素直になれない眠り姫

松丹子

文字の大きさ
上 下
40 / 49
第2章 王子様は低空飛行

18

しおりを挟む
 曽根の肘に手を添えて、私たちは会場の入り口にある受付の前に立った。

「あれ、曽根? お疲れ……」
「えっ……西野? お前らつき合ってんの?」

 スーツ姿で現れた曽根のことも、その連れが私だったことも、みんなには意外すぎて戸惑っている。なんとなく先手を打った気分になって、笑いを堪えた。

「一人五千円だったよな」

 曽根が言って、ジャケットの内ポケットから財布を出し、一万円を差し出した。私が慌ててクラッチバッグを持ち上げる。

「え、曽根。私の分ーー」

 曽根はちらりと一瞥をくれただけで、「飲み物、カウンターから取っていいの?」と顎で示した。

「あ、うん」
「あれだっけ。俺、何か手伝うんだっけ」
「いや、あの……午前中仕事だったんだろ。とりあえず、いいよ」
「了解。何かあったら言って」

 曽根は言って、私を顎で示した。

「こいつの近くにいるから」

 乱暴に示されたのに、どきりと高鳴る心臓はときめきのそれだ。
 肘に添えた自分の手が、じわりと汗ばんでくる。
 不安と、照れ臭さと、幸せと、なんだかいろんなものがごちゃ混ぜになったような感覚に戸惑いながら、曽根が進んでいくままについていく。
 目の前に、泡のたつグラスが差し出された。
 目を上げると、曽根がカウンターから取ったスパークリングワインを手にして私を見下ろしている。

「好きなだけ飲めよ。酒好きだろ」
「す、好きだけど……」
「今日は楽しい酒盛りにはならない?」

 曽根が笑う。私は悔しくなって曽根をにらみ上げる。
 曽根の笑顔は、いつものいじわるなものよりも柔らかく見えて、どきりとした。

「……曽根、今日よく笑うね」
「お前が面白いからな」
「何よそれ」

 売り言葉に買い言葉。ぽんぽんとテンポよく進む会話は、その実大して意味を持たない。
 こんなやりとりを、ずっとずっと続けてきた。
 昔も今も。

「……曽根」

 私はグラスを両手に持った。曽根もグラスを手にする。

「ありがと」

 言うと、曽根はまた笑った。
 会場のライトが薄暗くなる。

『はい、みなさーん。お時間ですので、始めたいと思いまーす!』

 聞こえた声は、小太鼓を演奏していた先輩のものだ。言い出しっぺはあの人か、と納得する。
 高校時代も、賑やかなことが大好きな人だった。

『それではっ、今日の主役の登場でーす!』

 いかにもな結婚行進曲が流れて、ドアが開く。ぱっと照らし出されたのはスーツ姿の康広くんと、ワンピース姿の美晴ちゃんだった。拍手が起こる。二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。私は唇を引き結んだ。
 私の背中に、大きな手が添えられる。びくっ、と身をすくませて曽根を見上げる。ライトが反射している目の中には、怯えたような表情の私が映っている。私は目を泳がせて、ライトが当たった二人を見る。
 曽根は何も言わなかった。私も、何も言わなかった。
 康広くんが会場を見渡しながら歩いてくる。ときどき声をかけられかけ返して、端っこにいる私たちに気づき驚いたような顔をした。
 心臓がどきどき言っている。私は背を伸ばす。
 曽根がさりげなく、私の肩に手を添えた。私が見上げるとごくわずかに笑顔が返って来る。
 ほっとして、心を決める。精いっぱいの笑顔を康広くんに向けると、康広くんの目が泳いだ。それに気づいた美晴ちゃんが、私に気づいて手を振る。私も手を振り返した。
 大丈夫。大丈夫。
 肩に触れた曽根の温もりがありがたい。

 二人は会場の一番奥に向かう。司会役の先輩がその横に立った。

『じゃ、まず乾杯を、駆け付けてくれた先生にーーお願いしようと思ったんだけど都合が悪かったんで、俺が言いまーす』

 なんだそれ、と周りからヤジが飛ぶ。笑いながらもみんな、飲み物を手にする。

『えーそれでは、小川康広くんと今泉美晴ちゃんのまさかの婚約を祝して、かんぱーい』

 乾杯、と唱和する声、カチンとグラスの重なる音。
 私も、曽根とグラスを合わせる。曽根がグラスに口をつける。くい、と引きあがった顎から喉のラインに目をやる。
 スーツでそういう振る舞いをすると、なんだか非常に色気がある。
 拍手が起こる。曽根はグラスの中身を飲み干していた。
 私が少しだけしか飲まなかったことに気づいて、曽根が意外そうな顔をする。

「飲まないならもらうぞ」
「あんたは勢いよく飲みすぎでしょ。もっと味わえば」
「暑かったから喉乾いてんだよ」

 いつも通りのくだらないテンポが、私の気持ちを落ち着かせる。
 ほんと、曽根と一緒に来てよかった。

『じゃあまあ、テキトーに懐かしい写真をスライドにしてきたんで、みんなで見ながら歓談しましょー』

 司会役の先輩が言って、下ろされたスクリーンにスライドが投影される。「この辺見やすいから寄って寄ってー」と幹事役の誰かが言って、みんながなんとなく近づいた。
 画面が切り替わる度笑いや歓声が挙がる。
 トランペットで1年だった美晴ちゃんと、指揮だった康広くんとは、あまり一緒に写っている写真がないのだろう。とにかくみんながいい顔をしている写真を集めたような、賑やかな楽し気なものばかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ハイスペ男からの猛烈な求愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペ男からの猛烈な求愛

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...