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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。
26 十年前、五年前。そして五年後、十年後。
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「ご注文、お決まりですか?」
「私、日替わりパスタ。半分こしようよ」
「うん、そうしよう。じゃあ私はピザにしよう」
店員さんに注文すると、私は店内を見回した。四人がけのテーブル席が3つ、カウンター席が6つ、半個室が1つ。思ったよりも広い店内だが、ウッディ調の店内で居心地がいい。BGMはボサノバらしい。
「毎日夜遅いの?」
「うーん、ときどき」
「夜更かしできなかった里沙がねぇ。毎日残業なんて」
母の言葉に私は笑った。そう、学生時代は十時になると眠くなり、朝五時に起きる、という生活だったのだ。
「変われば変わるもんだよね」
「あんまりいい変化とは思えないけどね」
「それは言えてる」
私は苦笑を返すと、そういえば、と切り出した。
「今回の緊急参集は何なの?何かあった?」
「それは、みんな集まった後で」
母は茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。私は笑う。
「何なのよー」
「まあ、お楽しみと思ってて」
母は笑いながら、店員さんが運んできてくれたオレンジジュースを一口飲んだ。私もジンジャーエールを口にする。しゅわ、と甘い刺激が口内を満たした。
「ーー里沙は」
おそらく平常を装っているつもりの母の声は、少し固かった。が、私は気付かないふりをして、目で先をうながす。
「五年後、十年後、どんな生活をしていたいのかな」
私は母の顔をじっと見た。私の視線を受け止め切れず、母が目を反らす。
私はまたジンジャーエールを口にした。しゅわしゅわ、と口の中でまた泡が跳ねる。
「十年前は、きっと三十になったら、結婚して二人くらい子どもがいて、仕事辞めて、子育てしてるのかなって思ってた」
十年前ーー成人した頃。大学二年生の私。
サークル活動を楽しんでいた頃でーーそうそう、ざっきーに会ったのもその頃だった。あの人は一年の終わりから、幸弘に誘われて入ってきたから。ーーそれこそ、香子と仲良くなろうとして。
当時の二人を思い出して口の端が上がる。
「五年前は、三十になったら、せめて婚約かーーこの人、っていう人は見つけてたいなぁ、と思ってたかなぁ。でも、もしかしたら私はずっと一人かも、なんて不安も感じてた」
五年前はちょうど友人の結婚ラッシュが始まった頃だ。サークルで生まれたカップルが次々結婚した。結婚式で、その高砂を見ながら感じた期待と不安。
ーー私も、主役になれる日が来るんだろうか。
きらびやかな友人の姿に、わずかに取り残されたような寂しさ。
「で、まあ結局、順調にお一人様コースまっしぐらだよね」
私は笑いながらまた飲み物を口にする。ランチセットの添え物のサラダが出てきた。机にあったカトラリーケースから、母がフォークを差し出してくれる。ありがとう、と受け取って、細く切られた野菜を掬い上げた。
「結婚願望はあるけど、こればっかりはーー努力してどうにかなることと、ならないことがあるかなぁって」
いや、実際、期待はしていたのだ。先月別れた彼氏と、そうなることをーーものの無残に崩れ去ったけれども。
ついついセンチメンタルな気持ちに浸りそうになり、景気付けのようにザクザクと野菜をフォークで刺す。
「でもそろそろ婚活とか、本気でするかなぁ」
「婚活、ねぇ」
母は苦笑した。私のようにみっともない食べ方をしない母は、静かにサラダを口に運んでいる。
「貴女たちは大変よね。受験が終わったと思えば、就活、婚活、妊活ーーずっとがんばっていないといけないみたいで」
「それはあるかも。お母さんたちのときは、女の生き方ってある程度決まってたもんね」
短大卒で企業に就職、結婚が決まれば寿退社。専業主婦になって子どもを育て上げるーー
それは合う人には心地好い生き方だろうけれど、私のような人間には合いそうにない生き方だ。ーーと、今なら分かる。それでも。
「今は選択肢が多い分、責任も多いよね。全部、自分で選択したんだって言われちゃうから。うまく行っても行かなくても、自分が選んだんでしょ、って」
自由の海に、溺れそうだ。
そんなことを、ふと思う。
母は何かを思い出したように微笑した。私が首を傾げると、静かに口を開く。
「『僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る』」
「高村光太郎?」
「そうそう」
「そっかーー若者の悩みはいつの時代も同じか」
母は何も言わず微笑んだ。私も微笑む。
ピザとパスタが運ばれてきた。チーズとトマトの香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「ま、食べましょ食べましょ」
「そうね。食べましょう」
おいしそー、いいにおい、と口々に言いながら、私と母は改めて手を合わせた。
「いっただっきまーす」
声が見事に重なって、二人で目を合わせて笑った。
「私、日替わりパスタ。半分こしようよ」
「うん、そうしよう。じゃあ私はピザにしよう」
店員さんに注文すると、私は店内を見回した。四人がけのテーブル席が3つ、カウンター席が6つ、半個室が1つ。思ったよりも広い店内だが、ウッディ調の店内で居心地がいい。BGMはボサノバらしい。
「毎日夜遅いの?」
「うーん、ときどき」
「夜更かしできなかった里沙がねぇ。毎日残業なんて」
母の言葉に私は笑った。そう、学生時代は十時になると眠くなり、朝五時に起きる、という生活だったのだ。
「変われば変わるもんだよね」
「あんまりいい変化とは思えないけどね」
「それは言えてる」
私は苦笑を返すと、そういえば、と切り出した。
「今回の緊急参集は何なの?何かあった?」
「それは、みんな集まった後で」
母は茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。私は笑う。
「何なのよー」
「まあ、お楽しみと思ってて」
母は笑いながら、店員さんが運んできてくれたオレンジジュースを一口飲んだ。私もジンジャーエールを口にする。しゅわ、と甘い刺激が口内を満たした。
「ーー里沙は」
おそらく平常を装っているつもりの母の声は、少し固かった。が、私は気付かないふりをして、目で先をうながす。
「五年後、十年後、どんな生活をしていたいのかな」
私は母の顔をじっと見た。私の視線を受け止め切れず、母が目を反らす。
私はまたジンジャーエールを口にした。しゅわしゅわ、と口の中でまた泡が跳ねる。
「十年前は、きっと三十になったら、結婚して二人くらい子どもがいて、仕事辞めて、子育てしてるのかなって思ってた」
十年前ーー成人した頃。大学二年生の私。
サークル活動を楽しんでいた頃でーーそうそう、ざっきーに会ったのもその頃だった。あの人は一年の終わりから、幸弘に誘われて入ってきたから。ーーそれこそ、香子と仲良くなろうとして。
当時の二人を思い出して口の端が上がる。
「五年前は、三十になったら、せめて婚約かーーこの人、っていう人は見つけてたいなぁ、と思ってたかなぁ。でも、もしかしたら私はずっと一人かも、なんて不安も感じてた」
五年前はちょうど友人の結婚ラッシュが始まった頃だ。サークルで生まれたカップルが次々結婚した。結婚式で、その高砂を見ながら感じた期待と不安。
ーー私も、主役になれる日が来るんだろうか。
きらびやかな友人の姿に、わずかに取り残されたような寂しさ。
「で、まあ結局、順調にお一人様コースまっしぐらだよね」
私は笑いながらまた飲み物を口にする。ランチセットの添え物のサラダが出てきた。机にあったカトラリーケースから、母がフォークを差し出してくれる。ありがとう、と受け取って、細く切られた野菜を掬い上げた。
「結婚願望はあるけど、こればっかりはーー努力してどうにかなることと、ならないことがあるかなぁって」
いや、実際、期待はしていたのだ。先月別れた彼氏と、そうなることをーーものの無残に崩れ去ったけれども。
ついついセンチメンタルな気持ちに浸りそうになり、景気付けのようにザクザクと野菜をフォークで刺す。
「でもそろそろ婚活とか、本気でするかなぁ」
「婚活、ねぇ」
母は苦笑した。私のようにみっともない食べ方をしない母は、静かにサラダを口に運んでいる。
「貴女たちは大変よね。受験が終わったと思えば、就活、婚活、妊活ーーずっとがんばっていないといけないみたいで」
「それはあるかも。お母さんたちのときは、女の生き方ってある程度決まってたもんね」
短大卒で企業に就職、結婚が決まれば寿退社。専業主婦になって子どもを育て上げるーー
それは合う人には心地好い生き方だろうけれど、私のような人間には合いそうにない生き方だ。ーーと、今なら分かる。それでも。
「今は選択肢が多い分、責任も多いよね。全部、自分で選択したんだって言われちゃうから。うまく行っても行かなくても、自分が選んだんでしょ、って」
自由の海に、溺れそうだ。
そんなことを、ふと思う。
母は何かを思い出したように微笑した。私が首を傾げると、静かに口を開く。
「『僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る』」
「高村光太郎?」
「そうそう」
「そっかーー若者の悩みはいつの時代も同じか」
母は何も言わず微笑んだ。私も微笑む。
ピザとパスタが運ばれてきた。チーズとトマトの香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「ま、食べましょ食べましょ」
「そうね。食べましょう」
おいしそー、いいにおい、と口々に言いながら、私と母は改めて手を合わせた。
「いっただっきまーす」
声が見事に重なって、二人で目を合わせて笑った。
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