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第1章 眠り姫の今昔
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花音と2人でアパレル店をぶらりと回って、昼食にしようとレストランに入ったのは午後2時前だった。
「ギリギリランチメニュー行けるかな」
「行けるっしょ」
2時まで、というランチメニューを目にして、花音と一緒に店に入ろうとしたとき、
「えっ、愛里先輩っ!?」
驚いたような声に顔を上げると、そこには高校時代の後輩がいた。
一学年下の今泉美晴ちゃんは、部活で私と同じパートだった。吹奏楽部と言う名のブラスバンド部。当時は地味な印象の子だったけれど、すっかり化粧が上手になっていた。ちょっとぽっちゃりしているけれど、男好きのしそうな体型だ。
そう、曽根も、同じ部活だった。そしてーー
「……久しぶり」
困惑したような、笑顔。
ぐらりと視界が揺らいだような気がした。
え、なんで。つまり。それって。
会計を終えて店から出てきたカップル。
隠しもしないその空気が、ひどく気まずい。
「お、久しぶり、です」
私は微笑み返しながら、表情が引きつっていないことを祈った。
心臓がばくばく鳴っている。本当は今すぐ逃げ出したかった。私の横顔を見て、花音が手を握ってくれる。それに気づいているのかいないのか、美晴ちゃんが手を叩いて喜んだ。
「すごい! こんなとこで会うなんて! 愛里先輩、相変わらずかっこよくって素敵!」
「え、と……ありがとう」
口の中が乾く。
「美晴ちゃんも、可愛くなったね」
言ってから、しまった、と思った。まるで元が可愛くないと言っているみたいだ。取り繕おうと「あの、前から可愛かったけど」と笑う。穏やかな彼の視線が痛い。
何で、そんなに穏やかに微笑んでいられるの。
叫びだしたい衝動をこらえる。
「じゃあ、友達もいるから」
「あっ、すみません。また、お会いしたいです」
「うん……そうだね」
曖昧に微笑みを返す。花音が会釈して、私の手を引っ張ってくれる。どきどき暴れる心臓は、全然落ち着く様子がない。彼と美晴ちゃんが歩いていく背中を、見たくもないのに目で追う。嬉しそうに話す美晴ちゃんの手が揺れて、彼の手が隣で揺れて、数言交わし合う間に、繋がれた。私は生唾を飲み込む。「愛里」と花音が呼ぶ声がする。
なんだか、頭痛がしてきた。警鐘みたいな耳鳴りがしている。花音が気づかわし気に、私を支えた。
「大丈夫?」
「うん……ごめん、大丈夫」
呼吸をする。深呼吸。一回。二回。
「お二人様ですか?」
「はい」
「お煙草は」
「吸いません」
花音が店員さんと会話を交わして、「ではこちらへ」と席に通される。その席は幸い、店の奥にあって、店の外を行き交う人の姿は遠かった。
席について、私は息を吐き出す。
「……あれが?」
「うん」
「そう」
頷いた私に、花音は短く答える。私は変ににじんだ額の汗を、手で押さえる。
暴れくるっていた心臓は、ようやく落ち着いてきた。はぁ、と息を吐き出し、苦笑する。
「馬鹿みたいだよね、もう3年も経つのに。……ごめん」
「関係ないよ、そういうの」
花音は静かに答えた。憤ることも、悲しむことも、むやみに気遣うこともしない。その冷静さが、3年前はありがたかった。
花音がいなかったら、たぶん、前を向くことなんてできなかっただろう。
息を吸って、また吐き出す。さっき見た2人について何か言おうとしたけれど、うまい話ができそうにはなかった。
それを察したらしい花音が、メニューを広げる。
「どうする? それぞれ違うの頼んで一緒に食べようよ。ピザとパスタとかさ、どう? トマト系とクリーム系で頼みたいよね。あっ、300円プラスでデザートだって」
花音はにこにこしながら明るい声音でメニューを示した。あえてそうしてくれているのだ。
私は「うん」と頷いて、メニューを見つめる。ガンガンと頭に響く余韻は消えていなかったけれど、脳裏に鮮明に焼き付いたカップルの睦まじい姿を、必死で思い出すまいとしていた。
「ギリギリランチメニュー行けるかな」
「行けるっしょ」
2時まで、というランチメニューを目にして、花音と一緒に店に入ろうとしたとき、
「えっ、愛里先輩っ!?」
驚いたような声に顔を上げると、そこには高校時代の後輩がいた。
一学年下の今泉美晴ちゃんは、部活で私と同じパートだった。吹奏楽部と言う名のブラスバンド部。当時は地味な印象の子だったけれど、すっかり化粧が上手になっていた。ちょっとぽっちゃりしているけれど、男好きのしそうな体型だ。
そう、曽根も、同じ部活だった。そしてーー
「……久しぶり」
困惑したような、笑顔。
ぐらりと視界が揺らいだような気がした。
え、なんで。つまり。それって。
会計を終えて店から出てきたカップル。
隠しもしないその空気が、ひどく気まずい。
「お、久しぶり、です」
私は微笑み返しながら、表情が引きつっていないことを祈った。
心臓がばくばく鳴っている。本当は今すぐ逃げ出したかった。私の横顔を見て、花音が手を握ってくれる。それに気づいているのかいないのか、美晴ちゃんが手を叩いて喜んだ。
「すごい! こんなとこで会うなんて! 愛里先輩、相変わらずかっこよくって素敵!」
「え、と……ありがとう」
口の中が乾く。
「美晴ちゃんも、可愛くなったね」
言ってから、しまった、と思った。まるで元が可愛くないと言っているみたいだ。取り繕おうと「あの、前から可愛かったけど」と笑う。穏やかな彼の視線が痛い。
何で、そんなに穏やかに微笑んでいられるの。
叫びだしたい衝動をこらえる。
「じゃあ、友達もいるから」
「あっ、すみません。また、お会いしたいです」
「うん……そうだね」
曖昧に微笑みを返す。花音が会釈して、私の手を引っ張ってくれる。どきどき暴れる心臓は、全然落ち着く様子がない。彼と美晴ちゃんが歩いていく背中を、見たくもないのに目で追う。嬉しそうに話す美晴ちゃんの手が揺れて、彼の手が隣で揺れて、数言交わし合う間に、繋がれた。私は生唾を飲み込む。「愛里」と花音が呼ぶ声がする。
なんだか、頭痛がしてきた。警鐘みたいな耳鳴りがしている。花音が気づかわし気に、私を支えた。
「大丈夫?」
「うん……ごめん、大丈夫」
呼吸をする。深呼吸。一回。二回。
「お二人様ですか?」
「はい」
「お煙草は」
「吸いません」
花音が店員さんと会話を交わして、「ではこちらへ」と席に通される。その席は幸い、店の奥にあって、店の外を行き交う人の姿は遠かった。
席について、私は息を吐き出す。
「……あれが?」
「うん」
「そう」
頷いた私に、花音は短く答える。私は変ににじんだ額の汗を、手で押さえる。
暴れくるっていた心臓は、ようやく落ち着いてきた。はぁ、と息を吐き出し、苦笑する。
「馬鹿みたいだよね、もう3年も経つのに。……ごめん」
「関係ないよ、そういうの」
花音は静かに答えた。憤ることも、悲しむことも、むやみに気遣うこともしない。その冷静さが、3年前はありがたかった。
花音がいなかったら、たぶん、前を向くことなんてできなかっただろう。
息を吸って、また吐き出す。さっき見た2人について何か言おうとしたけれど、うまい話ができそうにはなかった。
それを察したらしい花音が、メニューを広げる。
「どうする? それぞれ違うの頼んで一緒に食べようよ。ピザとパスタとかさ、どう? トマト系とクリーム系で頼みたいよね。あっ、300円プラスでデザートだって」
花音はにこにこしながら明るい声音でメニューを示した。あえてそうしてくれているのだ。
私は「うん」と頷いて、メニューを見つめる。ガンガンと頭に響く余韻は消えていなかったけれど、脳裏に鮮明に焼き付いたカップルの睦まじい姿を、必死で思い出すまいとしていた。
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