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第一部
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修学旅行初日の午後、函館市内を観光して回った私たちは、最後に五稜郭タワーに上った。
そこでたまたま山ちゃんを含む男子三人に会った。
「あれ、山ちゃんやん」
「ほんとだー」
「おう」
山ちゃんは口数が少ない。
「山ちゃんたちも、ここ最後?」
「うん」
不意に、マイコとユウが顔を見合ってニヤリとした。
私はなんとなく嫌な予感を覚え、二人に声をかけようとしたが、二人が動き出す方が早かった。
「あー、ねえねえ、ちょっとあっち見に行かん? 山ちゃんとぐっちゃんはここにおってね」
「何でよ!」
私があきれて言うが、二人はとっとと男子二人を連行している。
「いいからいいから。ほら行くよー」
「何? 一体何なん?」
「いいからおいで」
四人を見送って、私と山ちゃんは視線を交わすと、ため息をついた。
「……ぐっちゃんは」
わずかな沈黙の後、山ちゃんは言った。
「東京、帰るん?」
私はちらりと山ちゃんを見やる。山ちゃんは眼下に広がる町並みを遠い目をして見ていた。
「どうかな。でも、大学は都内にしようかと思ってる」
山ちゃんがうろたえたのが分かった。私はちらりと横目で見やる。
「都内……」
福岡の子たちは、大体西日本の大学に進学する。わざわざ関東まで行くのは、どうしても関東に行きたい子や、どうしても行きたい大学がある子くらいだろう。
でも、お母さんが東京にいる私は、気持ち的にも状況的にも、むしろ関西よりも関東の方がハードルが低かった。
「俺も、関東行こうかなぁ」
小さな、自信なさげな声で、山ちゃんが言った。
私は噴き出す。
「何それ。何で私の進路で自分の進路、決めるの」
言うと、山ちゃんは珍しく情けない目で私を見てきた。私はぴしりと指を立てる。
「自分がどう生きるかってのが大事でしょ。人に振り回されるのは、格好悪いよ」
山ちゃんはむくれた。
「じゃあ、ぐっちゃんは、どう生きるん」
「私? 私はーー」
函館市を上から見下ろしながら、微笑む。
「英語、やろうかと思ってて。できれば留学もしたい。おじいちゃん、伝統工芸品作ってるからさ。日本だけじゃ市場も限られるし、他の国に発信できればいいなって。それには語学ができないといけないけど、うちの人たちそういうの、てんで疎いし」
言っている途中で、照れ臭くなった。
「まだこれ誰にも言ってないから、内緒ね」
山ちゃんを見上げると、穏やかな目が返ってきた。
「偉いな」
言って、また町並みに視線を戻す。
「家族のために何ができるかとか、考えとるの、偉いと思う」
山ちゃんは言ってから、首後ろをかき、私に背を向けた。
「……そういうの、俺も一緒に手伝いたい」
耳の後ろが真っ赤になっているのが見えた。
彼の言葉より態度より、その真っ赤な耳がやたらとくすぐったくて、私は笑った。
「助手になるなら、こき使うよ」
言ってから、時計を見やる。
「わ、もう降りなきゃ、ご飯の時間になっちゃうよ。急ごう」
山ちゃんも時計を見て、慌てて四人を探しはじめた。
ホテルで夕飯を食べた後、バスに乗って全員で函館山へと向かった。
函館山からの夜景は、くっきりと函館市のくびれを海に浮き立たせていた。
それだけなら大人びた静けさを感じさせるはずの光景だが、修学旅行生にかかれば賑やかなお祭り騒ぎだ。
思い思いに写真を撮っては、うまく撮れた撮れないと騒ぎたてる。担任の先生が、もう少し情緒を感じろと呆れた声で言っていた。
「うっわぁ、キレー」
「彼氏と来たーい」
「おらんやろ」
相変わらずの会話を交わすマイコとユウの横で、私は笑う。
「日本三大夜景の一つはみなさんの住んでいる九州にありますね。知っていますか?」
少し離れたところで話す、ガイドさんの声が聞こえた。
「長崎ー」
「そう、長崎です。あとは、神戸。ここ函館は、近年札幌に抜かれたとも言われてもいますが、みなさんはどこが一番好きか、ぜひ見比べてみてください。同じ夜景でも、それぞれ違う趣があるようですよ」
私はガイドさんを見ようと横を向いたが、そこにたまたま山ちゃんが立っていた。山ちゃんは私の視線に気づき、照れ臭そうに微笑んだ。その微笑みがなんとなく照れ臭くて、私は笑みを返せずに、黙ってまた夜景へと視線を戻した。
こんな風景を、恋人と二人で見られたら。
二人で、手を繋ぎながら、黙って見られたら。
確かに、素敵かもしれない。
「ねーねーぐっちゃん、卒業旅行に三人で長崎行かん?そしたら二つ見たことになるやろ」
「あ、いいね。家の人、オッケーしてくれるかな」
「もう大学生になるんやし、してくれるやろ」
マイコとユウに両腕を絡め取られながら、私はまた、函館市街の夜景へと目を向けた。
山ちゃんの微笑に少しだけ感じた胸の高鳴りは、夜景のせいだと思うことにした。
そこでたまたま山ちゃんを含む男子三人に会った。
「あれ、山ちゃんやん」
「ほんとだー」
「おう」
山ちゃんは口数が少ない。
「山ちゃんたちも、ここ最後?」
「うん」
不意に、マイコとユウが顔を見合ってニヤリとした。
私はなんとなく嫌な予感を覚え、二人に声をかけようとしたが、二人が動き出す方が早かった。
「あー、ねえねえ、ちょっとあっち見に行かん? 山ちゃんとぐっちゃんはここにおってね」
「何でよ!」
私があきれて言うが、二人はとっとと男子二人を連行している。
「いいからいいから。ほら行くよー」
「何? 一体何なん?」
「いいからおいで」
四人を見送って、私と山ちゃんは視線を交わすと、ため息をついた。
「……ぐっちゃんは」
わずかな沈黙の後、山ちゃんは言った。
「東京、帰るん?」
私はちらりと山ちゃんを見やる。山ちゃんは眼下に広がる町並みを遠い目をして見ていた。
「どうかな。でも、大学は都内にしようかと思ってる」
山ちゃんがうろたえたのが分かった。私はちらりと横目で見やる。
「都内……」
福岡の子たちは、大体西日本の大学に進学する。わざわざ関東まで行くのは、どうしても関東に行きたい子や、どうしても行きたい大学がある子くらいだろう。
でも、お母さんが東京にいる私は、気持ち的にも状況的にも、むしろ関西よりも関東の方がハードルが低かった。
「俺も、関東行こうかなぁ」
小さな、自信なさげな声で、山ちゃんが言った。
私は噴き出す。
「何それ。何で私の進路で自分の進路、決めるの」
言うと、山ちゃんは珍しく情けない目で私を見てきた。私はぴしりと指を立てる。
「自分がどう生きるかってのが大事でしょ。人に振り回されるのは、格好悪いよ」
山ちゃんはむくれた。
「じゃあ、ぐっちゃんは、どう生きるん」
「私? 私はーー」
函館市を上から見下ろしながら、微笑む。
「英語、やろうかと思ってて。できれば留学もしたい。おじいちゃん、伝統工芸品作ってるからさ。日本だけじゃ市場も限られるし、他の国に発信できればいいなって。それには語学ができないといけないけど、うちの人たちそういうの、てんで疎いし」
言っている途中で、照れ臭くなった。
「まだこれ誰にも言ってないから、内緒ね」
山ちゃんを見上げると、穏やかな目が返ってきた。
「偉いな」
言って、また町並みに視線を戻す。
「家族のために何ができるかとか、考えとるの、偉いと思う」
山ちゃんは言ってから、首後ろをかき、私に背を向けた。
「……そういうの、俺も一緒に手伝いたい」
耳の後ろが真っ赤になっているのが見えた。
彼の言葉より態度より、その真っ赤な耳がやたらとくすぐったくて、私は笑った。
「助手になるなら、こき使うよ」
言ってから、時計を見やる。
「わ、もう降りなきゃ、ご飯の時間になっちゃうよ。急ごう」
山ちゃんも時計を見て、慌てて四人を探しはじめた。
ホテルで夕飯を食べた後、バスに乗って全員で函館山へと向かった。
函館山からの夜景は、くっきりと函館市のくびれを海に浮き立たせていた。
それだけなら大人びた静けさを感じさせるはずの光景だが、修学旅行生にかかれば賑やかなお祭り騒ぎだ。
思い思いに写真を撮っては、うまく撮れた撮れないと騒ぎたてる。担任の先生が、もう少し情緒を感じろと呆れた声で言っていた。
「うっわぁ、キレー」
「彼氏と来たーい」
「おらんやろ」
相変わらずの会話を交わすマイコとユウの横で、私は笑う。
「日本三大夜景の一つはみなさんの住んでいる九州にありますね。知っていますか?」
少し離れたところで話す、ガイドさんの声が聞こえた。
「長崎ー」
「そう、長崎です。あとは、神戸。ここ函館は、近年札幌に抜かれたとも言われてもいますが、みなさんはどこが一番好きか、ぜひ見比べてみてください。同じ夜景でも、それぞれ違う趣があるようですよ」
私はガイドさんを見ようと横を向いたが、そこにたまたま山ちゃんが立っていた。山ちゃんは私の視線に気づき、照れ臭そうに微笑んだ。その微笑みがなんとなく照れ臭くて、私は笑みを返せずに、黙ってまた夜景へと視線を戻した。
こんな風景を、恋人と二人で見られたら。
二人で、手を繋ぎながら、黙って見られたら。
確かに、素敵かもしれない。
「ねーねーぐっちゃん、卒業旅行に三人で長崎行かん?そしたら二つ見たことになるやろ」
「あ、いいね。家の人、オッケーしてくれるかな」
「もう大学生になるんやし、してくれるやろ」
マイコとユウに両腕を絡め取られながら、私はまた、函館市街の夜景へと目を向けた。
山ちゃんの微笑に少しだけ感じた胸の高鳴りは、夜景のせいだと思うことにした。
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