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3章
120:堕ちし者
しおりを挟む邪魔だった物が無くなって解放されたような気がした
思考がだんだんと明瞭になっていく
頭は正常に働いている。しかも今まで感じたことがないくらいの全能感に溢れていた
けれど、今までの事が思い出せない。私は過去に何をして、今は何処にいるのか
覚えているのは、私もかつては人であり、大切な姉さんがいたことと
人間が憎いという事
つまり
私の目の前にいるのは、敵だ
~~~~~~
簡素な白い服を纏い眠っている彼女には、聞いていたような投薬による体の異常がない。体力の消耗で起きていられず、睡眠を体が強制しているようだ
彼女に何が起きたのか。いくつかの事が考えられるが、回復魔法を速やかに使用して離れてもらわないといけない。ソウマが抑えている敵はこちらの想定を超えているかもしれない
「ラキア」
「はい」
「彼女を連れて退避を。起きたら彼女に最大限協力してあげて」
「かしこまりました」
ラキアに指示を出しながら彼女に回復魔法をかけ、ラキアに彼女の体を預ける。ラキアは彼女をしっかりと抱えると
「……クウガ、気をつけて」
主従での言葉遣いとは違うそれ
俺が告白し、新しい関係性が追加されてからラキアは時々あの様な態度を取るようになった。身内ではない人が居たりすると主人と召喚獣として、俺のことをマスターと呼び口調は堅い。逆に身内だけの時には名前で呼び、口調は柔らかい
ラキアの行動は俺たちの関係が変わった事を実感させてくれるものだ
切り替えよう。今から待っているのは強敵との戦闘。気分は高揚している。カミナの方はリンガとライルに任せた上、フレッドもいるので心配事はない
ただ、問題があるとすれば、敵が堕ちて壊れた存在だということ
堕ちてしまった生命が元に戻る事は、例えどんな魔法でもスキルでも叶わない
これは、3度目の堕神と対峙した時に得た情報だ。他にも文献などからも類似した情報を得ていた。何より、俺自身が試して駄目だった
俺には、呪いや浄化といった類いの才能がないのだ
ただ、その手のことが俺よりも才能のあったソウマやナキアさんでも駄目だったことから、才能の問題でも無いようだった
だから、目の前の彼女は、倒すことでしか救えない
ソウマが後退して俺の横に並ぶ
「どうやら、更に厄介になっちまったみてぇだぜ」
その言葉の意味はすぐに理解する事となった
わずかな魔力の発露と共に、突然の影
上を見ずとも分かる。魔術、いや、この感じは魔法だ。それも相当な熟練度
行使したのは目の前の敵。闇そのものによって形作られたような身体。だが、その姿は艶かしい女性のもの。女性型の悪魔と表現するのが適切だろうか
その彼女が行使した魔法は、実力のないものが見れば、ただの炎球に見えたかもしれない。だが、あれはそんな弱々しいものではない。風の外殻の中に炎が凝縮され、荒れ狂っている。抑えきれないのか、はたまたわざとなのか、炸裂するのを待ちきれないかのように炎が漏れている
それが、一瞬で頭上に1200個。この数だけでその技量は相当なものだと分かる
だが、重要なのはそこではない。魔法を使った事自体が問題だった
先ほどまでの彼女に人間程の知性は無かった。己の暴威を持って憎き敵に襲いかかる、その程度だ。知性は、それ単体で最強の矛たり得るもの
敵に何かをさせると危険だな
「みたいだね。迅速に片付けよう」
幸い、あの程度の魔法ならさして危険ではない
位相を変えながらソウマと共に一歩を踏み出すと同時に、どの程度の威力を発揮するかを確かめたいので【豪風魔法】によって落下してくる敵の炎球を上空へ吹き飛ばす
凄まじい轟音が上空から届く中、その威力や規模から敵の技量を推し量りながら2歩目で杖を収納、3歩目でアギスと心象具を顕現する
心象具である全身鎧が身を包んでいく。銀に青のライン、龍の兜。そして、背に浮かぶ3体の小さな龍。空間に亀裂を作って現れたアギスを右手で抜き放ち様に首目掛けて一閃を見舞う
そこへ俺と同じように炎の槍、金の手甲という心象具を顕現したソウマが、同時に赤く燃え盛る槍で一撃を叩き込む
だが、どちらの攻撃も手前の空間で阻まれた
俺たちの攻撃を防いだのは見えない壁。空気でも魔力でもない。本当に見えない何か。それが、壁であるかも予想でしかない。何らかのスキルによるものか。それなりに強力なもののようだ
けれど、それで攻撃の手を止める理由にはならない。その不可思議な防御を手数で、威力で打ち破ろう。それに、防御を抜く手段がこちらの手札には存在する
だが、まずは正面突破といこう
障壁系のスキルならば、大きく2つに分けられる。それは、一定以下の威力を無効にするものと、耐久力によって守るものだ。障壁系のスキルはこの分類を探ることが重要となる
ソウマの心象具は一撃の威力を上げることに向いているので、時間稼ぎと検証を俺がやるべきだな
障壁で止められたアギスに敵を吹き飛ばすようにして力を込めるが、ビクともしない
空間に固定して発動する種類か
次は、連続で斬撃を一箇所に。障壁に弾かれる剣の音が連続して鳴り響く。数にして100、ヒビを入れれたような感覚はなし。斬撃に対して耐性が優れているのか、それとも
『どけ!』
ソウマによる念話、準備が整ったのだろう。すぐさま敵の正面から離脱する
距離を取っていたソウマが、助走を終えてその手に持つ金に燃える炎槍を投擲する。槍は空気を突き破る音を置いていき、敵へ目掛けて飛翔した
その炎は魔力の量によってその有様を変える。色は赤から金へ、込められた魔力によって巨大化する
3階建ての家屋を優に超えた金炎の槍が迫る中、敵の表情は変わることなく笑みを浮かべていた
衝突、爆発、轟音
位相を変えていなければここら一帯が簡単に吹き飛ぶほどの威力。だが、敵は先程と変わらず無傷でそこに居た
いや、待て、あの足下で光っているのは
「ソウマ! 全力で防御を!」
瞬間、大地が吼えた
~~~~~~
世間では、戦士や騎士のように魔術を扱う者を魔術士、魔法を扱う者を魔法士と呼ぶ
そして、魔導円を行使できる者を魔導士と呼ぶ
【魔導円】それは到達者の証。才能と努力、幾多の研鑽の末に会得することが出来る。効果は魔法能力の増幅、及び強化。単純に攻撃魔法の威力で見れば10倍もの効果がある
そんな魔法の到達点と言われる【魔導円】を彼女は三重で展開したのだ。1つ展開するだけでも破格すぎる効果を発揮するものを3つ、しかもその効果は乗算
魔力量や事象干渉力はクウガが圧倒していたが、三重魔導円によってそれを超えて位相変化を強引に無効化し、クウガ達の足下にとてつもない威力の噴火を引き起こした
位相の変化が消されてしまったことで大地が割れ、家屋は倒壊した
クウガとソウマは炎に呑まれ……
~~~~~~
時間の経過と共に記憶に変化が起きている。何が出来て何が出来ないのか、私は何を思って何を決意したのかを
人に罰を、奴に死を
姉さんを裏切った人間という種に存在する価値は無い
先の2人はあれで死んだだろう。感じた圧力に比べて強かったのには多少驚いたが、私の防御は破れず、私の扱える中でも切り札級の魔法を喰らわせてやったのだ
あれで死なないのなら奴に匹敵……するみたいだね
「正直侮ってたわ。なあ」
爆炎から悠々と歩みを進めながら金の狼人が
「そうだね、侮りがあったのは認めよう」
銀の全身鎧に身を包んだ方がそれに答える
「堕ちたっつっても元人間、元武器って話だったからな。それが凄腕の元魔導士とはな」
「だからもう出し惜しみはしないよ」
一方的に言い終えるやいなや、 青緑のような雷を纏い動いた。その速さは先程よりも速く、私では反応できない速さ
だが、関係ない。私にはこの絶対の護りが
バリン
本来聞こえる筈のないその音が聞こえ、次の瞬間には視界がズレていた
遅れて感じる体がバラバラにされたような痛み
いや、本当に体がバラバラにされたのだ。そのせいで体が動かせない。能力が全力で機能し、体を治そうとする。そんな何も出来ない状態の私の視界が捉えたのは金の炎を纏い燦然と輝く獅子の姿
私は獅子に呑まれ、視界は白で塗り潰された
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