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本編
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その週末の夜、あゆみから電話があった。
今帰宅したところだと聞き、思わず時計を確認すると、もう9時を回っている。冬彦は眉を寄せた。
「夜道、危なくないの?」
『さあ。もう慣れちゃった』
あゆみはそう言って笑う。
冬彦は嘆息した。
『冬彦くんは、ウィークリーマンション?』
「うん」
『……まだ、仲直りしてないの?』
「そうだね」
連絡しようにも、半ば喧嘩腰で出てきてしまった実家だ。向こうからの連絡など望むべくもないと薄々分かってはいるものの、どう連絡したものか。
『はやく、仲直りしてね』
あゆみはゆっくりと言い聞かせるように言った。命令のように聞こえないよう配慮しているのだろう。
『……じゃないと……』
言いかけた言葉は、途中で止まる。
冬彦は続く言葉を待ったが、なかなか聞こえないので口を開いた。
「じゃないと?」
あゆみが言葉を探しているのが分かった。一瞬の躊躇いの後、気弱な声が聞こえる。
『ただいまも、おかえりも、言えるようにならないでしょ』
冬彦は息を止め、目を閉じた。
口の端が上がり苦笑じみた微笑が浮かぶ。
「……寂しい?」
聞きながら、冬彦は自分を笑いそうになった。寂しいのは冬彦自身なのだ。今、こうして電話しながら、あゆみの温もりに触れたくて仕方がない。
『寂しい……ていうか』
あゆみは考え考え、言った。
『……恋しい、かな』
冬彦はうっすらと目を開く。
もう9時だ。
いや、まだ、9時だ。
「今から行ってもいいよ」
『だ、どっ……』
あゆみがうろたえた。
「俺も、あゆみに会いたいし」
坂下と飲んだ夜に感じた、坂下とあゆみの信頼関係。
そこに割り込むのではない。冬彦はこれから、それとは全く違う関係を、あゆみと作っていくのだ。
それには、もっと共に過ごす時間が欲しかった。
『で、でも……』
「なに?」
言う冬彦の声はひどく優しくなる。あゆみがそれを聞いて絶句した。
「どうした?」
問うと、
『……もぉ……』
あゆみはゆるゆると息を吐き出し、
『そんな……声聞いたら……会いたくなる』
冬彦は笑った。
「今から行くよ」
『で、でも。仲直り……』
「土日会えるか聞いとく」
あゆみが黙った。冬彦は笑う。
「はやくあゆみにおかえりって言いたいからね」
あゆみがまた絶句して、もぅ、と言った。
あゆみの家に着くと、相変わらず化粧っけのないあゆみの顔が覗いた。
玄関へ入ると、冬彦の背中に手を回して来る。
それを受け止めて、あゆみの髪に鼻をうずめた。
ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
「……飯は? 食ったの?」
「ふふ。一応」
笑いながら顔を上げたあゆみの目が、冬彦をとらえる。
「そういうの、気にしてくれるんだ」
「あゆみだけにはね」
微笑みを返し、口に軽く口づけた。
頬に手を添え、額と額を合わせる。
至近距離に互いの目が見えた。
眼鏡の向こうのあゆみの目は、光の加減か茶色みが強い。
その分、瞳の黒さが際立って見えた。
あゆみが目を閉じ、あごを引き上げる。
それに誘われるように、冬彦は口づけた。
そっと頬を手で撫でながら、じわじわと口づけを深くしていく。
互いに、あえて言葉を避けているようだった。
あゆみが冬彦の背中から、肩へと手を這わせる。
ふ、とあゆみの吐息が唇の端から漏れた。
冬彦は唇を少し離し、あゆみの目を見つめる。
わずかに赤く染まった目尻を下げ、あゆみは照れ臭そうに笑った。
冬彦も微笑み、あゆみの目尻にキスを落とす。
頬と頬を合わせると、互いの体温が伝わった。
あゆみが冬彦の肩から手を外し、冬彦の手に重ねる。
どちらかともなく指を絡め、きゅ、と手を握った。
至近距離でまた、互いの目を見つめ合い、微笑む。
片手の指を絡め合ったまま、もう片方の手を互いの頬へ添わせる。
あゆみは上目遣いで冬彦を見上げ、その目は照れ臭そうに揺れていた。
冬彦はあゆみの肩に手を回し、抱き寄せる。
繋いだままの手は、互いの胸と胸の間に収まった。
その手ごと抱きしめるように、冬彦はあゆみの身体に回した手に力を込める。
あゆみが腕の中で身じろぎした。
大丈夫よ、と笑う。
ちゃんと、ここにいるから、大丈夫。
冬彦は笑って、また唇を重ねた。
今帰宅したところだと聞き、思わず時計を確認すると、もう9時を回っている。冬彦は眉を寄せた。
「夜道、危なくないの?」
『さあ。もう慣れちゃった』
あゆみはそう言って笑う。
冬彦は嘆息した。
『冬彦くんは、ウィークリーマンション?』
「うん」
『……まだ、仲直りしてないの?』
「そうだね」
連絡しようにも、半ば喧嘩腰で出てきてしまった実家だ。向こうからの連絡など望むべくもないと薄々分かってはいるものの、どう連絡したものか。
『はやく、仲直りしてね』
あゆみはゆっくりと言い聞かせるように言った。命令のように聞こえないよう配慮しているのだろう。
『……じゃないと……』
言いかけた言葉は、途中で止まる。
冬彦は続く言葉を待ったが、なかなか聞こえないので口を開いた。
「じゃないと?」
あゆみが言葉を探しているのが分かった。一瞬の躊躇いの後、気弱な声が聞こえる。
『ただいまも、おかえりも、言えるようにならないでしょ』
冬彦は息を止め、目を閉じた。
口の端が上がり苦笑じみた微笑が浮かぶ。
「……寂しい?」
聞きながら、冬彦は自分を笑いそうになった。寂しいのは冬彦自身なのだ。今、こうして電話しながら、あゆみの温もりに触れたくて仕方がない。
『寂しい……ていうか』
あゆみは考え考え、言った。
『……恋しい、かな』
冬彦はうっすらと目を開く。
もう9時だ。
いや、まだ、9時だ。
「今から行ってもいいよ」
『だ、どっ……』
あゆみがうろたえた。
「俺も、あゆみに会いたいし」
坂下と飲んだ夜に感じた、坂下とあゆみの信頼関係。
そこに割り込むのではない。冬彦はこれから、それとは全く違う関係を、あゆみと作っていくのだ。
それには、もっと共に過ごす時間が欲しかった。
『で、でも……』
「なに?」
言う冬彦の声はひどく優しくなる。あゆみがそれを聞いて絶句した。
「どうした?」
問うと、
『……もぉ……』
あゆみはゆるゆると息を吐き出し、
『そんな……声聞いたら……会いたくなる』
冬彦は笑った。
「今から行くよ」
『で、でも。仲直り……』
「土日会えるか聞いとく」
あゆみが黙った。冬彦は笑う。
「はやくあゆみにおかえりって言いたいからね」
あゆみがまた絶句して、もぅ、と言った。
あゆみの家に着くと、相変わらず化粧っけのないあゆみの顔が覗いた。
玄関へ入ると、冬彦の背中に手を回して来る。
それを受け止めて、あゆみの髪に鼻をうずめた。
ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
「……飯は? 食ったの?」
「ふふ。一応」
笑いながら顔を上げたあゆみの目が、冬彦をとらえる。
「そういうの、気にしてくれるんだ」
「あゆみだけにはね」
微笑みを返し、口に軽く口づけた。
頬に手を添え、額と額を合わせる。
至近距離に互いの目が見えた。
眼鏡の向こうのあゆみの目は、光の加減か茶色みが強い。
その分、瞳の黒さが際立って見えた。
あゆみが目を閉じ、あごを引き上げる。
それに誘われるように、冬彦は口づけた。
そっと頬を手で撫でながら、じわじわと口づけを深くしていく。
互いに、あえて言葉を避けているようだった。
あゆみが冬彦の背中から、肩へと手を這わせる。
ふ、とあゆみの吐息が唇の端から漏れた。
冬彦は唇を少し離し、あゆみの目を見つめる。
わずかに赤く染まった目尻を下げ、あゆみは照れ臭そうに笑った。
冬彦も微笑み、あゆみの目尻にキスを落とす。
頬と頬を合わせると、互いの体温が伝わった。
あゆみが冬彦の肩から手を外し、冬彦の手に重ねる。
どちらかともなく指を絡め、きゅ、と手を握った。
至近距離でまた、互いの目を見つめ合い、微笑む。
片手の指を絡め合ったまま、もう片方の手を互いの頬へ添わせる。
あゆみは上目遣いで冬彦を見上げ、その目は照れ臭そうに揺れていた。
冬彦はあゆみの肩に手を回し、抱き寄せる。
繋いだままの手は、互いの胸と胸の間に収まった。
その手ごと抱きしめるように、冬彦はあゆみの身体に回した手に力を込める。
あゆみが腕の中で身じろぎした。
大丈夫よ、と笑う。
ちゃんと、ここにいるから、大丈夫。
冬彦は笑って、また唇を重ねた。
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