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第一章 白銀成長編

第四十話 蝕む者へ

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「パーメント。こんなときにどうしたの」

 何もない空間に唯一存在する白銀の剣へ向けて、ヒイラギは砕けた言葉で語りかける。
 
 その問いに呼応して、白銀色にひと際輝くと、白髪白眼の彫刻のような女性が姿を現した。

「まずは謝罪を。神の思惑に巻き込んでしまいました」

 その声に体を包み込まれると、変わらない表情からは伝わってこない謝意が身に染みてきた。
 ヒイラギは少しくすぐったそうな顔になる。

「謝ることじゃないよ。大丈夫」

 目の前に浮遊している女神に真っすぐ視線を合わせる。
 女神も見つめ返すと、次の言葉を紡いだ。

「生の女神、レーヴェレ。彼女は人の子の世界に干渉しすぎています。私は、人の子の世界にあまりにも関わることはあってはならないと思っています」
「前にもそう言ってたね。だから、パーメントは僕の剣だけにその力を使ってくれているんでしょ?」

 ヒイラギの言葉にゆっくりと頷いた。

「その通りです。私が考える干渉していい程度はその程度なのです。しかし、レーヴェレはあろうことかその手で人の子の命を奪い、神の力をもってして人の子の世界を変えようとしています」

 レーヴェレが言っていた死のない世界を思い出し、ヒイラギは何とも言えない表情を浮かべる。

「死のない世界を望む人はきっとたくさんいる。僕個人の感情で、止めてしまってもいいのかな……」

 レーヴェレには協力しないと断言したヒイラギだったが、その内心はいまだに迷っていた。
 命を失わない世の中になれば、ヒイラギが命を守る必要もなくなる。
 そのための犠牲を看過できないだけで、止めてしまってもよいのだろうか。
 
 自信なく迷うヒイラギを見て、パーメントはそっと近づいた。

「私は不変の女神。変化することを基本的には拒みます。それが良きものでも、悪しきものでも」

 ヒイラギの耳元に口を寄せる。
 
「今回はそんな私を理由にして、レーヴェレを止めてくれませんか」

 答えの出せない悩み事に、都合の良い理由が提供された。

「……わかった。全部燃えちゃったあの日から、ずっと恩を受けてばかりだし。こんな風に恩を返せる日なんてそうそうないからね」

 その理由にヒイラギなりの理由を上乗せし、迷いを無理やり振り払った。
 パーメントはその返答に何を思ったのか。変わらない表情からは読み取れなかった。

「はい。では、レーヴェレを止める方法と力を授けます」

 両の手に白銀色のもやをただよわせると、それらをすくいあげるようにして口元へ持っていき、ふぅと優しく息を吹きかけた。
 パーメントの手元から天の川のような輝きがあふれ、流れ、ヒイラギを包み込んだ。
 白銀に包まれたヒイラギは目を閉じる。

「……ここまで干渉するのは今回限りです。神の不始末は、神が処理しなくてはなりませんからね――」

 自分を納得させるかのようなパーメントの言葉が、少しずつ遠くなっていった。

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ここからどうするか……。このままだとつぶれてしまうぞ)

 無造作に振り回される死の盾をどうにか防ぎ、ひと呼吸を取る間にジョンは思う。
 コンとオニキスを合わせた3人がかりでどうにか即死は免れているが、決定打はなにも入れられていないままだった。

(俺はまだ盾があるからどうにかなっているが、コンとオニキスは盾もないし、リーチも短い)

 後退しながら、再び襲ってきた盾と剣を受けきると、ポタポタと尋常ではない量の汗がしたたり落ちる。
 異様な存在感と明確な死を前にして、ジョンだけでなくコンとオニキスも精神をかなり蝕まれていた。

「あなたたちは本当に強いのですね。限りある命で死に抗いながら、まだ倒れずにいる」

 ガリガリの男から神々しい女声で告げられる。

「そんな人の子もいつかは死ぬ。そんなこと、やはりあってはなりませんね」

 次の瞬間には、3人の視界から男の姿が消えていた。

「精神的支柱はあなたですね。さあ、終わりにしましょう」

 ジョンの右手側にレーヴェレは立つ。
 盾を構えている逆側に立たれたこと、死の盾に容易く触れられる位置であることを理解したジョンは、捨て身で手斧を振り抜いた。
 
 激しい衝突音が鳴り響くと、手斧が回転しながら薄暗い森に消えていった。

「オニキス!」

 ジョンはのどが張り裂けそうなほどの大声で叫んだ。

「この異常事態を必ず誰かに伝えてくれ! コンとふたりで生き延びろ!」
 
 コンとオニキスは無意識に手を伸ばした。だが、届かない。

「よい言伝ことづてですね。最期の言葉にぴったりでした」

 軽い動作で死を纏う黒色の大盾を突き出す。
 目を閉じるジョンの目の前には、在りし日の妻と娘の姿が浮かんでいた。

(家族を守れなかった男の最期は、まあ、こんなもんか)

 
 傭兵になって通り名が付いたころ、賊の逆恨みから家に襲撃を受けた。
 ジョンが不在の時を狙ったもので、連絡を受けてすぐに帰った時には、中は荒らされていて妻と娘の姿はなかった。
 ボロボロになった机の上にあった文字を見て、ジョンは敵地へと乗り込んだ。
 そこには、辱められたのちに殺されたであろう愛しき人たちの姿と、今も群がる下卑た賊たちの姿があった。
 それからはジョンもよく覚えていないが、硬いものどうしがぶつかる嫌な音だけは鮮明に脳裏に刻まれていた。
 

(あぁ。守れなくてすまなかった……)

 ジョンの瞳から落ちる涙に、黒い盾とが反射した。

 白銀色は軌跡を描いて死の盾とジョンの間に割り込むやいなや、を弾き返した。
 突然の衝撃にレーヴェレは後ずさり、何があったかと改めて前を見る。

 そこには、白銀色の剣との髪の毛を輝かせる、白銀の守護者の姿があった。
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