上 下
41 / 114
第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)

01 仲間の船出

しおりを挟む
『あ、ヒメ。元気してる?』
 ベッドに入り眠ろうとしたとき、電話がかかってきた。聞こえた懐かしい声に気持ちが浮き立つ。
「ソラちゃん。どうしたの?」
 ソラちゃんは花山空果ちゃん。大学の同級生だ。
 つるんでいた四人の仲間内、一番仲がいい子だったけど、実家がある静岡で仕事をしているのでなかなか会えない。
『実は結婚することになって』
「えっ」
 私は思わず身を乗り出す。
「ほんと? おめでとう!」
『ありがとー』
 ソラちゃんは笑う。
「え、誰と? 例の人? 通勤電車で仲良くなったとかいう」
『そうそう、びっくりだよね』
「ほんと、びっくり!」
 ソラちゃんは、就職し始めて半年後、乗る電車が一緒の男の人に声をかけられて話すようになった。それから半年後、連絡先を交換して、食事に行くようになり、そしてさらに半年後、お付き合いが始まったらしい。
 そんな報告を思い出しながら、私はふわぁ、と声を出す。
「そっかぁ。すごいなぁ。素敵だなぁ。私も早く結婚したい」
 言いながら、頭の中を阿久津さんの苦笑が過ぎった。
 俺はやめとけ。他にいるだろう、お前にお似合いの奴が。
 何度も聞いた台詞を思い出し、浮き立つ気持ちがちょっと落ち着いた。沈んだ、という程ではないけれど。
『最近どうなの? ヒメは。いつも彼氏いたじゃない』
「今、いないよぉ。ただいま奮闘中なの」
『奮闘中? ……ヒメからアプローチしてるの?』
「うん」
 電話の向こうで、ソラちゃんは驚いたようだった。一瞬の間の後、笑い声が聞こえる。
『ほんとぉ。すごいねそれ。どんな人? どこで会ったの?』
「え……」
 どこから説明したものかと迷い、他人が聞いても違和感のない話にできそうにないことに気づき思わず口を閉じた。
『何、私にも言えない話?』
「そういう訳じゃないんだけど……」
 駅のコンコース。七夕飾りの下。話しかけてきた巨人に硬直する私。そこに聞こえた何気ない英語。鋭い視線。すらりとした肢体。磨かれた靴。無駄のない所作。
 それら全てが、私にとって素敵だった。
 笑顔一つ見たことのない人なのに、この人だ、って思えて。
 私は膝を抱えて顔を伏せる。じわじわと込み上げて来る想いが思わず口をついて出そうになり、息を止めてゆっくり吐いた。
『ヒメ? どうかした?』
 心配したソラちゃんの声が、スマホ越しに聞こえる。ううん、何でもない、と口の中で答える。
 好き。好き。阿久津さんが、好き。
 少しだけ触れた筋肉質な身体。乱暴な口づけ。呆れたような目、苦笑、やんちゃな笑顔、感情を押さえた大人びた表情。
 目を閉じて思い出す彼の一挙一動が、私の胸の中を温める。ちょっと暑いくらいに。うずうずして、破裂しそうなくらいに。
 少しだけ重なる自分の足先をぼんやり見つめ、親指と親指をすりあわせてみる。身体の熱を、持て余す。
『あの……もしその、不倫とかなら、やめときなよ』
 私の言葉数の少なさに、何か嫌な予感でもしたのだろう。ソラちゃんに言われて、私は笑った。
「違うよぅ。フリーの人だよ。ちょっと年上だけど」
『あ、そ、そうなの。ならいいけど……年上って、何歳?』
 私は首を捻った。
「四十くらいかなぁ」
 そういえば、細かくは確認してない。
 ソラちゃんは電話の向こうで、えっ、と言った。
「どうしたの?」
『え、いや、うん……四十っていうと、ええと?』
「何?」
『十五歳差とか? ……ああ、そう』
 ソラちゃんは勝手に計算して、勝手に納得した。
 私は笑おうとして、やめる。
 阿久津さんが言ってたのって、こういうことなのかな。
「私のことはいいから。ソラちゃん、結婚式は?」
『あ、ああ。そうそう、それで電話したの。ごめんごめん』
 結婚式は十一月、案内を出したいから住所を教えて欲しいと言われ、メッセージで送ると答えて、電話を切った。
 ふぅ、と息を吐き出して、スマホに住所を入力して送る。
 ありがとう、とすぐ返事が来た。
【さっき言い忘れたんだけど、津田ちゃんも来てくれる予定だから、よろしくね】
 私はそのメッセージの意味を、ぼんやり考える。
 仲良しだったのは私とソラちゃんの他、男子二人。津田ちゃんと新木くんだ。
 新木くんは年上の彼女がいて、津田ちゃんは奥手で、しょっちゅう新木くんに馬鹿にされていた。
 そういえば一度、「つき合ってみる?」って、言われたことがある。
 私は笑って、ううん、やめとく、って答えた。
 冗談だと思ったからそう言ったけど、津田ちゃんはすごく傷ついた目をしていて、私は動揺して、それ以降二人きりにならないようにした。
 本気、だったのかなぁ。
 私はスマホをベッド脇において、膝を抱える。
 津田ちゃんには、大学卒業後会ってない。卒業から三年。三年もあったら、きっともう過去になっていることだろう。
 三年もあったら。
 普通なら。
 ずるずるとベッドに横たわった。
 目を閉じて思い浮かぶのは、阿久津さんの伏せられた目。
 好きだなぁ。
 私は自分の両手を閉じた目に重ねた。
 阿久津さんのこと、好きだなぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...