上 下
20 / 114
第四章 曇天をさらう暴風雨 (ヒメ/阿久津交互)

01 猛獣使い

しおりを挟む
 私はそれからというもの、また毎朝改札前に立つようになった。
 出勤するまでの30分、毎日毎日立ちつづけて、結果、阿久津さんだけでなく、マサトさんやアヤノさんにも挨拶するようになった。
 そうする内にその知り合いらしい人とも挨拶するようになって、そんでもって時には知り合いでも何でもなさそうな人にも挨拶されるようになって、何だか私改札前のアイドルと化しつつある感じ? 正直ちょっと気分がいい。
 とはいえそれが目的ではない。アヤノさんからは阿久津さんの連絡先を教えると言われたけど、それでは意味がないのだ。
 変なところで根性あるよねと、友達にもよく言われる私。
 阿久津さんのアヤノさんへの想いがどうあれ、本人から直接連絡先を教えてもらえるようがんばらなきゃと思っている。
 偉いぞヒメ! がんばれヒメ! 心のチアリーダーがボンボンを振る。
「阿久津さんっ、おはようございまーす!」
 あえて離れた改札を使う阿久津さんに大声で挨拶していたら、諦めたのか近くに来てくれるようになった。
 それが最初の一週間目の成果。
 翌週には、嘆息して呆れ顔を返すようになった。こっちを見てくれるだけありがたいと甘んじていると、その翌週には、小さく挨拶を返してくれるようになる。
 この頃には、ほとんど野生動物を懐かせるような感じで、結構楽しくなって来ている。
 今日はどうかなぁなんてウキウキしながら待っていると、声をかけられて振り向いた。
 私とさして歳が変わらない感じの好青年が、照れ臭そうに立っている。
「いつもここに立ってるよね。誰かと待ち合わせてるの?」
「待ち合わせてる訳じゃないけど……」
 私は困った顔で、その人と改札の人混みを交互に見ている。
 阿久津さんが向こうから私に話しかけてくれることはない。こちらが見逃したら最後なのだ。
 毎朝交わす阿久津さんとの一言が、私の一日のエネルギー。ここでチャンスを逃しては痛い。
「待ち合わせてるんじゃないなら、この近くに通勤してるの?」
「ええと……」
 困惑しながら目をさ迷わせていると、
「ヒーメちゃん」
 現れたのは長身短髪に丸い目の童顔な男性だった。
 にこり、と人好きのする笑顔で私を見てくる。
 このお兄さんは、マサトさんたちと挨拶するようになってから挨拶してくれるようになった人の一人だ。
 童顔なところにちょっとシンパシー。
 いつもはすごく大人っぽくて色っぽい女の人と一緒に歩いている。妻や彼女というには少し年上な感じなのだけど、姉というには親密過ぎる距離感に、どんな関係なのかなぁと気になっていた人でもある。
「お、おはようございます」
 私は戸惑いながら答えた。
「でも、どうして私の名前……」
「マーシーに聞いたよ」
 言いながら、その人は私の横に立つ。見上げるとにこりと笑顔が返ってきた。
「今ハニーがお手洗い行ってるから」
 あ、やっぱり、彼女なんだ。その人の左手に指輪がないことを見て取る。
 マーシーって、誰だろう。マサトさんのことかな。それにしてもこの人はどういうつもりなんだろう。
 考えていると、最初に声をかけてきた男性は戸惑った顔で、じゃあまた、と去って行った。私は一応、会釈を返す。
「なんや。いつものとこにおらんから探したで」
「あ、ヨーコさん」
 あれ。長身短髪のお兄さんにありもしないしっぽが見えた。犬系だなこの人。
 そう思えば阿久津さんはどっちかというと猫系な気がする。
 猫って言っても、ライオンとか虎とかそんな感じ。
 思っている間に、じゃあねと手を振り去っていくお兄さん。え? 結局何だったの? よくわからない。
 と思っていたら、あ、と言って振り返った。
「今日、アーク出張だから、待ってても来ないよ」
 アークって、阿久津さんのこと?
 キョトンとしている私を見て、ヨーコさんと呼ばれた女性がくすりと笑った。
 うわぁ。口元に手を当てる様子もすごく色っぽい。
 同性なのにドキドキしていると、ヨーコさんは私ににこりと微笑んで去って行った。
 その日は確かに、阿久津さんは現れなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

嘘つきは眼鏡のはじまり

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私、花崎ミサは会社では根暗で通ってる。 引っ込み思案で人見知り。 そんな私が自由になれるのは、SNSの中で〝木の花〟を演じているときだけ。 そんな私が最近、気になっているのはSNSで知り合った柊さん。 知的で落ち着いた雰囲気で。 読んでいる本の趣味もあう。 だから、思い切って文フリにお誘いしたのだけど。 当日、待ち合わせ場所にいたのは苦手な同僚にそっくりな人で……。 花崎ミサ 女子会社員 引っ込み思案で人見知り。 自分の演じる、木の花のような女性になりたいと憧れている。 × 星名聖夜 会社員 みんなの人気者 いつもキラキラ星が飛んでいる ミサから見れば〝浮ついたチャラい男〟 × 星名柊人 聖夜の双子の兄 会社員 聖夜とは正反対で、落ち着いた知的な雰囲気 双子でも、こんなに違うものなんですね……。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...