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第1章 眠り姫の今昔
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その夜、美晴ちゃんから連絡があった。
【連絡先、芽衣ちゃんから聞きました! よろしくお願いします!】
可愛いウサギがお辞儀する絵と一緒に送られてきたメッセージに、考えながら返事をする。
【仕事、不定期だからすぐ返事できないと思うけど、よろしくね】
康広くんのことを何か書くべきかとためらったけど、やめた。
ため息をついて、自分のベッドに横たわる。
目を閉じると、曽根の部屋を思い出した。
男子らしい、飾り気のない部屋。
香水の匂い。
私の身体を抱きしめる熱。
筋肉の硬さ。
--愛里。
涙がこみ上げて、目を手で覆う。
幸せを感じれば感じるほど、それを手放す不安と闘わなくてはいけなくなる。
失う怖さを、知ってしまったから。
もう、知る前のように、幸せに甘んじることができない。
はらり、と一粒、涙が頬を伝い落ちた。重力にまかせ、耳の中へ伝っていく。
曽根のことがーー竜次が、好き。
抱かれながら言った言葉は、ただのうわごとでも睦言でもない。本当の気持ちだ。だけど、それを彼に伝えてしまったら、その先がどうなるのか分からない。
涙があふれて止まらない。目をてのひらで乱暴に拭う。明日は仕事だ。泣き腫らした目にメイクするのは憂鬱すぎる。下唇をかみしめたとき、枕元に投げ出したスマホから、メッセージの受信を告げる音がした。
【愛里先輩に、お話したいことがあるんです】
美晴ちゃんだった。
【電話しても大丈夫ですか?】
勘弁してよ。
心の中の本音を、方便につつむ。
【今、連れと一緒だから。また今度でいいかな】
今日1日の心の振れ幅が大きすぎて、とてもじゃないけどついていけない。ドキドキしながら待つと、【分かりました】と返事があった。
【また、ご連絡します!】
今度はクマがにっこり笑っている絵が送られてきた。私はため息をついて、顔を手で覆う。
花音だったら、「八方美人」と笑うことだろう。でも、美晴ちゃんが悪いわけじゃない。康広くんが……ちゃんと、私に別れを告げなかったのが悪いのだ。
私に別れを告げないまま、私から別れを告げさせた。
そして、理由を聞くこともなく受け入れた。
閉じたまぶたの裏に、曽根の部屋が浮かんだ。
すやすや眠っていた曽根は、もう起きただろうか。
起きて、すでにいなくなっている私に気づいて、どう思ったんだろうか。
”愛里”。
まだ耳に残っているあの声は、ひどく勇気をもって口にしていたように感じた。
まるでずっと呼びたかったのを我慢していたような。
……そんなことって、声音ひとつで分かるものなのかな。
自分の妄想じみた感性に苦笑する。
でも、そうだとしたら。
私が曽根の名前を呼んだとき、曽根は気づいたかもしれない。
私がずっと彼の名前を呼びたかったことにもーー
好きだと、心の中で言い続けていたことにも。
私は目を閉じる。
もう、いい。忘れよう。
明日からまた、仕事が始まる。淡々と日々は続いていく。
お金を稼いでさえいれば、誰から後ろ指を刺されることもない。
セックスをしているのが恋人でなくてセフレであろうとも、元カレの幸せを喜んであげられなかろうとも、後ろ指さされる筋合いは、ない。
「愛里ー。お風呂沸いたわよー。入るー?」
部屋の外から声がした。帰宅した私の目が腫れていたことに気づいただろう母が、気を利かせてくれたのだろう。
「うん、入るー」
声を返して、パジャマを手にする。ちらりとスマホを見た。美晴ちゃんからのメッセージを受信するようになったそれが、私の気分を引きずりおろす、まがまがしいものに思えてくる。
私は首を振って、お風呂に入った。
【連絡先、芽衣ちゃんから聞きました! よろしくお願いします!】
可愛いウサギがお辞儀する絵と一緒に送られてきたメッセージに、考えながら返事をする。
【仕事、不定期だからすぐ返事できないと思うけど、よろしくね】
康広くんのことを何か書くべきかとためらったけど、やめた。
ため息をついて、自分のベッドに横たわる。
目を閉じると、曽根の部屋を思い出した。
男子らしい、飾り気のない部屋。
香水の匂い。
私の身体を抱きしめる熱。
筋肉の硬さ。
--愛里。
涙がこみ上げて、目を手で覆う。
幸せを感じれば感じるほど、それを手放す不安と闘わなくてはいけなくなる。
失う怖さを、知ってしまったから。
もう、知る前のように、幸せに甘んじることができない。
はらり、と一粒、涙が頬を伝い落ちた。重力にまかせ、耳の中へ伝っていく。
曽根のことがーー竜次が、好き。
抱かれながら言った言葉は、ただのうわごとでも睦言でもない。本当の気持ちだ。だけど、それを彼に伝えてしまったら、その先がどうなるのか分からない。
涙があふれて止まらない。目をてのひらで乱暴に拭う。明日は仕事だ。泣き腫らした目にメイクするのは憂鬱すぎる。下唇をかみしめたとき、枕元に投げ出したスマホから、メッセージの受信を告げる音がした。
【愛里先輩に、お話したいことがあるんです】
美晴ちゃんだった。
【電話しても大丈夫ですか?】
勘弁してよ。
心の中の本音を、方便につつむ。
【今、連れと一緒だから。また今度でいいかな】
今日1日の心の振れ幅が大きすぎて、とてもじゃないけどついていけない。ドキドキしながら待つと、【分かりました】と返事があった。
【また、ご連絡します!】
今度はクマがにっこり笑っている絵が送られてきた。私はため息をついて、顔を手で覆う。
花音だったら、「八方美人」と笑うことだろう。でも、美晴ちゃんが悪いわけじゃない。康広くんが……ちゃんと、私に別れを告げなかったのが悪いのだ。
私に別れを告げないまま、私から別れを告げさせた。
そして、理由を聞くこともなく受け入れた。
閉じたまぶたの裏に、曽根の部屋が浮かんだ。
すやすや眠っていた曽根は、もう起きただろうか。
起きて、すでにいなくなっている私に気づいて、どう思ったんだろうか。
”愛里”。
まだ耳に残っているあの声は、ひどく勇気をもって口にしていたように感じた。
まるでずっと呼びたかったのを我慢していたような。
……そんなことって、声音ひとつで分かるものなのかな。
自分の妄想じみた感性に苦笑する。
でも、そうだとしたら。
私が曽根の名前を呼んだとき、曽根は気づいたかもしれない。
私がずっと彼の名前を呼びたかったことにもーー
好きだと、心の中で言い続けていたことにも。
私は目を閉じる。
もう、いい。忘れよう。
明日からまた、仕事が始まる。淡々と日々は続いていく。
お金を稼いでさえいれば、誰から後ろ指を刺されることもない。
セックスをしているのが恋人でなくてセフレであろうとも、元カレの幸せを喜んであげられなかろうとも、後ろ指さされる筋合いは、ない。
「愛里ー。お風呂沸いたわよー。入るー?」
部屋の外から声がした。帰宅した私の目が腫れていたことに気づいただろう母が、気を利かせてくれたのだろう。
「うん、入るー」
声を返して、パジャマを手にする。ちらりとスマホを見た。美晴ちゃんからのメッセージを受信するようになったそれが、私の気分を引きずりおろす、まがまがしいものに思えてくる。
私は首を振って、お風呂に入った。
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