日後、ショートメッセージが来た。
【おめでとう。お疲れ。また連絡待ってるぞ】
簡単なメッセージと、電話番号。
たったそれだけのメッセージを、私は何度も何度も見返してはニヤニヤした。
卒業式が終わったら、私は都内にあるお母さんの家に引っ越すことになっている。神崎さんとはそのとき会いたい、と手紙に書いた。
卒業式は三月の中旬だ。それにむけて、体育館では何度か、練習やリハーサルがあった。
体育館で、座ったり立ったり、列になって歩いたり。
中にはスマホで合格発表を確認している人もいて、ときどきざわつくこともあった。先生はあきれながらも怒ることはなかった。練習に参加しているだけマシということだろう。
山ちゃんはあれから、私に話しかけて来ない。きっと話しかけにくいのだろう。
私も、彼の手を振り払った理由を説明するのは気が引けて、そのまま様子を見ていた。
卒業式は出席番号順で座る。山内、山岡、山口。隣じゃなくてよかったと、思わず思ってしまう。
並べられたパイプ椅子に座っていると、足元から冷えて来る。体育館だから仕方ないだろうけれど、足先が冷たくて、体育館履きの中でもぞもぞと指を動かした。
おおかたの女子はそれを予想して、膝かけ持参で参加しているのだが、私はそんなことを考えてもいなかった。露出した膝がすうすうする。
各クラスの代表者が卒業証書を授与される練習では、私たちには特段やることもない。ぼんやりと体育館を眺めていた。
体育館は、バスケコート二面分の広さだ。公式戦のときは、一面しか出さないけれど。
古びたリング。ときどき、みし、みし、と鳴る天井。
廊下だけがある2階から、薄汚れた窓ガラスからわずかに明かりが差し込む。夏の部活のときには、まずその窓を開けにマイコと2階へ駆け上がったことを思い出す。右と左に分かれ、どっちが早く真ん中までたどり着くか、なんて馬鹿な競争をした。
掃除がいい加減だと先輩に怒られたり、練習試合でボールを拾うために自分は壁に激突したり。
毎日のように、汗だくになって走り回った。あともう一歩で勝てた試合に負け、悔しさに泣いたこともあった。
そうだ、それもこの体育館での出来事だった。
笑った日、怒った日、泣いた日――部活で過ごしたチームメイトの顔と、そのときの想いを思い出して、私はゆっくりと目を閉じる。
この高校を、卒業する。
みんなと離れて、私は関東に行くんだ。
寂しいというよりは、ただただ、過ぎ去った毎日が懐かしかった。
もう戻れないということが、嬉しくも切なくもあった。
私は目を開いた。そろそろ全員での校歌斉唱だ。
ろくに覚えていない校歌だけど、最後はちゃんと歌いたい。そう思っているのは私だけではないのだろう、練習にカンペを持ってくる生徒がたくさんいた。
先生の号令で立ち上がるとき、一瞬だけ山ちゃんと目が合った。私は微笑んだ。山ちゃんはちょっと困ったような顔をした。
山ちゃんと会ったのは、一年生のときだ。
部活で同じ学年ということから、自然と話すようになった。
二年からはクラスが一緒になって、ますますよく接するようになった。
うちの高校は三年の進級でクラス変えはない。二年のクラスがそのまま持ち上がるから、山ちゃんとは本当三年間、ずっと一緒にいたような気がする。
部活も、授業も。
それがこのまま気まずく終わるのは、少しだけもったいない気がした。
考えているうちに、伴奏が流れだし、私は手もとの紙に視線を落とした。
生徒たちは明るい声で、校歌を歌い始めた。
リハーサルが終わると、ぞろぞろと生徒たちが教室へ戻っていく。体育館履きから上履きに履き替えているとき、隣に 男子が立った。
顔を上げると、山ちゃんだ。
「俺、関西の経済学部」
相変わらず短い言葉に、私は笑いそうになる。
「そっか、おめでとう」
そこが第一志望だとは、以前誰かづたいに聞いていた。
山ちゃんは、うんと頷く。
「ぐっちゃんは、東京やろ」
「そうだね」
「俺は、大阪」
「うん」
山ちゃんは続ける言葉に困ったようだった。
思わず笑いながら、助け舟を出す。
「遠いけど、新幹線の方が便利かな。飛行機は必要ないね」
山ちゃんは数度まばたきしてから、こくりと頷いた。
その頬が、少しだけ赤い。
「そうやね」
言って目を反らした。
寡黙だなぁ。
横顔を見ながら、笑いを堪える。
「山ちゃん、関西で埋もれないようにね」
「埋もれる?」
「勝手なイメージだけど、大阪の人、よく話しそうだから」
「ああ……」
山ちゃんは複雑な顔をした。
「ぐっちゃんも」
「何?」
「東京、物騒そうやもん。……勝手なイメージやけど」
ぶは、と私は噴き出した。
「でも、ヤのつく人はこっちの方が身近だよね」
「……そうかもしれん」
ちょいちょい、発砲事件なんかもあるーーと最初聞いたときにはぎょっとしたのを覚えている。
地元の人間は、どこが危ないか分かっているので、あえて危ない時間に近づくこともないが。
話しながら歩いていくと、マイコとユウが体育館の外で私を待っていた。
「あれ、お邪魔やった?」
「何いってんの」
山ちゃんを見上げて首をかしげるマイコの背中を叩き、私はマイコとユウの間に入った。二人の腕を一方ずつ両腕に抱く。
「教室行こ、寒いよ」
「そうやね。ぐっちゃん、膝かけ持って来んかったん?」
「みんな準備良すぎだよー、そういうの早めに教えてよ」
「自分で考えんな。もう大学生よ?」
冷えた身体を温めてもらうように、二人の間に自分の身体を押し付けながら歩き出す。
ちらりと振り返ると、目が合った山ちゃんは、ちょっとだけほっとしているように見えた。
【おめでとう。お疲れ。また連絡待ってるぞ】
簡単なメッセージと、電話番号。
たったそれだけのメッセージを、私は何度も何度も見返してはニヤニヤした。
卒業式が終わったら、私は都内にあるお母さんの家に引っ越すことになっている。神崎さんとはそのとき会いたい、と手紙に書いた。
卒業式は三月の中旬だ。それにむけて、体育館では何度か、練習やリハーサルがあった。
体育館で、座ったり立ったり、列になって歩いたり。
中にはスマホで合格発表を確認している人もいて、ときどきざわつくこともあった。先生はあきれながらも怒ることはなかった。練習に参加しているだけマシということだろう。
山ちゃんはあれから、私に話しかけて来ない。きっと話しかけにくいのだろう。
私も、彼の手を振り払った理由を説明するのは気が引けて、そのまま様子を見ていた。
卒業式は出席番号順で座る。山内、山岡、山口。隣じゃなくてよかったと、思わず思ってしまう。
並べられたパイプ椅子に座っていると、足元から冷えて来る。体育館だから仕方ないだろうけれど、足先が冷たくて、体育館履きの中でもぞもぞと指を動かした。
おおかたの女子はそれを予想して、膝かけ持参で参加しているのだが、私はそんなことを考えてもいなかった。露出した膝がすうすうする。
各クラスの代表者が卒業証書を授与される練習では、私たちには特段やることもない。ぼんやりと体育館を眺めていた。
体育館は、バスケコート二面分の広さだ。公式戦のときは、一面しか出さないけれど。
古びたリング。ときどき、みし、みし、と鳴る天井。
廊下だけがある2階から、薄汚れた窓ガラスからわずかに明かりが差し込む。夏の部活のときには、まずその窓を開けにマイコと2階へ駆け上がったことを思い出す。右と左に分かれ、どっちが早く真ん中までたどり着くか、なんて馬鹿な競争をした。
掃除がいい加減だと先輩に怒られたり、練習試合でボールを拾うために自分は壁に激突したり。
毎日のように、汗だくになって走り回った。あともう一歩で勝てた試合に負け、悔しさに泣いたこともあった。
そうだ、それもこの体育館での出来事だった。
笑った日、怒った日、泣いた日――部活で過ごしたチームメイトの顔と、そのときの想いを思い出して、私はゆっくりと目を閉じる。
この高校を、卒業する。
みんなと離れて、私は関東に行くんだ。
寂しいというよりは、ただただ、過ぎ去った毎日が懐かしかった。
もう戻れないということが、嬉しくも切なくもあった。
私は目を開いた。そろそろ全員での校歌斉唱だ。
ろくに覚えていない校歌だけど、最後はちゃんと歌いたい。そう思っているのは私だけではないのだろう、練習にカンペを持ってくる生徒がたくさんいた。
先生の号令で立ち上がるとき、一瞬だけ山ちゃんと目が合った。私は微笑んだ。山ちゃんはちょっと困ったような顔をした。
山ちゃんと会ったのは、一年生のときだ。
部活で同じ学年ということから、自然と話すようになった。
二年からはクラスが一緒になって、ますますよく接するようになった。
うちの高校は三年の進級でクラス変えはない。二年のクラスがそのまま持ち上がるから、山ちゃんとは本当三年間、ずっと一緒にいたような気がする。
部活も、授業も。
それがこのまま気まずく終わるのは、少しだけもったいない気がした。
考えているうちに、伴奏が流れだし、私は手もとの紙に視線を落とした。
生徒たちは明るい声で、校歌を歌い始めた。
リハーサルが終わると、ぞろぞろと生徒たちが教室へ戻っていく。体育館履きから上履きに履き替えているとき、隣に 男子が立った。
顔を上げると、山ちゃんだ。
「俺、関西の経済学部」
相変わらず短い言葉に、私は笑いそうになる。
「そっか、おめでとう」
そこが第一志望だとは、以前誰かづたいに聞いていた。
山ちゃんは、うんと頷く。
「ぐっちゃんは、東京やろ」
「そうだね」
「俺は、大阪」
「うん」
山ちゃんは続ける言葉に困ったようだった。
思わず笑いながら、助け舟を出す。
「遠いけど、新幹線の方が便利かな。飛行機は必要ないね」
山ちゃんは数度まばたきしてから、こくりと頷いた。
その頬が、少しだけ赤い。
「そうやね」
言って目を反らした。
寡黙だなぁ。
横顔を見ながら、笑いを堪える。
「山ちゃん、関西で埋もれないようにね」
「埋もれる?」
「勝手なイメージだけど、大阪の人、よく話しそうだから」
「ああ……」
山ちゃんは複雑な顔をした。
「ぐっちゃんも」
「何?」
「東京、物騒そうやもん。……勝手なイメージやけど」
ぶは、と私は噴き出した。
「でも、ヤのつく人はこっちの方が身近だよね」
「……そうかもしれん」
ちょいちょい、発砲事件なんかもあるーーと最初聞いたときにはぎょっとしたのを覚えている。
地元の人間は、どこが危ないか分かっているので、あえて危ない時間に近づくこともないが。
話しながら歩いていくと、マイコとユウが体育館の外で私を待っていた。
「あれ、お邪魔やった?」
「何いってんの」
山ちゃんを見上げて首をかしげるマイコの背中を叩き、私はマイコとユウの間に入った。二人の腕を一方ずつ両腕に抱く。
「教室行こ、寒いよ」
「そうやね。ぐっちゃん、膝かけ持って来んかったん?」
「みんな準備良すぎだよー、そういうの早めに教えてよ」
「自分で考えんな。もう大学生よ?」
冷えた身体を温めてもらうように、二人の間に自分の身体を押し付けながら歩き出す。
ちらりと振り返ると、目が合った山ちゃんは、ちょっとだけほっとしているように見えた。
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