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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)
01 仲間の船出
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『あ、ヒメ。元気してる?』
ベッドに入り眠ろうとしたとき、電話がかかってきた。聞こえた懐かしい声に気持ちが浮き立つ。
「ソラちゃん。どうしたの?」
ソラちゃんは花山空果ちゃん。大学の同級生だ。
つるんでいた四人の仲間内、一番仲がいい子だったけど、実家がある静岡で仕事をしているのでなかなか会えない。
『実は結婚することになって』
「えっ」
私は思わず身を乗り出す。
「ほんと? おめでとう!」
『ありがとー』
ソラちゃんは笑う。
「え、誰と? 例の人? 通勤電車で仲良くなったとかいう」
『そうそう、びっくりだよね』
「ほんと、びっくり!」
ソラちゃんは、就職し始めて半年後、乗る電車が一緒の男の人に声をかけられて話すようになった。それから半年後、連絡先を交換して、食事に行くようになり、そしてさらに半年後、お付き合いが始まったらしい。
そんな報告を思い出しながら、私はふわぁ、と声を出す。
「そっかぁ。すごいなぁ。素敵だなぁ。私も早く結婚したい」
言いながら、頭の中を阿久津さんの苦笑が過ぎった。
俺はやめとけ。他にいるだろう、お前にお似合いの奴が。
何度も聞いた台詞を思い出し、浮き立つ気持ちがちょっと落ち着いた。沈んだ、という程ではないけれど。
『最近どうなの? ヒメは。いつも彼氏いたじゃない』
「今、いないよぉ。ただいま奮闘中なの」
『奮闘中? ……ヒメからアプローチしてるの?』
「うん」
電話の向こうで、ソラちゃんは驚いたようだった。一瞬の間の後、笑い声が聞こえる。
『ほんとぉ。すごいねそれ。どんな人? どこで会ったの?』
「え……」
どこから説明したものかと迷い、他人が聞いても違和感のない話にできそうにないことに気づき思わず口を閉じた。
『何、私にも言えない話?』
「そういう訳じゃないんだけど……」
駅のコンコース。七夕飾りの下。話しかけてきた巨人に硬直する私。そこに聞こえた何気ない英語。鋭い視線。すらりとした肢体。磨かれた靴。無駄のない所作。
それら全てが、私にとって素敵だった。
笑顔一つ見たことのない人なのに、この人だ、って思えて。
私は膝を抱えて顔を伏せる。じわじわと込み上げて来る想いが思わず口をついて出そうになり、息を止めてゆっくり吐いた。
『ヒメ? どうかした?』
心配したソラちゃんの声が、スマホ越しに聞こえる。ううん、何でもない、と口の中で答える。
好き。好き。阿久津さんが、好き。
少しだけ触れた筋肉質な身体。乱暴な口づけ。呆れたような目、苦笑、やんちゃな笑顔、感情を押さえた大人びた表情。
目を閉じて思い出す彼の一挙一動が、私の胸の中を温める。ちょっと暑いくらいに。うずうずして、破裂しそうなくらいに。
少しだけ重なる自分の足先をぼんやり見つめ、親指と親指をすりあわせてみる。身体の熱を、持て余す。
『あの……もしその、不倫とかなら、やめときなよ』
私の言葉数の少なさに、何か嫌な予感でもしたのだろう。ソラちゃんに言われて、私は笑った。
「違うよぅ。フリーの人だよ。ちょっと年上だけど」
『あ、そ、そうなの。ならいいけど……年上って、何歳?』
私は首を捻った。
「四十くらいかなぁ」
そういえば、細かくは確認してない。
ソラちゃんは電話の向こうで、えっ、と言った。
「どうしたの?」
『え、いや、うん……四十っていうと、ええと?』
「何?」
『十五歳差とか? ……ああ、そう』
ソラちゃんは勝手に計算して、勝手に納得した。
私は笑おうとして、やめる。
阿久津さんが言ってたのって、こういうことなのかな。
「私のことはいいから。ソラちゃん、結婚式は?」
『あ、ああ。そうそう、それで電話したの。ごめんごめん』
結婚式は十一月、案内を出したいから住所を教えて欲しいと言われ、メッセージで送ると答えて、電話を切った。
ふぅ、と息を吐き出して、スマホに住所を入力して送る。
ありがとう、とすぐ返事が来た。
【さっき言い忘れたんだけど、津田ちゃんも来てくれる予定だから、よろしくね】
私はそのメッセージの意味を、ぼんやり考える。
仲良しだったのは私とソラちゃんの他、男子二人。津田ちゃんと新木くんだ。
新木くんは年上の彼女がいて、津田ちゃんは奥手で、しょっちゅう新木くんに馬鹿にされていた。
そういえば一度、「つき合ってみる?」って、言われたことがある。
私は笑って、ううん、やめとく、って答えた。
冗談だと思ったからそう言ったけど、津田ちゃんはすごく傷ついた目をしていて、私は動揺して、それ以降二人きりにならないようにした。
本気、だったのかなぁ。
私はスマホをベッド脇において、膝を抱える。
津田ちゃんには、大学卒業後会ってない。卒業から三年。三年もあったら、きっともう過去になっていることだろう。
三年もあったら。
普通なら。
ずるずるとベッドに横たわった。
目を閉じて思い浮かぶのは、阿久津さんの伏せられた目。
好きだなぁ。
私は自分の両手を閉じた目に重ねた。
阿久津さんのこと、好きだなぁ。
ベッドに入り眠ろうとしたとき、電話がかかってきた。聞こえた懐かしい声に気持ちが浮き立つ。
「ソラちゃん。どうしたの?」
ソラちゃんは花山空果ちゃん。大学の同級生だ。
つるんでいた四人の仲間内、一番仲がいい子だったけど、実家がある静岡で仕事をしているのでなかなか会えない。
『実は結婚することになって』
「えっ」
私は思わず身を乗り出す。
「ほんと? おめでとう!」
『ありがとー』
ソラちゃんは笑う。
「え、誰と? 例の人? 通勤電車で仲良くなったとかいう」
『そうそう、びっくりだよね』
「ほんと、びっくり!」
ソラちゃんは、就職し始めて半年後、乗る電車が一緒の男の人に声をかけられて話すようになった。それから半年後、連絡先を交換して、食事に行くようになり、そしてさらに半年後、お付き合いが始まったらしい。
そんな報告を思い出しながら、私はふわぁ、と声を出す。
「そっかぁ。すごいなぁ。素敵だなぁ。私も早く結婚したい」
言いながら、頭の中を阿久津さんの苦笑が過ぎった。
俺はやめとけ。他にいるだろう、お前にお似合いの奴が。
何度も聞いた台詞を思い出し、浮き立つ気持ちがちょっと落ち着いた。沈んだ、という程ではないけれど。
『最近どうなの? ヒメは。いつも彼氏いたじゃない』
「今、いないよぉ。ただいま奮闘中なの」
『奮闘中? ……ヒメからアプローチしてるの?』
「うん」
電話の向こうで、ソラちゃんは驚いたようだった。一瞬の間の後、笑い声が聞こえる。
『ほんとぉ。すごいねそれ。どんな人? どこで会ったの?』
「え……」
どこから説明したものかと迷い、他人が聞いても違和感のない話にできそうにないことに気づき思わず口を閉じた。
『何、私にも言えない話?』
「そういう訳じゃないんだけど……」
駅のコンコース。七夕飾りの下。話しかけてきた巨人に硬直する私。そこに聞こえた何気ない英語。鋭い視線。すらりとした肢体。磨かれた靴。無駄のない所作。
それら全てが、私にとって素敵だった。
笑顔一つ見たことのない人なのに、この人だ、って思えて。
私は膝を抱えて顔を伏せる。じわじわと込み上げて来る想いが思わず口をついて出そうになり、息を止めてゆっくり吐いた。
『ヒメ? どうかした?』
心配したソラちゃんの声が、スマホ越しに聞こえる。ううん、何でもない、と口の中で答える。
好き。好き。阿久津さんが、好き。
少しだけ触れた筋肉質な身体。乱暴な口づけ。呆れたような目、苦笑、やんちゃな笑顔、感情を押さえた大人びた表情。
目を閉じて思い出す彼の一挙一動が、私の胸の中を温める。ちょっと暑いくらいに。うずうずして、破裂しそうなくらいに。
少しだけ重なる自分の足先をぼんやり見つめ、親指と親指をすりあわせてみる。身体の熱を、持て余す。
『あの……もしその、不倫とかなら、やめときなよ』
私の言葉数の少なさに、何か嫌な予感でもしたのだろう。ソラちゃんに言われて、私は笑った。
「違うよぅ。フリーの人だよ。ちょっと年上だけど」
『あ、そ、そうなの。ならいいけど……年上って、何歳?』
私は首を捻った。
「四十くらいかなぁ」
そういえば、細かくは確認してない。
ソラちゃんは電話の向こうで、えっ、と言った。
「どうしたの?」
『え、いや、うん……四十っていうと、ええと?』
「何?」
『十五歳差とか? ……ああ、そう』
ソラちゃんは勝手に計算して、勝手に納得した。
私は笑おうとして、やめる。
阿久津さんが言ってたのって、こういうことなのかな。
「私のことはいいから。ソラちゃん、結婚式は?」
『あ、ああ。そうそう、それで電話したの。ごめんごめん』
結婚式は十一月、案内を出したいから住所を教えて欲しいと言われ、メッセージで送ると答えて、電話を切った。
ふぅ、と息を吐き出して、スマホに住所を入力して送る。
ありがとう、とすぐ返事が来た。
【さっき言い忘れたんだけど、津田ちゃんも来てくれる予定だから、よろしくね】
私はそのメッセージの意味を、ぼんやり考える。
仲良しだったのは私とソラちゃんの他、男子二人。津田ちゃんと新木くんだ。
新木くんは年上の彼女がいて、津田ちゃんは奥手で、しょっちゅう新木くんに馬鹿にされていた。
そういえば一度、「つき合ってみる?」って、言われたことがある。
私は笑って、ううん、やめとく、って答えた。
冗談だと思ったからそう言ったけど、津田ちゃんはすごく傷ついた目をしていて、私は動揺して、それ以降二人きりにならないようにした。
本気、だったのかなぁ。
私はスマホをベッド脇において、膝を抱える。
津田ちゃんには、大学卒業後会ってない。卒業から三年。三年もあったら、きっともう過去になっていることだろう。
三年もあったら。
普通なら。
ずるずるとベッドに横たわった。
目を閉じて思い浮かぶのは、阿久津さんの伏せられた目。
好きだなぁ。
私は自分の両手を閉じた目に重ねた。
阿久津さんのこと、好きだなぁ。
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