素直になれない眠り姫

松丹子

文字の大きさ
上 下
38 / 49
第2章 王子様は低空飛行

16

しおりを挟む
「あはははは、曽根くん、マジうけるー」
「ウケない。ムカつく。ほんっと、ムカつく」

 花音に髪をセットしてもらいながら唇を尖らせる。命により目を閉じているので、どんな風にセットしてくれているのか分からない。
 8月の今日は「美晴ちゃんと康広くんの婚約を祝う会」という名の「同窓会」だ。会場は地元のホテル。服は適当に選ぶつもりが、花音の圧しに負けてワンピースを新調した。肩がアシンメトリーになった、黒いコクーンスカートのワンピース。靴も黒にしようとしていたけれど、「貸すから!」と花音にベージュのエナメルパンプスを押し付けられた。

「行っちゃえばよかったのに、ホテル。そしたら進展あったかもよ?」
「立ち食い蕎麦屋に入っといて、ホテルなんてありえないでしょ」
「そもそも立ち食い蕎麦屋で進展求めるのがどーなの」
「そ、そりゃそうなんだけど……仕方ないじゃん、会話の流れで」

 私がもごもごと弁解すると、花音はまたくつくつ笑う。

「そういうとこ気にするから、チャンス逃しちゃうんじゃないの」

 何も言い返せずに黙りこむ。
 曽根とはあの夜、蕎麦屋で足を踏みつけて以来口も効いていない。
 私としてはあのとき、その先を期待したのだけれど、全然伝わっていなかったらしい。

 その先。
 ……曽根の気持ちを、聞きたかった。

 はあ、と息を吐きだす。花音が「まあまあ」と笑った。

「今日で本気出すんじゃない、曽根くんも」
「何よ本気って」
「だって、この花音ちゃんが、腕によりをかけて、愛里ちゃんをとっても素敵にしちゃうもーん」

 語尾に音符を感じるほどに明るい声で花音が言った。私は苦笑する。

「お手柔らかに頼みますよ、魔法使いさん」
「張り切っちゃうー」

 花音は笑いながら答えた。
 髪をセットし終わると、花音はメイクを手直しした。本当は自分でメイクしようと思っていたけど、花音がトータルコーディネートしたいと強く言うものだから、お任せすることにした。

「終わったよ」

 目を開けると、いつもよりも薄化粧の自分が鏡に映っていた。
 頬横から顎先まで切りそろえたボブショートは、ヘアアイロンで軽くボリュームと動きを出し、露出の少ない方の耳を出している。
 アイブロウはなだらかなラインで、アイラインは細く控えめに。いつもとの違いはそのラインの引き方とアイシャドウの色味が大きいだろう。モノトーンか寒色を使うことが多いのだけど、花音の施したメイクは肌色に近いココアブラウン。頬には優しいピンク色のチークで、同じ色を目元にも少し添えている。
 いつもパンチ強めのメイクをしている私には、とても……

「……甘くない?」
「甘くない」
「いや、でも私……」
「いーからいーから」

 花音は言って、私の肩にかけていたタオルを払った。

「愛里。あんたがこれから行くのは日常じゃなくて戦場なのよ。戦う相手を間違えちゃいけないわ」

 花音の口調はやたらともったいぶっていた。私は呆れて半眼になる。

「漫画のセリフみたいなこと言われても」

 花音は笑った。

「勝たなきゃいけないのは、愛里自身でしょ」

 そして私の手を引き、立ち上がらせる。

「可愛いよ、愛里。愛里は本当はとっても可愛いんだから。曽根くんだって元カレだって、絶対無視できないはずだよ」

 花音は全身鏡の前に私を立たせた。右肩が出た黒いコクーンスカートとゴールドのロングネックレス。揺れるピアス。放射状に伸びたまつげと、優しく引かれたアイライン。

「……すっぴんみたいで恥ずかしいよ」
「そう思ってるのは愛里だけだよ」

 花音は笑いながら私の背中に手を添えた。

「もう、鎧は要らないでしょ。そのままぶつかっておいで」
「当たって砕けろ、ってやつ……?」
「砕けない、砕けない。だいたい、高校生のときは化粧なんてしてなかったでしょ」
「まあ、そうだけど……」

 不承不承うなずいたら、不意に花音が真剣な表情になった。

「でも……もし砕けたら、骨は拾ってあげるからね」
「……花音、あんたね……」

 私が半ばにらみつけると、花音は「きゃー、こわーい」とふざけて、逃げるようなしぐさをした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ハイスペ男からの猛烈な求愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペ男からの猛烈な求愛

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...