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裏側の真実

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 ルイザが重騎士団に拉致された。本人が自分の意志でついて行ったので拉致とは言えないのだが、半ば脅すように目の前で連れて行かれたグレアムにとっては、十分拉致だった。
「くそ!!」
 テーブルを拳で叩けば、テーブルの方から嫌な音が響いた。その音に工房の職人達が怯えた空気が広がっていく。しまった。ここで下手な事をするのはルイザに迷惑がかかる。
 グレアムは苛立ちを抑えながら無言のまま、上階の居住空間へ向かった。ここならば人目がない。
 深呼吸を一つして気を落ち着ける。意識の中でゴードンへの念話を繋げた。
 念話は神聖術の一つで、対個人用の通信手段である。術式を用いて個人と個人を魔導的に結びつけ、意識するだけで相手と接続できて会話をする事が出来る。
 きちんと意識内に情景を形作ることが出来れば、それをそのまま相手に伝える事も可能なため、離れた仲間に現状を伝えるのによく使われる。
 本来は宗教的意味合いの強かった術だが、今日では別の目的で使われる事が多い。
 この王都も対外的には魔導的な結界が張り巡らされているが、内部にはさほど強くはない。しかもグレアムは勇者として神殿に『登録』がなされている。登録されていないものの念話ははじかれて、最悪死に至る事もあるそうだ。
 便利な反面術式が複雑な為、一般人はほぼ使用出来ない。グレアムは討伐の際に王都中央神殿で仲間全員と結びつけていて、他の三人もその時に登録されている。今回接続する相手は当然ゴードンだ。
 別に気を落ち着けなくては念話が出来ない訳ではないが、相手が相手だ。激昂状態で念話を行ったところで欲しい情報は得られないだろう。
 王宮に連れて行かれたのならゴードンが何か知っているはずなのだ。もし知らないのであれば……最悪の事を想定して、グレアムは愛用の剣を握りしめた。
 だが何度接続しようとしても先程からはじかれるばかりだ。念話は接続先の相手が拒めば接続は出来ない。同様に相手が失神していたり就寝中などで意識がない場合も同様である。
 あまりの接続不可状態の連続に、グレアムの中で不安がふくれあがった。まさかと思うが、ゴードンが接続不能状態であった場合も、ルイザの身に危険が及ぶ確率が格段に高くなる。
 何度目かの接続に失敗した時点で、部屋を飛び出そうとしていたグレアムの意識に、不意に念話の接続依頼が飛び込んで来た。しかもゴードンである。
『ゴードン!! 今まで何やっていた!』
 やっと繋がった相手にいきなりの暴言だった。しばしの沈黙の後、呆れたような声が頭に響いた。
『少しは落ち着いてください。彼女は無事です』
 その一言でグレアムの肩から力が抜けた。ゴードンはこの手の事で嘘を吐くような人間ではない。
『今回の事は、一体どういう事だ!?』
『詳しくはこちらをどうぞ』
 そう言って念話を通じて送られてきた情景は、王宮内の一室のようだ。視点はゴードンのものになるので、彼が見ている現在の情景を送って来ている。
 彼の目の前のソファに座っている後ろ姿は、ルイザだ。そしてその前に座っているのはこの国の第一王女で王位継承権第一位のカレンである。
『王女が?……』
 何故王女が彼女を呼びだしたのか、理由がわからなかった。しかも重騎士を使ってまで。
 首を傾げるグレアムの意識に、念話はその場の会話もそのまま伝えるように聞こえてきた。
『勇者様はいくらかは考えているようだけど、まだ甘くてよ。貴族の連中というものは、こちらが考えつかないような事を平気で仕掛けてくる者達ですからね。もちろん気の良い者達も存在しますけど、やはり少数派ですわ』
 その一言で理解した。あれはこちらに危機感をもたせる為の芝居だったのだと。
 そんなものに荷担した重騎士連中も腹立たしいが、計画立案した当の王女の方がさらに腹立たしい。
 だが一番はやはり自分に対してだった。警戒しているつもりでいて、その実そういった事に慣れている人間から見たら穴だらけだったという事を突きつけられたのだ。
 己の甘さがルイザを危険にさらす事になった。その事実がグレアムを打ちのめした。
 守れると、守っていると思っていた。だが現実はこれだ。この先同じ事が起きない保証はない。そういう意味ではカレンのやった事は、荒療治ではあるが確実に効いた。
『今から迎えに行く』
『いや、今はやめておいた方がいいでしょう』
 ゴードンの意外な言葉に、グレアムは訝しんだ。だが王宮という、違う意味での魔王城のような場所で長年生き残ってきた彼だ。何か思うところがあるのかも知れない。
『何故、と聞いていいか?』
『ルイザさんの説得は殿下に任せた方がいいでしょう。今回の事で大分理解出来たでしょうし。それにこれから先は対処もしやすくなります』
『どういう意味だ?』
『王女殿下がご自身の紋章をルイザさんに渡されました』
 その意味を、グレアムは正しく理解した。つまりは王女自らがルイザの後ろ盾になるというのだ。
 確かにこの国の王女でしかも王位継承権第一位の身だ。国王に次ぐ力を持っていると思っていい。貴族連中にはいい牽制になるだろう。
 王女は顔こそ母親似だが、性格の方は『あの』父親似で抜け目がない。これに経験が伴えば良くも悪くも偉大な為政者となるだろう。だがそれを正しく理解している貴族がどれほどいるのか。
 連中は自身の利益が絡む事には目敏いが、それ以外の事では愚鈍と化す事が多いのはグレアムも知っている。
 そんな者ばかりではないのも知ってはいるが、不思議と身分と地位が上がれば上がるほどそうなる傾向にあるようだ。
 そんな世界で幼い頃から育っていれば、あのようになっても不思議はないのか、と妙に納得出来る気もした。だからといって誰もがああなれる訳ではないが。
 だがその王女がそこまでルイザに肩入れする意味が理解出来ない。ルイザに恩を売ったところで、それを自分が返すとは保証されていないのだ。
『……何故王女がそこまで?』
『警戒する必要はありませんよ。殿下のお言葉を借りれば、この国に留まり続けてもらう為の必要経費のようなものです。殿下にとっては勇者が国内に留まる事が最重要で、他は些末事のようです』
 実際に使う事が出来ない『武器』でも、見せびらかして相手を脅すのには使えるという訳だ。
 短期間とはいえ王宮で貴族社会を見たグレアムは、そう見当を付けた。本当に抜け目がない、と思うのと同時に、そのおかげでルイザが守られるのであれば、何でも利用する気でもいる。自分自身の『勇者』という肩書きさえも。
 元々はこの肩書きのせいで巻き込まれている問題だ。ならば盛大に利用させてもらおう。
『今後同様の事が起こった場合の、王宮の関わり方はどうなるんだ?』
 今はこの件に関してはゴードンに聞くのが早い。彼もバカではない。こちらが聞いてくる事は想定済みであの狸とその娘との打ち合わせはとっくに終了しているだろう。おそらくはこの犠牲祭の間に。
『事が起こった時には王宮は表裏共に全面的に協力する体制を整えています。ご安心を』
 ゴードンから返ってきた言葉は、グレアムの予想以上の内容だった。一国の王宮という組織そのものが、勇者の婚約者とはいえ一般人にそこまでするとは。
 ならば王女の後ろ盾もその一部ということか。だとするなら今回の件は国王も一枚噛んでいるはずだ。
 この国の国王は変わり種だというのは、社交界では有名な話である。本来は王位からはほど遠い場所に存在し、自身ももちろん周囲も、彼が王位に就くなど夢にも思わなかった。
 それが激変したのは、今から二十年以上前にある伝染病が猛威を振るった時だった。貴族の中でも相当数の死者が出た。もちろん、王族の中でもだ。
 主立った継承権保持者はもちろんの事、傍流と呼ばれる存在までが全滅した。年老いた国王だけが残ったのはもはや皮肉以外の何ものでもないだろう。
 そんな中で見いだされたのが、今現在の国王、バーナビー・ジャスパーその人である。
 彼は愛人の子として生まれ、しかも生母の身分が低い為貴族の称号も与えられず下町で庶民の子として育った。
 当然下町でも伝染病は流行り、死者も出ているがバーナビーは生き残った。そんな彼を見つけ、王宮に招き入れようとしたが、本人が嫌い逃げ回っていたという。
 そんな彼が王宮に入り、高等教育を受けて王位を継ぐまでになった裏には、現レイン公爵、レジナルドの功績が大きい。
 レイン公爵家は元々非常に強力な魔導の才能を持つ人間を多く輩出する事でも知られているが、一つ表だって知られていない能力があった。
 公爵家の当主となるものは、真実の王を見いだす。実際レジナルドの父、バイロン・ジョン・ギデオンは、二度の王位継承に立ち会っているが、どちらも王太子ではない王子に与し、彼が選んだ王子が結果的には王位に就いている。
 こうして代々続いた王室というよりは王個人と、公爵家というよりは公爵家当主個人との関わりは密接だ。時には親友として、時には相談役としてお互いに影響を与え合ってきた。
 その公爵家の当時次期当主と目されていたレジナルドは、放蕩者として社交界でも親類筋でも有名だった。とうとうレイン公爵家がつぶれるのか、と周囲が嘆いていたが、彼は遊び場にしていた下町でバーナビーを見いだしている。
 その後お互いの素性が知れた後は、レジナルドは己の運命に従い、自分の主たる真の王としてバーナビーを支持する。
 バーナビーもレジナルドに説得され、王宮に入り王位継承の準備に入った。当初は危ぶまれていたバーナビーの戴冠は、その後三年ほどで実現する。
 その裏に血のにじむような彼の努力があったのを知っているのは、わずかな人数だけであり、当然レジナルドもその一人に数えられた。
 バーナビーとレジナルドの関係は、その後も公私にわたる。故郷にいた公爵に聞いた話が頭をよぎる。
 ──陛下は色々と手を打っておいでだよ。決して悪いようにはしない
 それには何も返せなかった。信じていいのか判断がつかなかったのもあるが、手を打つというその範囲も気にはなった。
 だが今回の件でルイザまでその範囲に入っていると知り、少し気が楽になったのも事実だ。
 守るつもりではいるし、それだけの力を持っていると自負している。だが世の中力だけではどうにもならない事があるのも、グレアムは知っていた。
 正直権力を持つ人間の手を借りられるのは助かる。彼らが求めるのが勇者の力である限り、応えてはいけるだろう。いつまでかはわからないが。
『……助かる』
『勇者殿一人では手の届かない部分もあるでしょう。さしあたっては危険度の高い人物はこちらで洗い出しておきます。ですが重々気をつけてください』
『わかっている』
『ルイザさんはこれから王宮を出ます。責任を持って送り届けますので、ご安心を』
 そう言ってゴードンは接続を切ってきた。これまでのようにはいかない。その分引き締めなくてはならなかった。
 ──ルイザ……
 愛しい名前を唱えてみる。例え何があってもこの手は離さない。それがルイザの希望だったとしても。


※珍しいグレアム視点の話
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