モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

19 クリスマスイヴ(4)

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「最初はね、多少誇らしさもあって、控えめにではあるけど答えるようにしてたよ。けど、言った瞬間ドン引きされるんだもん。嫌になっちゃった」
 橘は肘をテーブルに置いて肩を竦める。
 できる人にはできる人なりの悩みがあるもんだなぁ、と人ごとのように思った。
「稼ぎだってそんじょそこらの同年代の男性より上でしょ。婚活したって、それでもいいって言うのはヒモ希望の男か、私より優秀な経歴のお坊ちゃまがほとんどで、だいたい極度のマザコン」
 ぽつりぽつりと言いながら、疲れきったような表情の橘は、また静かに杯を傾けた。
「へぇ。してるんだ。婚活」
 橘は俺の顔を嫌そうにちらりと見て、唇を尖らせた。
「財務に異動してからは、仕事でそれどころじゃないけどね。30近くにもなって、男の一人も連れて来ないって、親に散々言われるんだもの。しまいには、あんたに任せてても進まないから、私たちが探すとか言い出して。自分でがんばるから、34までは見守ってって」
「34?中途半端だな」
「35歳以降は高齢出産になるからよ。もー必死でプレゼンしたんだから。今の平均初婚年齢とか、出産年齢とか、仕事並にデータ集めて。すごい労力の無駄遣い」
 俺たち二人が小さめの声で話し始めたので、他の男性社員が受付嬢たちに声をかけ始めた。
 そうか、こういう手もあったのか。覚えておこう。
「男はいいよねぇ。出産とか考えなくていいから。妊娠出産にはリミットがあるのよって、耳タコよ。そう言うなら、マザコンでもヒモでもなく自立した、せいぜい歳の差が一回り程度までの、私を気に入ってくれる男紹介してよってーー」
 段々早口になって言い切ると、橘は改めて俺の顔を見て脱力した。
「あー、私、疲れてるんだわ。こんな話あんたにするなんて。なんの生産性もないのに」
「うんまあ……そうかもな」
 俺が曖昧に頷くと、
「あったなぁ、そういう時期も。いずれご両親も諦めはるわ。それまでの辛抱や」
 どこから聞いていたのか、名取さんがほんわりと言った。しみじみと言うその言葉が重い。
 そういやこの人も関西の国立大卒だったっけ。
「ヨーコちゃん。飲みましょう」
「せやね、アーヤ。イケメンを肴に」
「観賞用にはもってこいですからね」
 二人があーだこーだ言う間に、財務部の女子が集まり始めた。
「こらこら。二人占めしないで。分け前はみんなで。みんなで癒されましょう。財務部の掟だよ」
「That's right.チーフの言う通り」
「先週フリーになったばかりの私を最初に癒してくださーい」
「振られたのクリスマス直前やもんねぇ」
「そもそもここ何年も、観葉植物と週末の晩酌を癒しにしてる私にとっては、いっときの幸せとはいえうらやましいけどね」
 うわ、怖ぇ。財務部女子怖すぎる。
 俺の顔が引きつるのを見て、橘がにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「日頃さんざん女を泣かせてるんだろうし、たまにはこういう時もありよね。マーシー?」
 お前、目が笑ってねぇぞ。
 視線を感じて見やると、山崎部長が満足げな笑顔で親指を立てた。
 他の男性社員は、早々に酒に飲まれているか、受付嬢の周りに群がっていて、どちらにしろ俺を気にすることはないようだった。
 ーーああ、ここに俺の味方はいない。
 俺は心中で涙ながらに拳を握った。我が身を守るのは自分だけだ。負けるな俺。がんばれ俺。それでも明日はやって来る。
 酒が進むにつれ本気でセクハラじみて来るお姉さまがたに囲まれながら、俺はどうにか自分の身を守りきったのだった。
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