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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
52 ターゲットを逃すな!
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「……どうしたの」
「帰られないように捕獲しに来た」
終業時間になるや否や前田のデスクを覗きに行くと、前田はまたあきれ顔をした。
もうすっかりその顔には慣れっこなので、もう何とも思わない。
「……そんな、すっぽかしたりしないよ」
「あんたって、電車に乗ってから、あ、そういえば約束してたっけ、ってなりそう」
言い返すと、何も言わず目を反らした。思い当たる節がない訳ではないらしい。私はふふんと鼻を鳴らす。
「フリースペースにいるね」
とりあえず、デスクにいることだけを確認して、フリースペースで待つことにした。システム課からエレベーターに向かう途中にあるので、さすがに逃げ出すこともないだろう。
「もう少し信頼してくれたって」
とか何とか、前田はブツブツ言っているけど気にしない。
ーー文句言うのに、そんなに嬉しそうにしてたら意味ないよ、前田。
私は無表情を装ったまま、フリースペースへ向かった。気を抜くとニヤついてしまいそうだったから。
フリースペースはただ椅子と机と自販機がある場所だ。ただ、普通の休憩場所と違うといえるところは、これが頻繁にボードゲーム等のアナログゲームに利用されることで、壁や床の装飾もただの休憩場所とは少し趣が異なる。と言っても、多少カラフルな塗料が使われている、と言う程度だけれど。
私は椅子の一つに腰掛けて、週末に図書館で借りた本を広げた。
母が呟いていて気になった、高村光太郎詩集。
目的の『道程』は思ったよりも短い詩で、詩集の後半は、妻への思いを描いた智恵子抄だ。今まで詩集というものを読んだことがないので、どう読み進めるべきだろうと思いながらパラパラとめくっていく。順番に読むものなんだろうか。でも詩というのは単体で楽しむものだというイメージもある。
ふと手を止めた。
ーー僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じるーー
ほぅ、と息を吐き出す。
詩人の愛の表現に感心した。
ーーとりあえず、智恵子抄を読んでみるか。
思いながらページをめくる。
しばらく読み進めたとき、
「吉田さん」
ーー待ち人来たる。
私は本から顔を上げた。
前田が何となく気まずげに立っている。
「……行こうか」
「うん」
本を鞄にしまい込み、前田の後ろについてエレベーターホールへと歩き出す。
「前田くん」
「……何」
「お待たせ、くらい言うもんだよ」
前田は目だけを私に向けて、気恥ずかしそうに反らした。
「……お待たせ」
「うん。お疲れさま」
私が微笑むと、前田は口元を隠して咳ばらいをする。
「そんなに穏やかだと……調子が狂うんだけど」
「そう?私いつもこんな感じだよ」
他の人には。
「……知ってる」
前田が呟いたとき、エレベーターのドアが開いた。小さい箱に二人で乗り込む。
「何食べたい?」
「何でも」
「食べ物、好き嫌いあるの?」
「特には」
前田は言いかけて、
「……人参以外」
呟きを聞き取った瞬間、私は噴き出した。
「帰られないように捕獲しに来た」
終業時間になるや否や前田のデスクを覗きに行くと、前田はまたあきれ顔をした。
もうすっかりその顔には慣れっこなので、もう何とも思わない。
「……そんな、すっぽかしたりしないよ」
「あんたって、電車に乗ってから、あ、そういえば約束してたっけ、ってなりそう」
言い返すと、何も言わず目を反らした。思い当たる節がない訳ではないらしい。私はふふんと鼻を鳴らす。
「フリースペースにいるね」
とりあえず、デスクにいることだけを確認して、フリースペースで待つことにした。システム課からエレベーターに向かう途中にあるので、さすがに逃げ出すこともないだろう。
「もう少し信頼してくれたって」
とか何とか、前田はブツブツ言っているけど気にしない。
ーー文句言うのに、そんなに嬉しそうにしてたら意味ないよ、前田。
私は無表情を装ったまま、フリースペースへ向かった。気を抜くとニヤついてしまいそうだったから。
フリースペースはただ椅子と机と自販機がある場所だ。ただ、普通の休憩場所と違うといえるところは、これが頻繁にボードゲーム等のアナログゲームに利用されることで、壁や床の装飾もただの休憩場所とは少し趣が異なる。と言っても、多少カラフルな塗料が使われている、と言う程度だけれど。
私は椅子の一つに腰掛けて、週末に図書館で借りた本を広げた。
母が呟いていて気になった、高村光太郎詩集。
目的の『道程』は思ったよりも短い詩で、詩集の後半は、妻への思いを描いた智恵子抄だ。今まで詩集というものを読んだことがないので、どう読み進めるべきだろうと思いながらパラパラとめくっていく。順番に読むものなんだろうか。でも詩というのは単体で楽しむものだというイメージもある。
ふと手を止めた。
ーー僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じるーー
ほぅ、と息を吐き出す。
詩人の愛の表現に感心した。
ーーとりあえず、智恵子抄を読んでみるか。
思いながらページをめくる。
しばらく読み進めたとき、
「吉田さん」
ーー待ち人来たる。
私は本から顔を上げた。
前田が何となく気まずげに立っている。
「……行こうか」
「うん」
本を鞄にしまい込み、前田の後ろについてエレベーターホールへと歩き出す。
「前田くん」
「……何」
「お待たせ、くらい言うもんだよ」
前田は目だけを私に向けて、気恥ずかしそうに反らした。
「……お待たせ」
「うん。お疲れさま」
私が微笑むと、前田は口元を隠して咳ばらいをする。
「そんなに穏やかだと……調子が狂うんだけど」
「そう?私いつもこんな感じだよ」
他の人には。
「……知ってる」
前田が呟いたとき、エレベーターのドアが開いた。小さい箱に二人で乗り込む。
「何食べたい?」
「何でも」
「食べ物、好き嫌いあるの?」
「特には」
前田は言いかけて、
「……人参以外」
呟きを聞き取った瞬間、私は噴き出した。
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