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第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
08 男女の関係
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同期だけのはずの卓に後輩の顔を見つけ、俺は首を傾げた。
「神崎さんの女除けですよ」
後輩のアキーー江原あきらは、言って唇を尖らせる。短く切り揃えた髪が頬横に揺れた。
アキとは、もう八年のつき合いになる。九州転勤になった俺が行った先に居たのが、まだ就職して一年目だか二年目だかの彼女だったのだ。
その後、先にアキが本社に転勤。ついで俺も転勤になり、頻繁に飲みに行っていたが、最近それもご無沙汰だ。
彼女の隣には、花見で出会ったという青年、大澤咲也がいた。
なるほどな、こいつがつき合ってくれるようになったってことか。
納得しつつ、苦笑する。きっと別のテーブルで飲んでいたところを、同席させられたのだろう。
既婚者ばかりの飲み会は、あまり遅くならないうちにお開きになった。遅れたために一時間そこそこしかいられなかった俺にとっては飲み足りない。
ならば付き合えとアキと大澤青年を次の店へ誘ったが、アキは心底面倒臭そうに唇を尖らせた。
「女の子誘ったらどうですか」
「特定の相手は面倒だからいない」
「うわまたそれ。さっき言われてたじゃないですか。そのうち、コンドームに細工されてデキ婚とか、病気伝染されるとかしますよ」
同期間でも、俺の女遊びはそこそこ有名だ。先ほどの席でおちょくられているのを見ていたので、アキはそう言って渋面を作った。
「それは注意しているから大丈夫」
淡々と答えると、アキは深々と嘆息する。その隣で、大澤青年が苦笑していた。
バーに行くと、それぞれ好きに一杯頼んだ。アキは黒糖焼酎、大澤青年はカシスオレンジ。
俺はウィスキーのロックを傾け、ナッツを口に運ぶ。
「阿久津さんは、結婚願望ないんですか?」
不意にアキが口にして、俺は首を傾げた。
「あるかどうかっつーより……まあ、普通するもんだ、とは思ってたかな」
「ああ、まあ、よくあるパターン」
アキは笑った。その隣に座る大澤青年は、穏やかに微笑んだままだ。あまり口数の多い方ではないらしい、とは前会ったときに分かっている。
先ほどの席に合流するなり、アキがいきなり「彼氏だ」と宣言したことを思い出す。
しかし、以前同席した感じだと、彼はむしろマーシーに興味がありそうだった。ゲイだかバイだか知らないが、そういった人間は世間が思っているほど少なくないと知っている。
というわけで、アキの言いぶりはあまり信じていない。
だが、バランスが悪くないのは確かだった。
「でも、実際一人で来てみると、別にこのままってのも悪くないか、とも思う」
俺が続けると、アキはふぅんと言った。
自分から聞いておいて、ひどく無関心そうな相槌。こいつと話しているとよくあることだ。このいい加減な態度だからこそ、つかず離れず八年飲み友達でいられるのだろう。
「阿久津さんて、意外といいパパになりそうですけどね」
後輩の思わぬ賛辞にーー賛辞、でいいはずだーー俺は口に含んだウィスキーをミスト状に噴き出しかけた。
むせる俺を、アキが据わった目で見てくる。別に睨みつけているわけでなく、だいぶ酒が回っているのだろう。しかし酒豪の彼女だ、この様子だと記憶が飛ぶ程ではないだろう。
一度、記憶を飛ばしたところを見たことがある。マーシーの家を二人で訪問したときだ。散々俺に絡んできて、プロレス技を片端からかけようとするので、俺とマーシー二人掛かりで押さえ付けた。この細い身体にどんなエネルギーが溜まっているんだと、マーシーと二人呆れ返ったことを思い出す。
こんな奴と一緒にいられる男がいるとは思えなかったのだが。
「ね、咲也」
アキは隣に座る青年に首を傾げた。青年はふわりと微笑んで、静かに相槌を打つ。
うんーーバランスは悪くねぇな。
何となく悔しくなって、俺はまたウィスキーを傾けた。
「神崎さんの女除けですよ」
後輩のアキーー江原あきらは、言って唇を尖らせる。短く切り揃えた髪が頬横に揺れた。
アキとは、もう八年のつき合いになる。九州転勤になった俺が行った先に居たのが、まだ就職して一年目だか二年目だかの彼女だったのだ。
その後、先にアキが本社に転勤。ついで俺も転勤になり、頻繁に飲みに行っていたが、最近それもご無沙汰だ。
彼女の隣には、花見で出会ったという青年、大澤咲也がいた。
なるほどな、こいつがつき合ってくれるようになったってことか。
納得しつつ、苦笑する。きっと別のテーブルで飲んでいたところを、同席させられたのだろう。
既婚者ばかりの飲み会は、あまり遅くならないうちにお開きになった。遅れたために一時間そこそこしかいられなかった俺にとっては飲み足りない。
ならば付き合えとアキと大澤青年を次の店へ誘ったが、アキは心底面倒臭そうに唇を尖らせた。
「女の子誘ったらどうですか」
「特定の相手は面倒だからいない」
「うわまたそれ。さっき言われてたじゃないですか。そのうち、コンドームに細工されてデキ婚とか、病気伝染されるとかしますよ」
同期間でも、俺の女遊びはそこそこ有名だ。先ほどの席でおちょくられているのを見ていたので、アキはそう言って渋面を作った。
「それは注意しているから大丈夫」
淡々と答えると、アキは深々と嘆息する。その隣で、大澤青年が苦笑していた。
バーに行くと、それぞれ好きに一杯頼んだ。アキは黒糖焼酎、大澤青年はカシスオレンジ。
俺はウィスキーのロックを傾け、ナッツを口に運ぶ。
「阿久津さんは、結婚願望ないんですか?」
不意にアキが口にして、俺は首を傾げた。
「あるかどうかっつーより……まあ、普通するもんだ、とは思ってたかな」
「ああ、まあ、よくあるパターン」
アキは笑った。その隣に座る大澤青年は、穏やかに微笑んだままだ。あまり口数の多い方ではないらしい、とは前会ったときに分かっている。
先ほどの席に合流するなり、アキがいきなり「彼氏だ」と宣言したことを思い出す。
しかし、以前同席した感じだと、彼はむしろマーシーに興味がありそうだった。ゲイだかバイだか知らないが、そういった人間は世間が思っているほど少なくないと知っている。
というわけで、アキの言いぶりはあまり信じていない。
だが、バランスが悪くないのは確かだった。
「でも、実際一人で来てみると、別にこのままってのも悪くないか、とも思う」
俺が続けると、アキはふぅんと言った。
自分から聞いておいて、ひどく無関心そうな相槌。こいつと話しているとよくあることだ。このいい加減な態度だからこそ、つかず離れず八年飲み友達でいられるのだろう。
「阿久津さんて、意外といいパパになりそうですけどね」
後輩の思わぬ賛辞にーー賛辞、でいいはずだーー俺は口に含んだウィスキーをミスト状に噴き出しかけた。
むせる俺を、アキが据わった目で見てくる。別に睨みつけているわけでなく、だいぶ酒が回っているのだろう。しかし酒豪の彼女だ、この様子だと記憶が飛ぶ程ではないだろう。
一度、記憶を飛ばしたところを見たことがある。マーシーの家を二人で訪問したときだ。散々俺に絡んできて、プロレス技を片端からかけようとするので、俺とマーシー二人掛かりで押さえ付けた。この細い身体にどんなエネルギーが溜まっているんだと、マーシーと二人呆れ返ったことを思い出す。
こんな奴と一緒にいられる男がいるとは思えなかったのだが。
「ね、咲也」
アキは隣に座る青年に首を傾げた。青年はふわりと微笑んで、静かに相槌を打つ。
うんーーバランスは悪くねぇな。
何となく悔しくなって、俺はまたウィスキーを傾けた。
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