モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

13 ハンター

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 残業前に夕飯は済ませたという橘と共に、俺はまたバーにいた。

 今日、俺、何杯酒飲んでんだろ。
 つか、先週の後味の悪さを忘れたのか。学習しろ、俺。もう流されるな。

 そんな言葉が頭の中をぐるぐる駆け回るあたり、もうかなり末期だと分かりながらも、橘を置いて帰る気にはならなかった。

 そうだ、一杯だけつきあって、タクシーに同乗して帰ろう。途中まで一緒だから送り届けて、それで帰ろう。そうしよう。決めた。

「なに、百面相してるの?」
 俺の顔を伺い見た橘が、笑って言う。
 思わず眉を寄せた。しまった。酔いでポーカーフェイスが崩れてる。

 ーー酒のせいだけか?

 心のどこかで浮かんだ疑問は、無理矢理気付かないふりをした。
「一杯飲んだら帰るぞ。もうかなり飲んだんだ。俺を急性アルコール中毒にでもするつもりか」
「そのときには、一緒に救急車乗って行って、病院でも付き添ってあげる」
 橘はくすくす笑った。
 その笑い方や笑顔は、先週まで見たことのないものだったのに、あまりに自然で驚く。

 ーー底なし沼だ。

 生温く柔らかいものに、足をとられたような気分が、身体中を駆け巡る。
 逃れるべきか、囚われるべきか。
 ふとそんなことを思って、目を強くつぶった。
「気分、悪いの?」
 間近で橘の声がして、はっと目を開くと、そこには心配そうな顔をした橘がいた。
 暖色のライトを浴びて、唇がみずみずしく目に映る。

 ーー囚われる。

 恐怖に近い感覚に、咄嗟に目を背ける。
 思考が安定しない。動悸がする。
 やっぱり酔っているのか。そう思ったとき、冷たい手が頬に触れた。
「神崎?」
 その心地好い冷たさに、思わず手を添える。
 まっすぐに見つめると、橘の顔が上気したのが見えた。
「どーーどうしたの?」
 橘が、無理矢理冗談っぽく笑う。

 知るか。いちいち、人のスイッチ押しやがって。

 流されてたまるか。
 流されるくらいならいっそ、

 ーー自分から求めてやる。

 俺は橘の目をまっすぐに見つめたまま、
 指に指を絡め、頬から離すと、
 その手の平に口づけた。
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