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第一章 こちふかば
08 夫妻の合流
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「見ぃつけた」
不意に、神崎さんの目を華奢な手が塞いだ。
「だーれだ」
「……名取さん。ジョーに殺されるんでそういうのやめてください」
神崎さんの後ろには、安田夫妻が立っている。名取、は妻のヨーコさんの旧姓だ。ヨーコさんは神崎さんの目を塞いでいた手を下ろして笑った。
「マーシーってば、いけずやなぁ」
おっとりとした関西弁が、周囲の男を振り向かせる。
ーーこの色気。眼福ナリ。
内心ニヤニヤしながら見てしまう。
ヨーコさんは、切れ長の瞳に通った鼻筋、唇だけはふっくらとしていて、日本人形のような顔立ちだ。年齢的にはアラフィフなのだが、スタイルはハリウッド女優並で、ぼんきゅっぼん、というやつだ。中学のときからほとんど体型の変わらない私は正直羨ましい。
その隣に立つ青年が夫の安田さんだ。すっごい不機嫌な顔をしているのは多分神崎さんへのヤキモチ。ヨーコさんはヤキモチを妬かせたいのか天然なのか、やたらと神崎さんに絡む。神崎さんの奥さんであるアヤさんも、そんな二人を見てときどき不安そうにしているけど、傍から見ていればどちらの夫婦も相思相愛で揺るぎない。言うなればちょっとしたスパイスとしてのじゃれあいだろうと見ている。
「温かいものがいいだろうって話になって、ラザニア持ってきました」
私は口元につけていたコップから黒糖焼酎を噴きそうになった。
ーーハイスペックイケメンがもう一人。
安田さんは私より三期上で三十代半ば。細身の長身で、短髪がよく似合う。丸い目が穏やかな大型犬みたいに見えるけど、多分それは見た目だけ。実際には結構な狼と見ている。
まあ、ヨーコさんががっちり手綱を握っているから大丈夫だけど。
「安田さんとは料理が苦手な同盟が結べると思っていたのに……」
「え?市販のやつだと、ただ広げて焼くだけだよ、ラザニア」
「いやそもそもラザニア作ろうっていう発想が。ラザニアって何?ってレベルだと思ってたのに」
「お見通しやな」
くすくすと笑うヨーコさんの様子から察するに、まさにそこから始まったらしい。安田さんは照れ臭そうに首の後ろに手を当てた。
「だって、ヨーコさんがラザニア食べたいって言い出して」
「せやな。知らんて言うから、検索させたわ」
ヨーコさんは言いながら靴を脱いでビニールシートに上がる。安田さんがさっと薄い座布団を出した。まるでお姫様みたいだなと思いつつ、ヨーコさんは笑って、おおきに、と受けとる。
「冷えが駄目でな。もう歳やなぁ」
「いや、冷えはよくないです。私も持ってくればよかったと思ったくらいですから」
「買ってくればよかったなぁ、気が利かんですまんな」
「いえ、来年の自分に引き継ぐ反省点の一つです」
きりりと敬礼する。それにしても白湯を持ってきたのはファインプレーだと思っている。
とはいえ十二時にもなると、日差しもだいぶ暖かくなってきた。天気がいい日でよかったと思いつつコップを二つ取り出した。
「何飲みます?」
「ワイン持ってきたで」
「マーシー、ハイボール一丁」
「はいよ」
神崎さんが自分のコップの端を口に加えたまま、一つのコップにハイボールを作る。その様を、薄いクッションの上に体育座りしたヨーコさんがにこにこ見ている。
「ヨーコさんヨーコさん。マーシー見すぎ」
「ええやろ、減るもんやなし」
「良くないです。貴女を誰よりも愛する夫がここにいますけど」
「それはまた後で聞くわ」
ヨーコさんは目線もやらず、あっちに行けというように手を振った。一所懸命な安田さんが憐れに思えるけど、これがこの夫婦のパワーバランス。
まあ夫婦それぞれよね。
「また美男美女が」
咲也くんが目を丸くしている。
「いるところにはいるもんですねぇ」
「君だって美男の方じゃないの」
神崎さんは言いながら安田さんにコップを渡した。コップを受け取った安田さんがぐいっとあおると神崎さんが半眼になった。
「お前それ酒の飲み方じゃない」
「喉乾いてたんすよ」
「だったらあっちで水でも飲んでから来いよ。ったく」
ちらりと公園の水呑場を示して言いながら、空になったコップにまたハイボールを作ってやっている。また面倒見のいいこと。
「ジョーくん、遊ぼー!」
「びゅんびゅんしよー!」
二人の子どもが安田さんの足に絡む。
「びゅんびゅん?」
「フリスビー」
神崎さんがフリスビーを放るジェスチャーをすると、安田さんはなるほどと納得した。
「悠くんはともかく、健もできるんすか?」
「いや、本人はほとんどできない。追いかけるのが好きらしい」
「……犬みたいに?」
「まあそう言うな」
不意に、神崎さんの目を華奢な手が塞いだ。
「だーれだ」
「……名取さん。ジョーに殺されるんでそういうのやめてください」
神崎さんの後ろには、安田夫妻が立っている。名取、は妻のヨーコさんの旧姓だ。ヨーコさんは神崎さんの目を塞いでいた手を下ろして笑った。
「マーシーってば、いけずやなぁ」
おっとりとした関西弁が、周囲の男を振り向かせる。
ーーこの色気。眼福ナリ。
内心ニヤニヤしながら見てしまう。
ヨーコさんは、切れ長の瞳に通った鼻筋、唇だけはふっくらとしていて、日本人形のような顔立ちだ。年齢的にはアラフィフなのだが、スタイルはハリウッド女優並で、ぼんきゅっぼん、というやつだ。中学のときからほとんど体型の変わらない私は正直羨ましい。
その隣に立つ青年が夫の安田さんだ。すっごい不機嫌な顔をしているのは多分神崎さんへのヤキモチ。ヨーコさんはヤキモチを妬かせたいのか天然なのか、やたらと神崎さんに絡む。神崎さんの奥さんであるアヤさんも、そんな二人を見てときどき不安そうにしているけど、傍から見ていればどちらの夫婦も相思相愛で揺るぎない。言うなればちょっとしたスパイスとしてのじゃれあいだろうと見ている。
「温かいものがいいだろうって話になって、ラザニア持ってきました」
私は口元につけていたコップから黒糖焼酎を噴きそうになった。
ーーハイスペックイケメンがもう一人。
安田さんは私より三期上で三十代半ば。細身の長身で、短髪がよく似合う。丸い目が穏やかな大型犬みたいに見えるけど、多分それは見た目だけ。実際には結構な狼と見ている。
まあ、ヨーコさんががっちり手綱を握っているから大丈夫だけど。
「安田さんとは料理が苦手な同盟が結べると思っていたのに……」
「え?市販のやつだと、ただ広げて焼くだけだよ、ラザニア」
「いやそもそもラザニア作ろうっていう発想が。ラザニアって何?ってレベルだと思ってたのに」
「お見通しやな」
くすくすと笑うヨーコさんの様子から察するに、まさにそこから始まったらしい。安田さんは照れ臭そうに首の後ろに手を当てた。
「だって、ヨーコさんがラザニア食べたいって言い出して」
「せやな。知らんて言うから、検索させたわ」
ヨーコさんは言いながら靴を脱いでビニールシートに上がる。安田さんがさっと薄い座布団を出した。まるでお姫様みたいだなと思いつつ、ヨーコさんは笑って、おおきに、と受けとる。
「冷えが駄目でな。もう歳やなぁ」
「いや、冷えはよくないです。私も持ってくればよかったと思ったくらいですから」
「買ってくればよかったなぁ、気が利かんですまんな」
「いえ、来年の自分に引き継ぐ反省点の一つです」
きりりと敬礼する。それにしても白湯を持ってきたのはファインプレーだと思っている。
とはいえ十二時にもなると、日差しもだいぶ暖かくなってきた。天気がいい日でよかったと思いつつコップを二つ取り出した。
「何飲みます?」
「ワイン持ってきたで」
「マーシー、ハイボール一丁」
「はいよ」
神崎さんが自分のコップの端を口に加えたまま、一つのコップにハイボールを作る。その様を、薄いクッションの上に体育座りしたヨーコさんがにこにこ見ている。
「ヨーコさんヨーコさん。マーシー見すぎ」
「ええやろ、減るもんやなし」
「良くないです。貴女を誰よりも愛する夫がここにいますけど」
「それはまた後で聞くわ」
ヨーコさんは目線もやらず、あっちに行けというように手を振った。一所懸命な安田さんが憐れに思えるけど、これがこの夫婦のパワーバランス。
まあ夫婦それぞれよね。
「また美男美女が」
咲也くんが目を丸くしている。
「いるところにはいるもんですねぇ」
「君だって美男の方じゃないの」
神崎さんは言いながら安田さんにコップを渡した。コップを受け取った安田さんがぐいっとあおると神崎さんが半眼になった。
「お前それ酒の飲み方じゃない」
「喉乾いてたんすよ」
「だったらあっちで水でも飲んでから来いよ。ったく」
ちらりと公園の水呑場を示して言いながら、空になったコップにまたハイボールを作ってやっている。また面倒見のいいこと。
「ジョーくん、遊ぼー!」
「びゅんびゅんしよー!」
二人の子どもが安田さんの足に絡む。
「びゅんびゅん?」
「フリスビー」
神崎さんがフリスビーを放るジェスチャーをすると、安田さんはなるほどと納得した。
「悠くんはともかく、健もできるんすか?」
「いや、本人はほとんどできない。追いかけるのが好きらしい」
「……犬みたいに?」
「まあそう言うな」
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