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第四章 曇天をさらう暴風雨 (ヒメ/阿久津交互)
09 嘘のつけない男
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「他何か頼むか?」
しばらく無言で食事を続けていた阿久津さんに聞かれて、私は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です」
いつもより食べていないけど、お腹が空いている感覚がない。飲み慣れないビールで膨れたのかもしれないし、緊張しているせいかもしれない。
「おかみさん、おあいそ」
「はぁい」
阿久津さんはポケットから財布を出して、カウンターからお代を支払う。
私はどうしていればいいか分からず、空いた器を見ていた。
「出るぞ」
「あ、は、はい」
短い声に顔を上げて、鞄を手に立ち上がる。鞄の紐が机に引っ掛かって、それに引っ張られてバランスを崩した私の肘を、阿久津さんが掴んで支えた。
「す、すみません」
俯いたまま、私は真っ赤になる。
なんだかいっつもこんな風だ。おっちょこちょいの私に、阿久津さんは呆れていることだろう。
「慌てなくていいから」
阿久津さんからは、その言葉の前に小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
やっぱり呆れてるんだろう。一人前みたいなこと言っておいて、このちんちくりんが、って思ってるんだろう。
ちょっと泣きそうになって、俯いたまま鞄を肩にかける。阿久津さんが行くぞと言った。顔を見られず頷いて、その背中を追いかける。
「お、そこの兄ちゃん、これから彼女とお楽しみか?」
カウンター席の常連らしいおじさんが、私たちを見て声をかけてきた。
阿久津さんは一瞥をくれただけで、出入口へと歩いていく。
「なぁんだ、ねぇちゃん。子どもかと思ったら、身体つきは立派なもんじゃない。いいねぇ、お兄ちゃん。いろいろ楽しめるだろ」
そのとき、今度は間違いなく、舌打ちが聞こえた。
「おかみさん、この人常連さん?」
「え? ええと……毎週来てくれてるけど」
「あ、そう。ありがと」
阿久津さんは外へ続く戸を開けた。
「今度はヤローだけで来るわ。ごちそうさん」
私も慌ててその背を追う。私が出た後、戸が閉まった。
「あ、あの、あり……」
「馬鹿言うな」
阿久津さんはほとんど吐き捨てるように、私に言った。
「助けた訳でも何でもないだろう。お前勘違いしすぎ。面倒くさい。いちいち、いらいらすんだよ。俺に憧れてるだって? 一体俺の何を知ってるっての。俺は困ってる人を進んで助けるようなお人よしでもなければ、女を庇って身を投げ打つようなヒーローでもないぜ。二股三股かけたこともあるし、一晩だけの関係で処女奪ったこともある。俺はお前が思うような立派な男じゃないし、お前がそこまでして手に入れようとする価値のある男じゃねぇの。分かった? 分かったらお子ちゃまはとっとと家帰って寝てろ。夜遊びがしたいならつき合ってやるよ。抱かれたいなら抱いてやる、だからもうつき纏うな」
阿久津さんは一気に言って、私の目を睨みつけるように見据えた。その鋭さに、私の身体は射抜かれて、悪寒とも興奮ともつかない痺れがゾクゾクと走る。
阿久津さんは息を吸い、目をそらして吐き捨てた。
「つき纏われるのは、迷惑だ」
言わせてしまった、と思った。目をそらした阿久津さんは、その言葉を口にしながら、傷ついたように見えたから。
傷つけてしまったと思う半面、傷ついてくれてまで私を遠ざけようとしてくれるのだと、切ないような温かいような気持ちにもなる。
「抱いてくれるんですか?」
返した言葉は、阿久津さんにとって予想外だったらしい。
目を見開いて眉を寄せ、また私を睨みつけてくる。
ねえ、阿久津さん。その目、私全然怖くないの。
むしろその視線の雄々しさが、私の中の雌を呼ぶ。
私はこみ上げる笑みを留めきれずに微笑を浮かべた。
「抱いてくれるんですか?」
再度の問いに、阿久津さんはまたいらだたしげに息を吐き出した。腹の底から吐き切るような嘆息の後で、また私を睨みつけてくる。
「お前、絶対馬鹿だろ」
「馬鹿でいいです」
にこりと笑って、私は首を傾げた。
「……で、抱いてくれるんですか?」
阿久津さんはまた深いため息をついて、きびすを返した。
「ついて来い」
私は従いながら、シャツに覆われたその背中を眺める。その背中に直接触れる。
その硬さを想像して、胸が高鳴った。
しばらく無言で食事を続けていた阿久津さんに聞かれて、私は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です」
いつもより食べていないけど、お腹が空いている感覚がない。飲み慣れないビールで膨れたのかもしれないし、緊張しているせいかもしれない。
「おかみさん、おあいそ」
「はぁい」
阿久津さんはポケットから財布を出して、カウンターからお代を支払う。
私はどうしていればいいか分からず、空いた器を見ていた。
「出るぞ」
「あ、は、はい」
短い声に顔を上げて、鞄を手に立ち上がる。鞄の紐が机に引っ掛かって、それに引っ張られてバランスを崩した私の肘を、阿久津さんが掴んで支えた。
「す、すみません」
俯いたまま、私は真っ赤になる。
なんだかいっつもこんな風だ。おっちょこちょいの私に、阿久津さんは呆れていることだろう。
「慌てなくていいから」
阿久津さんからは、その言葉の前に小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
やっぱり呆れてるんだろう。一人前みたいなこと言っておいて、このちんちくりんが、って思ってるんだろう。
ちょっと泣きそうになって、俯いたまま鞄を肩にかける。阿久津さんが行くぞと言った。顔を見られず頷いて、その背中を追いかける。
「お、そこの兄ちゃん、これから彼女とお楽しみか?」
カウンター席の常連らしいおじさんが、私たちを見て声をかけてきた。
阿久津さんは一瞥をくれただけで、出入口へと歩いていく。
「なぁんだ、ねぇちゃん。子どもかと思ったら、身体つきは立派なもんじゃない。いいねぇ、お兄ちゃん。いろいろ楽しめるだろ」
そのとき、今度は間違いなく、舌打ちが聞こえた。
「おかみさん、この人常連さん?」
「え? ええと……毎週来てくれてるけど」
「あ、そう。ありがと」
阿久津さんは外へ続く戸を開けた。
「今度はヤローだけで来るわ。ごちそうさん」
私も慌ててその背を追う。私が出た後、戸が閉まった。
「あ、あの、あり……」
「馬鹿言うな」
阿久津さんはほとんど吐き捨てるように、私に言った。
「助けた訳でも何でもないだろう。お前勘違いしすぎ。面倒くさい。いちいち、いらいらすんだよ。俺に憧れてるだって? 一体俺の何を知ってるっての。俺は困ってる人を進んで助けるようなお人よしでもなければ、女を庇って身を投げ打つようなヒーローでもないぜ。二股三股かけたこともあるし、一晩だけの関係で処女奪ったこともある。俺はお前が思うような立派な男じゃないし、お前がそこまでして手に入れようとする価値のある男じゃねぇの。分かった? 分かったらお子ちゃまはとっとと家帰って寝てろ。夜遊びがしたいならつき合ってやるよ。抱かれたいなら抱いてやる、だからもうつき纏うな」
阿久津さんは一気に言って、私の目を睨みつけるように見据えた。その鋭さに、私の身体は射抜かれて、悪寒とも興奮ともつかない痺れがゾクゾクと走る。
阿久津さんは息を吸い、目をそらして吐き捨てた。
「つき纏われるのは、迷惑だ」
言わせてしまった、と思った。目をそらした阿久津さんは、その言葉を口にしながら、傷ついたように見えたから。
傷つけてしまったと思う半面、傷ついてくれてまで私を遠ざけようとしてくれるのだと、切ないような温かいような気持ちにもなる。
「抱いてくれるんですか?」
返した言葉は、阿久津さんにとって予想外だったらしい。
目を見開いて眉を寄せ、また私を睨みつけてくる。
ねえ、阿久津さん。その目、私全然怖くないの。
むしろその視線の雄々しさが、私の中の雌を呼ぶ。
私はこみ上げる笑みを留めきれずに微笑を浮かべた。
「抱いてくれるんですか?」
再度の問いに、阿久津さんはまたいらだたしげに息を吐き出した。腹の底から吐き切るような嘆息の後で、また私を睨みつけてくる。
「お前、絶対馬鹿だろ」
「馬鹿でいいです」
にこりと笑って、私は首を傾げた。
「……で、抱いてくれるんですか?」
阿久津さんはまた深いため息をついて、きびすを返した。
「ついて来い」
私は従いながら、シャツに覆われたその背中を眺める。その背中に直接触れる。
その硬さを想像して、胸が高鳴った。
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