モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

11 憂鬱な誘い

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 翌週、橘に会ったのは廊下ですれ違った一回きり、しかも互いに他の社員と話していたので一瞬だけ目が合っただけだった。
 そうして何事もなく金曜の昼を迎え、俺は何となくホッとしていた。
 昼食から帰ってきて、椅子に座りかけたたとき。
「あ、いたいたマーシー」
 政人、は英語で発音しにくいので、留学中よく呼ばれたマーシーが会社での呼び名になっている。
 声をかけてきたのは同期の阿久津たった。
「お前、なんでこんなとこいんの」
 確か夏から九州に転勤になっていた筈だ。
「来年のスケジュールと意向確認。一昨日急に来ることになってさ。連絡しなくてゴメン」
 阿久津は絵に描いたようなチャラい男だ。本人は俺のことを同類だと思っているらしいが、俺は内心阿久津の女遊びを軽蔑している。
 俺は自分から誘うことはないが、コイツは自分から誘って、飽きると捨てる。二股以上もしょっちゅうだ。
 何回か経験したという修羅場について、酒の場でよく自慢げに話していた。
「今日、一杯行こうぜ。まりあちゃん元気にしてっかなぁ。お前、最近行った?」
「いや」
 まりあ、とは飲み屋の姉ちゃんのことだ。会社の近くにある飲み屋で、胸のでかい、よく笑う子だ。阿久津のお気に入りである。
 高い金を払ってわざわざ女と話に行く必要を感じない俺には不要なものなのだが、俺を連れて行くと姉ちゃんたちが喜ぶ、と先輩や同期に連れていかれたことが何度かある。
「なんだよ、相変わらず冷てぇなぁ。まりあちゃんはお前のことお気に入りだってのに」
 お一人ででも、ぜひ来て下さいね。
 ーーとは、どこでも言われすぎて、もはや気にもならない言葉だ。社交辞令として受け取り、適当に流す。
「ああいう場所、あんま興味ないし」
 どちらかというと、話す必要のない場所で、一人のんびり杯を傾ける方が好きなのだ。
「いい男は違うねぇ。俺みたいにがつがつ行かなくても足りてますってか」
 分かってんじゃねぇか。
 心中で言うが、口にはしない。
「ま、とにかく今日はつき合えよ。芦田さんも一緒だから」
 俺は顔をしかめるのをかろうじて留めた。
 芦田さんとは、2期上の先輩だ。阿久津に拍車をかけて面倒くさい人だが、機嫌を損ねるともっと面倒くさい。
 残念なことに、母校が一緒ということで変な親近感を持たれ、何かと付き合わされるのだ。
 返事をするより先に、阿久津は俺の背中を叩いてご機嫌に去って行った。
 俺は深々と嘆息しながら、ふと思った。
 結婚すりゃ、こういう面倒なつき合いもせずに済むのかな。
 次いで、香子ちゃんの声が蘇る。
 いますよ。きっと。
 ーーしまった。また流されかけてる。
 俺は額をおさえて、ふるふると首を振った。
 それと同時に、午後の始業を告げるチャイムが鳴った。
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