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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

70 インテリアと化した六面体についての要望。

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 そんな訳で清い関係は継続することになったけれど、前ほどフラストレーションがたまることはなくなった。二人で会えば、前田も私の手を繋いできたり、抱き寄せてくれたりーー正直、今までのつき合いではありえなかったほど恋人らしいつき合い方をしているように思う。私、今まで恋人付き合いをなんだと思ってたんだろう。……ってくらい、私も前田にぺたぺた触る。前田はそれを迷惑そうにしながら、その実喜んでいるのだ。
 前田を弟に会わせることになったのは九月の終わりだ。四人で都内で夕飯を食べることにした。
 が、その前に、すっかり恋人らしく振る舞えるようになった私たちは(当社比)、少しだけ散策デートを楽しんでから合流することにした。
 ちなみに、最近は少しずつ前田の服装改善計画を発動し、本人が無関心だったファッションを私好みに変え始めている。一応、服は自分で買っていたらしいのでそれにはほっとした。
 そんなわけで今日の服は、先日のデートで私がチョイスしたものを着て来る予定だ。まだ合流前だから、忘れていないかドキドキだけど。
 私が選んだのは、白地に小さい紺赤ドットの入ったシャツと、ダーククレーのジーンズ。本当は鞄も変えて欲しいけどこれだけは、いや違った、これと靴だけは、本人が譲らなかったので諦めた。いやーだって会社用と同じ、黒くてデカいリュックだよ。そこから分かるように、前田ってデートにもパソコン持ち歩くの。何で?って聞いたら行き帰りの電車で書くからから、ってどこの売れっ子小説家だよ。いや多分売れっ子小説家は専業だろうからきっとそんなことしないけど。ちなみに靴は革靴を提案して無下に断られたのである。スニーカーの方が歩きやすいし楽だからって。オシャレに我慢は必要なの!と思ったけどもうそれ以上は言わなかった。気持ちは分かるしね。
 待ち合わせ場所についてみると、前田が先に来ていた。打ち合わせ通りの服にいつものリュックを背負い(それのおかげでオシャレ度ががっくり低下してるんだけどね……)、手元には拳大強のルービックキューブ。以前就業中に玩んでいたあれだ。私が見ている間に綺麗に色が整って、くるくると回して確認している。その目つきは満足げだ。
「お待たせ」
 まだ五分前なのだけどそう声をかけると、前田がこちらに目を向けた。下ろした手中にあるルービックキューブを目で示しつつ、
「それ、ホントにちゃんとできる人いるんだ」
 言うと前田は笑った。
「だって、元々この形で売ってるんだから。戻せば、戻るよ」
「いや、そうだけどさ」
 家にも、父がしばらく格闘したルービックキューブがある。昔、それが流行った頃、会社の景品で貰ったらしい。子供達が好き勝手いじってぐちゃぐちゃになったものを戻そうと悪戦苦闘していた父は、三日と経たずにお手上げ。以来約二十年に渡り、時々思い立ったように戻そうとするけど、結局何度やっても戻らないのだ。
 そんなことを思い出し、前田に話すと、ふぅんとあまり興味なさ気な返事が返ってきた。が、私はその頃にはもう心に決めている。
「ねえ、前田」
「直さないよ」
 浮き立つ私の声に、前田が即答する。
 私は唇を尖らせた。
「まだ何も言ってない」
「どうせ、家から持ってくるから元に戻せって言うんでしょ」
 まあそうだけど。だって、色がぐちゃぐちゃのままじゃ気持ち悪いじゃない。なんとなく。すっかりインテリアになってしまっている実家のそれを思い出しつつふて腐れる。
「あ、もしかして、戻せる自信ないとか?」
 私が言うと、前田は嫌そうな顔をした。が、何も口にしない。
「何よ」
「いや、別に」
 前田は嘆息しながらリュックを肩から下ろした。ルービックキューブを仕舞おうというのだろう。
「そうやって挑発しようとしてるんだろうけど、意図がバレバレだと意味がないよ」
 言われてむっとした私は、前田の手からルービックキューブを掻っ攫った。あ、と前田が目を上げる。
「鞄に仕舞うのに」
「分かってる」
 私は答えながら、ルービックキューブをぐちゃぐちゃにいじりはじめた。赤、青、黄、緑、金、白の四角いパネルが入り乱れた六面体が出来上がり、私は満足して鼻を鳴らす。
「はい」
「……」
 私がドヤ顔でそれを差し出すと、呆れたような目で私を見ながら前田は鞄にしまった。
「さー、行きましょ行きましょ」
 今日は私の希望で、日本初上陸のジェラート屋さんを訪れる予定だ。
 ウキウキと足を進める私のすぐ後ろを、前田は黙ってついてきた。
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