キミロマン

松丹子

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11 隣家

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 最後のテストを終え、明日からはもう夏休みだとほっとした夜。
 洗濯物を取り込んでいた私は、お気に入りのTシャツがなくなっていることに気づいた。
 ショックを受けつつ探したら、東と私の間の家のベランダにひっかかっているのが見えた。紺色の服だったし、陰になっているから分かりにくいけど、多分、間違いない。
 隣の家の電気は点いていた。ついでにその隣の東の部屋の電気が点いているのも見えた。
 東の夏休みがいつからかは分からないけど、まだ例の合宿には行っていないらしい。
 ほっとする半面、切なくもなる。
 こうして会わないまま、東は合宿へ行ってしまうんだろうか。
 東と会わなくなって丸々2週間以上が経つ。毎日自分で自分を慰めるなんておかしいのかもしれない。そう思いながらも我慢できず、東の温もりを思い出しては自慰を繰り返した。
 会わなくなってしばらく経つから、それが妄想上の東なのか、東との情事の記憶なのかも分からなくなりつつある。分からなくてもいいや、と、東を思い出しては果てる。その度に、虚しくもなる。
 私はため息をついて首を振った。とりあえず、服を回収しに行こう。東のことを思い出してぐずぐずしていても仕方ない。


 ***


 隣家の呼び鈴を鳴らすと、はいと男性の声がした。私は緊張しながら声を出す。
 
「こんばんは……すみません、うちの洗濯物がそちらのベランダに飛んじゃったみたいで……」

 ドア越しに言ったところで、がちゃりと鍵が開いた。中から覗いたのは見たことのある人で、ほっと息をつく。

「す、すみません。お隣りだったんですね」
「ああ、うん。先日はどうも」

 ドアを開けてくれたのは、先日私がドアをぶつけたお兄さんだった。にこりと気さくな笑顔で私を見て、首を傾げる。

「で、なんだっけ。服?」
「あ、そうなんです。ベランダに……紺色の」
「ちょっと待ってて」

 開けたドアを私に押さえるよう指示して、お兄さんは部屋へと入っていく。間取りは変わらないはずなのに、部屋は綺麗に整理されていてオシャレに見えた。ベランダに出たお兄さんはしばらくして戻って来る。

「ごめん、分からないや。どの辺?」
「あ、分かりにくかったかもしれないです。陰に隠れて……」
「自分で取る? その方が早いかも」

 自然と中を指し示されて、私は一瞬戸惑う。人の良さそうなお兄さんだけど、一人暮らしの男性の家に上がり込んでよいものか。

「あ、嫌かな。だったらもう一度探してくる……」
「い、いえ。お、お邪魔します」

 私は慌てて首を振って、お辞儀をすると中に入った。素足で来たのが申し訳ない。そう思って「裸足ですみません」と言うと、「結構キチンとしてるね」と笑顔が返ってきた。
 その笑顔に照れながらベランダへ行き、陰に引っ掛かった服を手に取る。

「あった?」
「ありました」

 軽くその場で叩いて、ざっと汚れを確認する。よかった、切れたりはしてないみたい。

「すみません、お休みのところ。ありがとうございました」
「どういたしまして」

 私が言って部屋に入ると、お兄さんはベランダへつながる窓を閉めた。
 外の気配が遮断されて、しん、と静かに感じられる。
 お兄さんは、一歩私に近づいた。

「……あの?」

 見上げた先にある笑顔は、どこか薄ら笑いに似ている。

「……君、こっちの子とつき合ってんの?」
「えっ?」

 指し示されたのは東の部屋側だ。私はうろたえる。

「あ、あの?」
「盗聴とかしてるわけじゃないよ。声とかまでは聞こえて来ないんだけど、なんとなーく気配がしてね。その後だいたい、君が彼の家から出てきたから」

 私の顔はとたんに真っ赤になる。まさか誰かが私たちの行為の気配を感じているだなんて思わなかった。

「最近、そんな様子がなくなったなぁと思ったら……」

 お兄さんは言葉を止めて、私の肩にそっと手を置く。
 東よりも大きくてゴツゴツした手に、ぎくりと身体をすくめた。

「……ケンカでもした?」
「ぇっ……」
「彼のところ、行きたくても行けないんでしょ」

 耳元で囁かれ、両肩に手を置かれて、この距離じゃ逃げられない、とようやく気づく。

「聞こえたよ、声。……と、ちょっとだけ、バイブ音。一人でしちゃうくらい、彼のこと欲しいんでしょ?」

 私は顔を手で覆った。まさか自慰のことまでバレているなんて思わなかった。もしかして前、窓を開けてしていたときのことだろうか。最悪。混乱して泣きそうになる。

「胸大きいね。いいな、彼。こんなのに触ってたら、他の女の子じゃ物足りないんじゃないの?」

 言いながら、男の手が肩からゆっくりと降りてくる。ぞくぞく背中を走る悪寒は、東に触れられたときのそれとは意味が違う。嫌だ。やめて。言いたいのに言葉にならず、払いのけたいのに身体は動かず、私は小刻みに震えながら、男の顔を見上げる。
 そこにはもう穏やかな笑みはなく、紛れもなく下劣な笑顔が浮かんでいた。

「チョロいよな。服一枚で訪ねて来て、家に上がって来るなんて」

 男は私の胸を片手で覆い、片手で肩を押して後ろへ進ませた。
 言うことを利かない身体は倒れないようにするのが精一杯。その力を受けて後退し、膝裏に何かが当たって、それがベッドだとわかったときには押し倒されていた。

「ま、待っ……や……」
「大丈夫だって。彼がどれだけ上手いのか知らないけど、俺も悪くないと思うよ?」

 男は言いながら、私のミニスカートの中に手を滑らせる。腿を揉むような卑猥な手つきに、また背筋を悪寒が走った。

「やだ……! やだ、やめて……!」
「一人でするのじゃ物足りないでしょ。試してみようよ。一回くらいいいじゃない。どうせケンカ中なんでしょ?」

 私を押さえる力を緩めず、男は私のTシャツをめくりあげる。胸で引っ掛かって引き上がらず、ほっとしたのもつかの間、下着ごと引き上げられた。

「や、やだ……!」
「うわ、ピンク色。ビッチな癖にキレーな色してんね」

 男が舌なめずりして笑う。胸へと顔を近づけていく。私は見るに堪えず、顔を反らして目をつぶる。込み上げた涙が一粒頬を伝った。
 男の唇が私の乳首へ触れるというとき、リビングの窓からコンコンと呑気なノックの音がした。ぎくりと二人でそちらを見ると、何故かそこに東が立っている。
 ヒラヒラと手を振って、片手に持ったスマホをつき出し、人差し指を差し出す。

 1、1、0。

 ちっ、と舌打ちして、私の上の男が動いた。私はそれを突き飛ばすようにしてベランダの東の元へ向かう。

「東……!」

 抱き着くとしっかり受け止めてくれた。

「ど、どーやって、どーして」
「そりゃベランダ越えて来たに決まってんだろ」

 東は行くぞと私を促す。行くってどこへ。

「俺の部屋行ってろ。そこ足かければ越えられっから」

 ってここ、4階ですけど!?

「む、無理! 無理ー!!」
「ンだよ軟弱だな」

 東に軟弱扱いされる日が来るなんて思わなかった。私は涙目で東にしがみつく。ちっ、と東が舌打ちして、男を睨みつけた。

「さっきのやりとり、写真撮って録音しました。強姦未遂で訴えられたくなければ、俺たちを玄関から出してください」

 男は苛立たしげに東を睨んで、私を睨んで、一歩引いた。

「とっとと行けよ。ったく、くだらねー痴話喧嘩に巻き込まれたぜ」

 東の陰に隠れるように男の隣を抜けたとき、男が私の服を差し出した。

「彼女、忘れ物だよ」

 東が受けとろうとしたけどひょいと避け、自分で取りなと私に差し出す。
 私はびくびくしながらそれを受けとった。
 男は猫なで声で微笑んだ。

「東クンに飽きるか捨てられるかしたら俺んとこおいで。後悔させないからさ」

 私は震えて東に隠れ、東は無言で男を睨みつけた。


 ***


 男の家から東の家に移動して、はぁ、と息をつく。

「びっくり……したぁ……」
「……びっくり、じゃねぇよ」

 東からは、今まで感じたことのないくらいの怒りを感じる。

「お前、なにノコノコ素性の知れない男の部屋に入って行ってんの。俺がいなかったらどうなってたか分かってんの?」
「わ、わか、ってるよ」

 答える声はどうやっても震えた。

「でも、だって、服、お気に入りで」
「服のために身体差し出すわけ?」

 東の目は完全に据わっていて、私に逃げ場所を与えまいとするように問い詰めてくる。

「そん、な……つもり、なかったけど」

 東の鋭い視線が怖かった。
 小柄でも華奢でも、やっぱり男なんだと、当然のことを再確認する。
 本当はすがりつきたいのに、怖かったって甘えたいのに、東の目がそうさせてくれない。
 いつも優しい東が、甘えさせてくれない。
 泣きそうになって顔を反らしたとき、東が深々とため息をついた。

「……ごめん」

 東は再び息を吐き出し、額を押さえる。

「……落ち着いたら、家まで送るから」

 言われた途端、涙があふれた。
 やっぱり、東は……きれいな佇まいのあの人と。

「……やだ」
「陽菜……?」

 私の呟きを聞き取って、東が首を傾げる。
 私はぶんぶん首を振った。

「やだ、やだやだやだやだやだ」
「なんだよ……お前、壊れた?」

 東が困惑している。
 壊れてる。私はとっくに、壊れてる。
 東がいないと駄目なようになっちゃってる。

「あずまぁ」

 ぼろぼろ涙を流しながら、私は東に抱き着いた。東が一瞬身体を強張らせた後、ゆっくりと私の背をさする。
 男に触れられたときとは違う温もりが、心も温めていく。
 ああ、こんなに私は東を求めていたんだと、気づく。

「……陽菜」

 どこか切迫した東の声が、私を呼んだ。
 私は黙って目を閉じ、唇を差し出す。
 東がおずおずと、その唇を重ねた。
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