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第2章 王子様は低空飛行
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曽根の肘に手を添えて、私たちは会場の入り口にある受付の前に立った。
「あれ、曽根? お疲れ……」
「えっ……西野? お前らつき合ってんの?」
スーツ姿で現れた曽根のことも、その連れが私だったことも、みんなには意外すぎて戸惑っている。なんとなく先手を打った気分になって、笑いを堪えた。
「一人五千円だったよな」
曽根が言って、ジャケットの内ポケットから財布を出し、一万円を差し出した。私が慌ててクラッチバッグを持ち上げる。
「え、曽根。私の分ーー」
曽根はちらりと一瞥をくれただけで、「飲み物、カウンターから取っていいの?」と顎で示した。
「あ、うん」
「あれだっけ。俺、何か手伝うんだっけ」
「いや、あの……午前中仕事だったんだろ。とりあえず、いいよ」
「了解。何かあったら言って」
曽根は言って、私を顎で示した。
「こいつの近くにいるから」
乱暴に示されたのに、どきりと高鳴る心臓はときめきのそれだ。
肘に添えた自分の手が、じわりと汗ばんでくる。
不安と、照れ臭さと、幸せと、なんだかいろんなものがごちゃ混ぜになったような感覚に戸惑いながら、曽根が進んでいくままについていく。
目の前に、泡のたつグラスが差し出された。
目を上げると、曽根がカウンターから取ったスパークリングワインを手にして私を見下ろしている。
「好きなだけ飲めよ。酒好きだろ」
「す、好きだけど……」
「今日は楽しい酒盛りにはならない?」
曽根が笑う。私は悔しくなって曽根をにらみ上げる。
曽根の笑顔は、いつものいじわるなものよりも柔らかく見えて、どきりとした。
「……曽根、今日よく笑うね」
「お前が面白いからな」
「何よそれ」
売り言葉に買い言葉。ぽんぽんとテンポよく進む会話は、その実大して意味を持たない。
こんなやりとりを、ずっとずっと続けてきた。
昔も今も。
「……曽根」
私はグラスを両手に持った。曽根もグラスを手にする。
「ありがと」
言うと、曽根はまた笑った。
会場のライトが薄暗くなる。
『はい、みなさーん。お時間ですので、始めたいと思いまーす!』
聞こえた声は、小太鼓を演奏していた先輩のものだ。言い出しっぺはあの人か、と納得する。
高校時代も、賑やかなことが大好きな人だった。
『それではっ、今日の主役の登場でーす!』
いかにもな結婚行進曲が流れて、ドアが開く。ぱっと照らし出されたのはスーツ姿の康広くんと、ワンピース姿の美晴ちゃんだった。拍手が起こる。二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。私は唇を引き結んだ。
私の背中に、大きな手が添えられる。びくっ、と身をすくませて曽根を見上げる。ライトが反射している目の中には、怯えたような表情の私が映っている。私は目を泳がせて、ライトが当たった二人を見る。
曽根は何も言わなかった。私も、何も言わなかった。
康広くんが会場を見渡しながら歩いてくる。ときどき声をかけられかけ返して、端っこにいる私たちに気づき驚いたような顔をした。
心臓がどきどき言っている。私は背を伸ばす。
曽根がさりげなく、私の肩に手を添えた。私が見上げるとごくわずかに笑顔が返って来る。
ほっとして、心を決める。精いっぱいの笑顔を康広くんに向けると、康広くんの目が泳いだ。それに気づいた美晴ちゃんが、私に気づいて手を振る。私も手を振り返した。
大丈夫。大丈夫。
肩に触れた曽根の温もりがありがたい。
二人は会場の一番奥に向かう。司会役の先輩がその横に立った。
『じゃ、まず乾杯を、駆け付けてくれた先生にーーお願いしようと思ったんだけど都合が悪かったんで、俺が言いまーす』
なんだそれ、と周りからヤジが飛ぶ。笑いながらもみんな、飲み物を手にする。
『えーそれでは、小川康広くんと今泉美晴ちゃんのまさかの婚約を祝して、かんぱーい』
乾杯、と唱和する声、カチンとグラスの重なる音。
私も、曽根とグラスを合わせる。曽根がグラスに口をつける。くい、と引きあがった顎から喉のラインに目をやる。
スーツでそういう振る舞いをすると、なんだか非常に色気がある。
拍手が起こる。曽根はグラスの中身を飲み干していた。
私が少しだけしか飲まなかったことに気づいて、曽根が意外そうな顔をする。
「飲まないならもらうぞ」
「あんたは勢いよく飲みすぎでしょ。もっと味わえば」
「暑かったから喉乾いてんだよ」
いつも通りのくだらないテンポが、私の気持ちを落ち着かせる。
ほんと、曽根と一緒に来てよかった。
『じゃあまあ、テキトーに懐かしい写真をスライドにしてきたんで、みんなで見ながら歓談しましょー』
司会役の先輩が言って、下ろされたスクリーンにスライドが投影される。「この辺見やすいから寄って寄ってー」と幹事役の誰かが言って、みんながなんとなく近づいた。
画面が切り替わる度笑いや歓声が挙がる。
トランペットで1年だった美晴ちゃんと、指揮だった康広くんとは、あまり一緒に写っている写真がないのだろう。とにかくみんながいい顔をしている写真を集めたような、賑やかな楽し気なものばかりだった。
「あれ、曽根? お疲れ……」
「えっ……西野? お前らつき合ってんの?」
スーツ姿で現れた曽根のことも、その連れが私だったことも、みんなには意外すぎて戸惑っている。なんとなく先手を打った気分になって、笑いを堪えた。
「一人五千円だったよな」
曽根が言って、ジャケットの内ポケットから財布を出し、一万円を差し出した。私が慌ててクラッチバッグを持ち上げる。
「え、曽根。私の分ーー」
曽根はちらりと一瞥をくれただけで、「飲み物、カウンターから取っていいの?」と顎で示した。
「あ、うん」
「あれだっけ。俺、何か手伝うんだっけ」
「いや、あの……午前中仕事だったんだろ。とりあえず、いいよ」
「了解。何かあったら言って」
曽根は言って、私を顎で示した。
「こいつの近くにいるから」
乱暴に示されたのに、どきりと高鳴る心臓はときめきのそれだ。
肘に添えた自分の手が、じわりと汗ばんでくる。
不安と、照れ臭さと、幸せと、なんだかいろんなものがごちゃ混ぜになったような感覚に戸惑いながら、曽根が進んでいくままについていく。
目の前に、泡のたつグラスが差し出された。
目を上げると、曽根がカウンターから取ったスパークリングワインを手にして私を見下ろしている。
「好きなだけ飲めよ。酒好きだろ」
「す、好きだけど……」
「今日は楽しい酒盛りにはならない?」
曽根が笑う。私は悔しくなって曽根をにらみ上げる。
曽根の笑顔は、いつものいじわるなものよりも柔らかく見えて、どきりとした。
「……曽根、今日よく笑うね」
「お前が面白いからな」
「何よそれ」
売り言葉に買い言葉。ぽんぽんとテンポよく進む会話は、その実大して意味を持たない。
こんなやりとりを、ずっとずっと続けてきた。
昔も今も。
「……曽根」
私はグラスを両手に持った。曽根もグラスを手にする。
「ありがと」
言うと、曽根はまた笑った。
会場のライトが薄暗くなる。
『はい、みなさーん。お時間ですので、始めたいと思いまーす!』
聞こえた声は、小太鼓を演奏していた先輩のものだ。言い出しっぺはあの人か、と納得する。
高校時代も、賑やかなことが大好きな人だった。
『それではっ、今日の主役の登場でーす!』
いかにもな結婚行進曲が流れて、ドアが開く。ぱっと照らし出されたのはスーツ姿の康広くんと、ワンピース姿の美晴ちゃんだった。拍手が起こる。二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。私は唇を引き結んだ。
私の背中に、大きな手が添えられる。びくっ、と身をすくませて曽根を見上げる。ライトが反射している目の中には、怯えたような表情の私が映っている。私は目を泳がせて、ライトが当たった二人を見る。
曽根は何も言わなかった。私も、何も言わなかった。
康広くんが会場を見渡しながら歩いてくる。ときどき声をかけられかけ返して、端っこにいる私たちに気づき驚いたような顔をした。
心臓がどきどき言っている。私は背を伸ばす。
曽根がさりげなく、私の肩に手を添えた。私が見上げるとごくわずかに笑顔が返って来る。
ほっとして、心を決める。精いっぱいの笑顔を康広くんに向けると、康広くんの目が泳いだ。それに気づいた美晴ちゃんが、私に気づいて手を振る。私も手を振り返した。
大丈夫。大丈夫。
肩に触れた曽根の温もりがありがたい。
二人は会場の一番奥に向かう。司会役の先輩がその横に立った。
『じゃ、まず乾杯を、駆け付けてくれた先生にーーお願いしようと思ったんだけど都合が悪かったんで、俺が言いまーす』
なんだそれ、と周りからヤジが飛ぶ。笑いながらもみんな、飲み物を手にする。
『えーそれでは、小川康広くんと今泉美晴ちゃんのまさかの婚約を祝して、かんぱーい』
乾杯、と唱和する声、カチンとグラスの重なる音。
私も、曽根とグラスを合わせる。曽根がグラスに口をつける。くい、と引きあがった顎から喉のラインに目をやる。
スーツでそういう振る舞いをすると、なんだか非常に色気がある。
拍手が起こる。曽根はグラスの中身を飲み干していた。
私が少しだけしか飲まなかったことに気づいて、曽根が意外そうな顔をする。
「飲まないならもらうぞ」
「あんたは勢いよく飲みすぎでしょ。もっと味わえば」
「暑かったから喉乾いてんだよ」
いつも通りのくだらないテンポが、私の気持ちを落ち着かせる。
ほんと、曽根と一緒に来てよかった。
『じゃあまあ、テキトーに懐かしい写真をスライドにしてきたんで、みんなで見ながら歓談しましょー』
司会役の先輩が言って、下ろされたスクリーンにスライドが投影される。「この辺見やすいから寄って寄ってー」と幹事役の誰かが言って、みんながなんとなく近づいた。
画面が切り替わる度笑いや歓声が挙がる。
トランペットで1年だった美晴ちゃんと、指揮だった康広くんとは、あまり一緒に写っている写真がないのだろう。とにかくみんながいい顔をしている写真を集めたような、賑やかな楽し気なものばかりだった。
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