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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
55 近づいて、あしらって、遠ざかって、また近づいて。
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「次はー」
「……月曜から、よく飲むね」
ドリンクメニューを楽しげにめくる私に呆れている前田は二杯目にしてやや顔が赤い。
気のせいか、先日同期と飲んだときよりも、酔いが回っているように見える。少しだけ潤んだ目元が色っぽいのだけれど、本人、気づいてるのかなぁ。
きっと気づいていないんだろうなと思いながら、店員さんを呼んだ。
「シークヮーサーサワーお願いします」
「はい、かしこまりました」
「……しかも、チャンポンだし」
確かに私は四杯とも違うお酒を頼んでいる。ふふんと笑った。
「ちょっと酔わないと話せないこともあるでしょ」
「って、例えば?」
前田は言ってからふといじわるそうな顔をした。
「……俺に突然キスした理由とか?」
三杯目に頼んだ梅酒のソーダ割りの最後の一口を噴きそうになって堪えた。
「あ、あれはその……」
目がさ迷う。
正直、私自身、どうしてあんなことをしたのか分からない。
頭を下げてそう言うと、前田はふぅんと言いながら二杯目のレモンサワーを口にした。
「……呆れてる?」
目を上げて問うと、前田はんー、と考えるように首を傾げた。
「呆れてはいないけど」
言いながらちょっとだけ遠い目をする。私はその表情をびくびくしながらうかがっていた。
「ラッキー、と思っとけばいいのかな。キスも、今日のこれも」
その表情には、既に何か諦めたような色がある。
店員さんが私の飲み物を持ってきた。代わりに空いたグラスを渡す。
「……なんか、ごめんね。私、馬鹿で」
自分が情けなくてしょげた。
前田が好きだからキスした、と、はっきり言えないのは自分でももどかしいのだけど、真実ではあるのだ。
少なくとも、あの時には。
前田が珍獣を見るかのように私の顔を覗き込んできた。面白がっているのがよくわかる目だ。
「……何よ」
「珍しいから。しおらしい吉田さん」
その声には弾む響きがある。
「突飛な発想と、よく回る舌と、呆れるほどのポジティブシンキングが吉田さんの持ち味でしょ」
それ褒めてんの?けなしてんの?
まあでも分かってくれているということだろう。
「……前田は」
反撃するかのように、私は切り出した。
「私の何が好きなの」
前田は一瞬表情を強張らせて、目を俯けた。その目尻が若干赤いように見える。
「いつも、笑ってるから」
「ーーは?」
「吉田さんも、その周りの人も」
前田は目を上げないまま、ツマミをつつく。
私はその姿を呆気に取られて見ていたが、不意に笑った。
「ーー何?」
「いや、だって」
笑いが止まらない。
「そう言いながら、あんた私を怒らせてばっかりだったじゃない」
「そんなつもりは」
前田は唇を尖らせた。
「……なくはないけど。ーー悔しくて」
「悔しい?」
「……俺には笑ってくれないから」
前田はすねた表情のまま、小声で言った。その顔は今や真っ赤である。
急に気分がよくなった。それは酒のせいか、彼の想いを耳にしたせいか。
自分に問いながら、すねた前田の顔を覗き込む。
「ねぇ、それで?」
「ーーで、って?」
「私のこと、好きって言ってーーそれでおしまい?」
前田は私の目を見て、目を伏せる。長いまつげが影を作った。
「フラれるって分かってて言う奴なんていないでしょ」
突き放すように、冷たく響く言葉には、確かな寂しさが混じる。
私は前田の顔を覗き込んだ。
「なんでフラれるの確定なの?」
前田は目を上げて眉を寄せた。が、その目は揺らいでいる。私に言葉の真意を確かめるように。
「違うの?」
問われて、私は笑った。
「試してみたら?」
前田は困惑している。
その目をじいっと見返した。
「ね。私に、どうしてほしいの?」
ーー好き、の先は?
前田はますますうろたえて視線をさ迷わせた。私はにやにやしながらその様子を見守る。
しばらくすると、前田は決心したように視線を自分の手元に留め、唇を引き締めた。
「よ、吉田さん」
「はい」
顔を上げた前田はがっちがちに緊張している。
「俺と、ずっと一緒にいてください」
ーーそう来たか。
私は噴き出すのを堪えた。
「それ、プロポーズでしょ」
「え、そうかな」
「普通そうよ」
「でもーーどうしてほしいか、って聞かれたから」
うろたえる前田はすっかり素直である。
「ずっと一緒にいてほしいの?」
確認するようにその目を覗き込むと、前田の目が動揺で揺れる。
かと思うと、私から顔を反らして、はー、と脱力した。
肩を落とし、もう精根尽き果てたというように。
「もうやめようよ。罰ゲームみたいだ」
「散々私を怒らせたんだから、この程度の罰ゲーム甘んじて受けなさい」
笑いながら私は言う。
「で?ーーずっと一緒にいてほしいの?」
前田は私を恨めしげな顔で見てから、俯くように頷いた。
色白の肌は、羞恥で首元まで真っ赤に染まっている。
ーーその首元に、唇を寄せたい。
瞬間的にそう思った自分をごまかすように、あえて軽やかに言葉を続けた。
「ずっとかどうか分からないけど、とりあえず、しばらくは一緒にいてあげる」
顔を上げた前田の目は、わずかに潤んで見えた。
「……月曜から、よく飲むね」
ドリンクメニューを楽しげにめくる私に呆れている前田は二杯目にしてやや顔が赤い。
気のせいか、先日同期と飲んだときよりも、酔いが回っているように見える。少しだけ潤んだ目元が色っぽいのだけれど、本人、気づいてるのかなぁ。
きっと気づいていないんだろうなと思いながら、店員さんを呼んだ。
「シークヮーサーサワーお願いします」
「はい、かしこまりました」
「……しかも、チャンポンだし」
確かに私は四杯とも違うお酒を頼んでいる。ふふんと笑った。
「ちょっと酔わないと話せないこともあるでしょ」
「って、例えば?」
前田は言ってからふといじわるそうな顔をした。
「……俺に突然キスした理由とか?」
三杯目に頼んだ梅酒のソーダ割りの最後の一口を噴きそうになって堪えた。
「あ、あれはその……」
目がさ迷う。
正直、私自身、どうしてあんなことをしたのか分からない。
頭を下げてそう言うと、前田はふぅんと言いながら二杯目のレモンサワーを口にした。
「……呆れてる?」
目を上げて問うと、前田はんー、と考えるように首を傾げた。
「呆れてはいないけど」
言いながらちょっとだけ遠い目をする。私はその表情をびくびくしながらうかがっていた。
「ラッキー、と思っとけばいいのかな。キスも、今日のこれも」
その表情には、既に何か諦めたような色がある。
店員さんが私の飲み物を持ってきた。代わりに空いたグラスを渡す。
「……なんか、ごめんね。私、馬鹿で」
自分が情けなくてしょげた。
前田が好きだからキスした、と、はっきり言えないのは自分でももどかしいのだけど、真実ではあるのだ。
少なくとも、あの時には。
前田が珍獣を見るかのように私の顔を覗き込んできた。面白がっているのがよくわかる目だ。
「……何よ」
「珍しいから。しおらしい吉田さん」
その声には弾む響きがある。
「突飛な発想と、よく回る舌と、呆れるほどのポジティブシンキングが吉田さんの持ち味でしょ」
それ褒めてんの?けなしてんの?
まあでも分かってくれているということだろう。
「……前田は」
反撃するかのように、私は切り出した。
「私の何が好きなの」
前田は一瞬表情を強張らせて、目を俯けた。その目尻が若干赤いように見える。
「いつも、笑ってるから」
「ーーは?」
「吉田さんも、その周りの人も」
前田は目を上げないまま、ツマミをつつく。
私はその姿を呆気に取られて見ていたが、不意に笑った。
「ーー何?」
「いや、だって」
笑いが止まらない。
「そう言いながら、あんた私を怒らせてばっかりだったじゃない」
「そんなつもりは」
前田は唇を尖らせた。
「……なくはないけど。ーー悔しくて」
「悔しい?」
「……俺には笑ってくれないから」
前田はすねた表情のまま、小声で言った。その顔は今や真っ赤である。
急に気分がよくなった。それは酒のせいか、彼の想いを耳にしたせいか。
自分に問いながら、すねた前田の顔を覗き込む。
「ねぇ、それで?」
「ーーで、って?」
「私のこと、好きって言ってーーそれでおしまい?」
前田は私の目を見て、目を伏せる。長いまつげが影を作った。
「フラれるって分かってて言う奴なんていないでしょ」
突き放すように、冷たく響く言葉には、確かな寂しさが混じる。
私は前田の顔を覗き込んだ。
「なんでフラれるの確定なの?」
前田は目を上げて眉を寄せた。が、その目は揺らいでいる。私に言葉の真意を確かめるように。
「違うの?」
問われて、私は笑った。
「試してみたら?」
前田は困惑している。
その目をじいっと見返した。
「ね。私に、どうしてほしいの?」
ーー好き、の先は?
前田はますますうろたえて視線をさ迷わせた。私はにやにやしながらその様子を見守る。
しばらくすると、前田は決心したように視線を自分の手元に留め、唇を引き締めた。
「よ、吉田さん」
「はい」
顔を上げた前田はがっちがちに緊張している。
「俺と、ずっと一緒にいてください」
ーーそう来たか。
私は噴き出すのを堪えた。
「それ、プロポーズでしょ」
「え、そうかな」
「普通そうよ」
「でもーーどうしてほしいか、って聞かれたから」
うろたえる前田はすっかり素直である。
「ずっと一緒にいてほしいの?」
確認するようにその目を覗き込むと、前田の目が動揺で揺れる。
かと思うと、私から顔を反らして、はー、と脱力した。
肩を落とし、もう精根尽き果てたというように。
「もうやめようよ。罰ゲームみたいだ」
「散々私を怒らせたんだから、この程度の罰ゲーム甘んじて受けなさい」
笑いながら私は言う。
「で?ーーずっと一緒にいてほしいの?」
前田は私を恨めしげな顔で見てから、俯くように頷いた。
色白の肌は、羞恥で首元まで真っ赤に染まっている。
ーーその首元に、唇を寄せたい。
瞬間的にそう思った自分をごまかすように、あえて軽やかに言葉を続けた。
「ずっとかどうか分からないけど、とりあえず、しばらくは一緒にいてあげる」
顔を上げた前田の目は、わずかに潤んで見えた。
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