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第三夜 帰宅途中ひったくりに襲われた結果。
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私がひったくりに襲われたのは多恵と飲んだその帰り道だった。
自宅の最寄り駅から家へと向かって歩いていたときのことだ。
横を走り過ぎようとした自転車から手が伸びてきてかばんを捕まれ、慌てて鞄を押さえたが勢いで横転した。鞄の中身が道端に広がり、鞄を引ったくろうとした自転車の男は舌打ちして駆け抜けた。
とっさのことで地面に座り込んで呆然としたが、はっと気づいて鞄に手を伸ばす。
「小絵さん、大丈夫ですかっ!?」
駆け寄ってきたのは、なんと整体師の安斎さんだった。私は見知った顔にほっとする。
「だ、大丈夫……」
答えたが、身体が震えていた。
「びっくりしたぁ……」
「すみません……お見かけしたから、声をかけようと思って……もっと早くに声をかければよかった」
安斎さんは眉を寄せて私の前に膝立ちになった。
「そんなこと。私がぼんやり歩いてたから」
言いながら、地面に散らばったものを集めようと手を伸ばす。
背中にチリ、と痛みが走って眉を寄せた。
「どうしました? どこか痛めた?」
「背中が……ちょっと」
とっさのことで、変に力が入ったのだろう。
安斎さんは気遣うような表情で私の顔を見た。
「もしよければ、院にどうですか。もう営業は終わっていますし、ちょっと診てみましょう」
優しい申し出に、私は戸惑った。
「でも……」
「早い方がいいです。それとも、歩けない?」
「あ、歩けます。多分……」
支えられてゆっくり立ち上がると、膝にはかすり傷があった。鞄を肩にかけていたからか、やはりその辺りが痛む。
「今、荷物集めますから。ちょっと待ってて」
「すみません」
「いいんです」
恐縮している私に微笑んで、安斎さんは散らばったものを一つ一つ集めていく。散らばったものの中に紙袋入りの箱を見つけて、私はぎくりとした。
「あ、あ、あの、それはその」
「何ですか? 荷物、俺が持ちますよ。身体を楽にした方がいい」
安斎さんはいつもと変わらない穏やかさで手をさしのべた。その箱が何なのか気づいていないのだろうか。それならいいかと、私はお言葉に甘えて鞄を手渡す。自分で持つと言おうと思ったのだが、専門家の助言を断るのは気が引けた。
「じゃあ、行きましょう。ご自宅へは後で送りますから、ご心配なく」
「はい……ありがとう、ございます」
言いながら歩き出すと、少しだけ股関節が痛んだ。少しいびつになる歩き方に、安斎さんがますます心配そうな顔をする。
「……おんぶか抱っこ、しましょうか?」
「いやいやいやいやいいです私重いんでいいです」
「鍛えてますから、結構持てますよ」
にこりと微笑まれ、動揺した私は、
「い、いいです。お構いなく」
断り文句にしてもちょっとおかしかったと気づいたのは、安斎さんが噴き出した後だった。
* * *
整体院の鍵を開けてくれた安斎さんは、どうぞと私を中へ招き入れながら電気を点けた。ぱっと明るくなる院内はいつもと違って人気もないし、音楽もない。
「静かだと緊張します? 音楽かけましょうか」
「い、いえ、大丈夫です」
あまりお手数をおかけするのも申し訳ないと首を横に振ると、またぴしっと痛みが背中に走った。
強張った私の表情に、安斎さんが苦笑する。
「急に動いたら駄目ですよ。ますます痛めてしまいます。どうぞ、ベッドへ横になってください」
「す、すみません……」
靴をスリッパに履き替えて、施術用のベッドに近づく。
堅めのそれは普通のベッドよりも少し高くて、一度縁に腰掛けてから横になるが、腰掛けたとき、自分がスカートだったことに気づいた。
いつも通院するときは予定に入れてあるときだから、ズボンで来るようにしている。今日のように急に来ることなどないので、すっかり失念していた。
「あ、あの……すみません、スカートで……」
「ああ、気になるならバスタオルありますから」
さあ横になって、といつもの笑顔で言われ、それならばと素直に横になった。仰向けになろうとして止められる。
「背中が痛いならうつぶせか横向きで」
素直に横向きのままにすると、足もとにバスタオルをかけてくれた。安斎さんは背中や肩に触れながら、痛みの位置を確認していく。
「ここは?」
「あ、そこ……」
ぴり、と痛みが走る。筋に触れている指が的確に私のツボを押さえる。
「小絵さん、相当こってますね。痛いのは、さっきのひったくりのせいだけじゃないみたいですよ」
コリコリと筋を刺激されて、思わず吐息が漏れる。
「はぅ……気持ちぃ……」
痛みを確認していたはずが、気付けば普通に施術されている。産休に入った後輩の仕事分、私の方がかつかつになっていたので、その疲れなのかもしれない。
「ぁう……んー……ぁあ、そこいい……」
温かく力強い指先の刺激に、半ば恍惚とした声が出るが、いつものことなので安斎さんも慣れっこだろう。
そう思っていたら、不意に首筋を探られた。
「ふぁ」
急に首筋に触れた指先に驚いて肩をすくめたら、安斎さんは微笑んだまま、「首もこってそうだから」とまた指先を伸ばす。
私は目を閉じて彼に委ねた。
安斎さんの手は、いつもの施術よりもゆっくり、じっくり、私の身体を解きほぐしていく。
「んー……安斎さぁん」
「何ですか?」
「安斎さんがいてくれてよかったぁ」
安斎さんは一瞬手を止めたが、また動きを再開した。
「……どうして?」
「あのまま一人で帰らなきゃいけなかったら、多分私緊張したままだったし、ちょっと混乱してたかも」
ふぅ、と息を吐き出すと、安斎さんの手が指圧からさするような動きに変わる。
さりげない変化だったので、気づくのに一瞬遅れた。
「よかったです。……大事なくて」
安斎さんの囁くような声は、バリトンの響きで耳障りかいい。
「うん……ありがとう……」
だんだん眠くなってきた私が目を閉じると、安斎さんが前髪をかきあげてくれた。
額から頬に滑った指が温かい。
「小絵さん……」
静かな声。背中をさする温もり。
「……このままだと、寝てしまいそうですね。家まで送ります。行きましょう」
言って、安斎さんはふいと立ち上がった。
私も目を開け、身体を起こす。
安斎さんの施術のおかげか、背中の痛みは感じなかった。
* * *
私は送らなくてもいいと言ったのだけど、安斎さんは本当に私の家の前まで送り届けてくれた。
「では、これで」
去りかける背に、慌てて声をかける。
「あ、あの。お茶でも飲んでいきませんか?」
たまたま通りかかっただけなのに、身体を気遣かって診察してくれ、家まで送り届けてくれたのだ。そのまま帰してしまうのは申し訳ない気がした。
……決して下心があったわけではない。
常連客とはいえ一ヶ月に一度しか行っていない女だし、先ほどの時間分、お金を支払おうと思ったけれど「今はオフの時間ですから」とやんわり断られてしまったのだ。
立ち止まった安斎さんは、一瞬のためらいののち、私の顔を見た。
「……いいんですか?」
「え、ええ。あ、夕飯食べました? レトルトカレーとかでもよければ、すぐできますけど……」
「いえ、お茶だけで。少しお邪魔します」
安斎さんはふわりと微笑んだ。
我が家は1LDKで、寝室はほとんどベッドでいっぱいいっぱいの広さ。ダイニングも、背の高い机を置くと圧迫感があるので、ラグマットを引いた上に座卓をおいている。
お湯を沸かしてお茶を入れる準備をしている間、安斎さんはダイニングのラグの上に正座していた。
背の高い人がそうして座っているとなんとなく可愛らしい。
そんなことを思いながらお茶を準備していると、安斎さんが立ち上がる気配がした。
「あ、お手洗いならそっちにーー」
言いかけたとき、背中から温もりに包まれる。
「……え? えっ?」
「すみません……」
混乱している私の耳元で、バリトンが囁いた。
「でも、小絵さんがいけないんですよ……男を部屋に入れるだなんて」
切ない声で言って、はあ、とため息をつく。
「……ずっとこうしたかった」
うわ。
この声ヤバい。色気が半端ない。
心臓がばくばくと暴れ出す。数度口を開け閉めして、どうにか上擦った声を捻り出した。
「ああああ安斎さん」
「何ですか?」
あああああ! 耳元での美声! それ駄目禁止! 誰か法律で禁止して!!
「ちちちちちょっと落ち着きましょぉ!?」
「俺は落ち着いてますよ。動揺してるのは小絵さんでしょう」
耳元の美声がくすくすと優しく笑う。確かに落ち着いているらしい。けどそういう問題ではない。
「さっきだって……俺がいてよかったなんて……言ってくれるから」
安斎さんが私の髪を撫でる。指先で優しく掬い上げ、そっと唇を寄せてまた囁いた。
ぞくり、と首筋から背筋へ、痺れが走る。
「彼氏はいないはずなのに、アンナモノ持ってるし……」
私はぎくりと身体を強張らせた。
き、気づいてた……? もしかしていやもしかしなくても気づいてたの!?
「ねぇ、小絵さん」
安斎さんは触れ慣れた手つきで私の身体を撫でる。そりゃそーだ、この数年毎月通ってるんだもの。私の弱いところもいいところも、彼の手はちゃんと知っている。
「外の気持ちいいとこはよく知ってるけど、中は知らないな」
その手は肩甲骨の少し下を優しく撫でた。いつもくすぐったくてひゃあと悲鳴を上げるそこが、今日はぞくぞくと腰への痺れをもたらす。
私の身体は硬直してしまって動かない。
混乱する私に、安斎さんは微笑んだ。
「教えて? 小絵さんの中は、どこをどうやってさわられるのがイイのか」
振り返って開きかけた私の唇を、彼の唇を塞ぐ。
同時に手首も、知らぬ間につかまれていた。
その手首すら、彼の親指に辿られて甘い快感をもたらす。
強くつかんでいるわけではなくても、それは甘い鎖のようだった。
ぴりぴりと下腹部を刺激する何かに、じっと堪える。
そんな私の耳の下を、安斎さんが舐めた。
同時に耳元で、はあ、と吐息を漏らす。
ぞくぞくと背筋から腰下へ痺れが落ちた。
生理的な涙で目が潤む。
「ね……小絵さん……俺に見せて? 小絵さんの気持ちいいとこ」
耳元で、また優しいバリトンが響く。
その心地好い音色に、溶けてしまいそうだった。
「俺、知りたいな……外だけじゃなくて、中も……小絵さんのこと、気持ち良くしてあげたい……」
弓なりに細められた穏やかな目が、私を見つめて来る。
その奥に見たこともない男の欲情を垣間見て、私の腰に痺れが走った。
……ああ。
もう、好きにしちゃってください……
私はもう無駄な足掻きと察して、理性を手放した。
自宅の最寄り駅から家へと向かって歩いていたときのことだ。
横を走り過ぎようとした自転車から手が伸びてきてかばんを捕まれ、慌てて鞄を押さえたが勢いで横転した。鞄の中身が道端に広がり、鞄を引ったくろうとした自転車の男は舌打ちして駆け抜けた。
とっさのことで地面に座り込んで呆然としたが、はっと気づいて鞄に手を伸ばす。
「小絵さん、大丈夫ですかっ!?」
駆け寄ってきたのは、なんと整体師の安斎さんだった。私は見知った顔にほっとする。
「だ、大丈夫……」
答えたが、身体が震えていた。
「びっくりしたぁ……」
「すみません……お見かけしたから、声をかけようと思って……もっと早くに声をかければよかった」
安斎さんは眉を寄せて私の前に膝立ちになった。
「そんなこと。私がぼんやり歩いてたから」
言いながら、地面に散らばったものを集めようと手を伸ばす。
背中にチリ、と痛みが走って眉を寄せた。
「どうしました? どこか痛めた?」
「背中が……ちょっと」
とっさのことで、変に力が入ったのだろう。
安斎さんは気遣うような表情で私の顔を見た。
「もしよければ、院にどうですか。もう営業は終わっていますし、ちょっと診てみましょう」
優しい申し出に、私は戸惑った。
「でも……」
「早い方がいいです。それとも、歩けない?」
「あ、歩けます。多分……」
支えられてゆっくり立ち上がると、膝にはかすり傷があった。鞄を肩にかけていたからか、やはりその辺りが痛む。
「今、荷物集めますから。ちょっと待ってて」
「すみません」
「いいんです」
恐縮している私に微笑んで、安斎さんは散らばったものを一つ一つ集めていく。散らばったものの中に紙袋入りの箱を見つけて、私はぎくりとした。
「あ、あ、あの、それはその」
「何ですか? 荷物、俺が持ちますよ。身体を楽にした方がいい」
安斎さんはいつもと変わらない穏やかさで手をさしのべた。その箱が何なのか気づいていないのだろうか。それならいいかと、私はお言葉に甘えて鞄を手渡す。自分で持つと言おうと思ったのだが、専門家の助言を断るのは気が引けた。
「じゃあ、行きましょう。ご自宅へは後で送りますから、ご心配なく」
「はい……ありがとう、ございます」
言いながら歩き出すと、少しだけ股関節が痛んだ。少しいびつになる歩き方に、安斎さんがますます心配そうな顔をする。
「……おんぶか抱っこ、しましょうか?」
「いやいやいやいやいいです私重いんでいいです」
「鍛えてますから、結構持てますよ」
にこりと微笑まれ、動揺した私は、
「い、いいです。お構いなく」
断り文句にしてもちょっとおかしかったと気づいたのは、安斎さんが噴き出した後だった。
* * *
整体院の鍵を開けてくれた安斎さんは、どうぞと私を中へ招き入れながら電気を点けた。ぱっと明るくなる院内はいつもと違って人気もないし、音楽もない。
「静かだと緊張します? 音楽かけましょうか」
「い、いえ、大丈夫です」
あまりお手数をおかけするのも申し訳ないと首を横に振ると、またぴしっと痛みが背中に走った。
強張った私の表情に、安斎さんが苦笑する。
「急に動いたら駄目ですよ。ますます痛めてしまいます。どうぞ、ベッドへ横になってください」
「す、すみません……」
靴をスリッパに履き替えて、施術用のベッドに近づく。
堅めのそれは普通のベッドよりも少し高くて、一度縁に腰掛けてから横になるが、腰掛けたとき、自分がスカートだったことに気づいた。
いつも通院するときは予定に入れてあるときだから、ズボンで来るようにしている。今日のように急に来ることなどないので、すっかり失念していた。
「あ、あの……すみません、スカートで……」
「ああ、気になるならバスタオルありますから」
さあ横になって、といつもの笑顔で言われ、それならばと素直に横になった。仰向けになろうとして止められる。
「背中が痛いならうつぶせか横向きで」
素直に横向きのままにすると、足もとにバスタオルをかけてくれた。安斎さんは背中や肩に触れながら、痛みの位置を確認していく。
「ここは?」
「あ、そこ……」
ぴり、と痛みが走る。筋に触れている指が的確に私のツボを押さえる。
「小絵さん、相当こってますね。痛いのは、さっきのひったくりのせいだけじゃないみたいですよ」
コリコリと筋を刺激されて、思わず吐息が漏れる。
「はぅ……気持ちぃ……」
痛みを確認していたはずが、気付けば普通に施術されている。産休に入った後輩の仕事分、私の方がかつかつになっていたので、その疲れなのかもしれない。
「ぁう……んー……ぁあ、そこいい……」
温かく力強い指先の刺激に、半ば恍惚とした声が出るが、いつものことなので安斎さんも慣れっこだろう。
そう思っていたら、不意に首筋を探られた。
「ふぁ」
急に首筋に触れた指先に驚いて肩をすくめたら、安斎さんは微笑んだまま、「首もこってそうだから」とまた指先を伸ばす。
私は目を閉じて彼に委ねた。
安斎さんの手は、いつもの施術よりもゆっくり、じっくり、私の身体を解きほぐしていく。
「んー……安斎さぁん」
「何ですか?」
「安斎さんがいてくれてよかったぁ」
安斎さんは一瞬手を止めたが、また動きを再開した。
「……どうして?」
「あのまま一人で帰らなきゃいけなかったら、多分私緊張したままだったし、ちょっと混乱してたかも」
ふぅ、と息を吐き出すと、安斎さんの手が指圧からさするような動きに変わる。
さりげない変化だったので、気づくのに一瞬遅れた。
「よかったです。……大事なくて」
安斎さんの囁くような声は、バリトンの響きで耳障りかいい。
「うん……ありがとう……」
だんだん眠くなってきた私が目を閉じると、安斎さんが前髪をかきあげてくれた。
額から頬に滑った指が温かい。
「小絵さん……」
静かな声。背中をさする温もり。
「……このままだと、寝てしまいそうですね。家まで送ります。行きましょう」
言って、安斎さんはふいと立ち上がった。
私も目を開け、身体を起こす。
安斎さんの施術のおかげか、背中の痛みは感じなかった。
* * *
私は送らなくてもいいと言ったのだけど、安斎さんは本当に私の家の前まで送り届けてくれた。
「では、これで」
去りかける背に、慌てて声をかける。
「あ、あの。お茶でも飲んでいきませんか?」
たまたま通りかかっただけなのに、身体を気遣かって診察してくれ、家まで送り届けてくれたのだ。そのまま帰してしまうのは申し訳ない気がした。
……決して下心があったわけではない。
常連客とはいえ一ヶ月に一度しか行っていない女だし、先ほどの時間分、お金を支払おうと思ったけれど「今はオフの時間ですから」とやんわり断られてしまったのだ。
立ち止まった安斎さんは、一瞬のためらいののち、私の顔を見た。
「……いいんですか?」
「え、ええ。あ、夕飯食べました? レトルトカレーとかでもよければ、すぐできますけど……」
「いえ、お茶だけで。少しお邪魔します」
安斎さんはふわりと微笑んだ。
我が家は1LDKで、寝室はほとんどベッドでいっぱいいっぱいの広さ。ダイニングも、背の高い机を置くと圧迫感があるので、ラグマットを引いた上に座卓をおいている。
お湯を沸かしてお茶を入れる準備をしている間、安斎さんはダイニングのラグの上に正座していた。
背の高い人がそうして座っているとなんとなく可愛らしい。
そんなことを思いながらお茶を準備していると、安斎さんが立ち上がる気配がした。
「あ、お手洗いならそっちにーー」
言いかけたとき、背中から温もりに包まれる。
「……え? えっ?」
「すみません……」
混乱している私の耳元で、バリトンが囁いた。
「でも、小絵さんがいけないんですよ……男を部屋に入れるだなんて」
切ない声で言って、はあ、とため息をつく。
「……ずっとこうしたかった」
うわ。
この声ヤバい。色気が半端ない。
心臓がばくばくと暴れ出す。数度口を開け閉めして、どうにか上擦った声を捻り出した。
「ああああ安斎さん」
「何ですか?」
あああああ! 耳元での美声! それ駄目禁止! 誰か法律で禁止して!!
「ちちちちちょっと落ち着きましょぉ!?」
「俺は落ち着いてますよ。動揺してるのは小絵さんでしょう」
耳元の美声がくすくすと優しく笑う。確かに落ち着いているらしい。けどそういう問題ではない。
「さっきだって……俺がいてよかったなんて……言ってくれるから」
安斎さんが私の髪を撫でる。指先で優しく掬い上げ、そっと唇を寄せてまた囁いた。
ぞくり、と首筋から背筋へ、痺れが走る。
「彼氏はいないはずなのに、アンナモノ持ってるし……」
私はぎくりと身体を強張らせた。
き、気づいてた……? もしかしていやもしかしなくても気づいてたの!?
「ねぇ、小絵さん」
安斎さんは触れ慣れた手つきで私の身体を撫でる。そりゃそーだ、この数年毎月通ってるんだもの。私の弱いところもいいところも、彼の手はちゃんと知っている。
「外の気持ちいいとこはよく知ってるけど、中は知らないな」
その手は肩甲骨の少し下を優しく撫でた。いつもくすぐったくてひゃあと悲鳴を上げるそこが、今日はぞくぞくと腰への痺れをもたらす。
私の身体は硬直してしまって動かない。
混乱する私に、安斎さんは微笑んだ。
「教えて? 小絵さんの中は、どこをどうやってさわられるのがイイのか」
振り返って開きかけた私の唇を、彼の唇を塞ぐ。
同時に手首も、知らぬ間につかまれていた。
その手首すら、彼の親指に辿られて甘い快感をもたらす。
強くつかんでいるわけではなくても、それは甘い鎖のようだった。
ぴりぴりと下腹部を刺激する何かに、じっと堪える。
そんな私の耳の下を、安斎さんが舐めた。
同時に耳元で、はあ、と吐息を漏らす。
ぞくぞくと背筋から腰下へ痺れが落ちた。
生理的な涙で目が潤む。
「ね……小絵さん……俺に見せて? 小絵さんの気持ちいいとこ」
耳元で、また優しいバリトンが響く。
その心地好い音色に、溶けてしまいそうだった。
「俺、知りたいな……外だけじゃなくて、中も……小絵さんのこと、気持ち良くしてあげたい……」
弓なりに細められた穏やかな目が、私を見つめて来る。
その奥に見たこともない男の欲情を垣間見て、私の腰に痺れが走った。
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