素直になれない眠り姫

松丹子

文字の大きさ
上 下
22 / 49
第1章 眠り姫の今昔

21

しおりを挟む
 その夜、美晴ちゃんから連絡があった。

【連絡先、芽衣ちゃんから聞きました! よろしくお願いします!】

 可愛いウサギがお辞儀する絵と一緒に送られてきたメッセージに、考えながら返事をする。

【仕事、不定期だからすぐ返事できないと思うけど、よろしくね】

 康広くんのことを何か書くべきかとためらったけど、やめた。
 ため息をついて、自分のベッドに横たわる。
 目を閉じると、曽根の部屋を思い出した。
 男子らしい、飾り気のない部屋。
 香水の匂い。
 私の身体を抱きしめる熱。
 筋肉の硬さ。

 --愛里。

 涙がこみ上げて、目を手で覆う。
 幸せを感じれば感じるほど、それを手放す不安と闘わなくてはいけなくなる。
 失う怖さを、知ってしまったから。
 もう、知る前のように、幸せに甘んじることができない。

 はらり、と一粒、涙が頬を伝い落ちた。重力にまかせ、耳の中へ伝っていく。

 曽根のことがーー竜次が、好き。

 抱かれながら言った言葉は、ただのうわごとでも睦言でもない。本当の気持ちだ。だけど、それを彼に伝えてしまったら、その先がどうなるのか分からない。
 涙があふれて止まらない。目をてのひらで乱暴に拭う。明日は仕事だ。泣き腫らした目にメイクするのは憂鬱すぎる。下唇をかみしめたとき、枕元に投げ出したスマホから、メッセージの受信を告げる音がした。

【愛里先輩に、お話したいことがあるんです】

 美晴ちゃんだった。

【電話しても大丈夫ですか?】

 勘弁してよ。

 心の中の本音を、方便につつむ。

【今、連れと一緒だから。また今度でいいかな】

 今日1日の心の振れ幅が大きすぎて、とてもじゃないけどついていけない。ドキドキしながら待つと、【分かりました】と返事があった。

【また、ご連絡します!】

 今度はクマがにっこり笑っている絵が送られてきた。私はため息をついて、顔を手で覆う。

 花音だったら、「八方美人」と笑うことだろう。でも、美晴ちゃんが悪いわけじゃない。康広くんが……ちゃんと、私に別れを告げなかったのが悪いのだ。
 私に別れを告げないまま、私から別れを告げさせた。
 そして、理由を聞くこともなく受け入れた。
 閉じたまぶたの裏に、曽根の部屋が浮かんだ。
 すやすや眠っていた曽根は、もう起きただろうか。
 起きて、すでにいなくなっている私に気づいて、どう思ったんだろうか。

 ”愛里”。

 まだ耳に残っているあの声は、ひどく勇気をもって口にしていたように感じた。
 まるでずっと呼びたかったのを我慢していたような。
 ……そんなことって、声音ひとつで分かるものなのかな。
 自分の妄想じみた感性に苦笑する。
 でも、そうだとしたら。
 私が曽根の名前を呼んだとき、曽根は気づいたかもしれない。
 私がずっと彼の名前を呼びたかったことにもーー
 好きだと、心の中で言い続けていたことにも。

 私は目を閉じる。
 もう、いい。忘れよう。
 明日からまた、仕事が始まる。淡々と日々は続いていく。
 お金を稼いでさえいれば、誰から後ろ指を刺されることもない。
 セックスをしているのが恋人でなくてセフレであろうとも、元カレの幸せを喜んであげられなかろうとも、後ろ指さされる筋合いは、ない。

「愛里ー。お風呂沸いたわよー。入るー?」

 部屋の外から声がした。帰宅した私の目が腫れていたことに気づいただろう母が、気を利かせてくれたのだろう。

「うん、入るー」

 声を返して、パジャマを手にする。ちらりとスマホを見た。美晴ちゃんからのメッセージを受信するようになったそれが、私の気分を引きずりおろす、まがまがしいものに思えてくる。
 私は首を振って、お風呂に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...