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累計PV100万突破記念
植物園に行こう! 3
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大温室は高さのある建物ではあるが、階数はない。その代わり背の高い、王都周辺ではみかけない、南の方の植物が多く植えられている。
その大きな葉を持つ木の影におかれたベンチで、エセルは一休みをしていた。
「疲れてるわね」
隣に座るアリエルが顔を覗き込む。エセルはそれに苦笑を返した。
「まあね。ここ最近注文数が増えてるから。嬉しい悲鳴って所かしらね」
「そうね……新聞によれば、勇者様の方も順調そうだし、そのせいか祝賀会と称して夜会も多いようだしね」
貴族などとなれば、面子の為にも毎回同じドレスで夜会に出る事など出来ない。夜会の回数が増えれば増える程、着ていく為のドレスを新調しなくてはならないと言う訳だ。
「まあ同業者も忙しいみたいだしね。景気のいいのは良いことだわ」
「そうね。じゃあ明日からの激戦にそなえて、ここでもう少し英気を養っておかないとね」
そういってアリエルはエセルと顔を見合わせて笑った。二人は年齢的に近いものがある。エセルにとってアリエルは、マキシーン、エルヴィラとはまた違った意味で頼りになる仲間だった。
「あら、こんなところで」
声のした方を見れば、マキシーンがこちらに向かって歩いてくるのが見える。周囲には人は見当たらない。
「マキシーン。一人なの?」
「ええ。他の子達とはぐれちゃった」
そういってぺろりと舌を出すマキシーンは、仕事をしている時よりも幼く見える。
実はこちらが彼女の『素』で、普段の仕事の時の方が作っている状態だ。付き合いの長いエセルはそれを承知しているし、アリエルも最初は少し驚いたが、今では慣れている。
「時間まではまだあるわよね?」
「神殿の鐘が鳴ってないから大丈夫でしょう」
神殿では昼には鐘を鳴らして時間を知らせてくれる。他にも朝だの夕方だのに鳴らすのだが、それで大まかな時間を計るのが習慣になっている。
「そういえばルイザには誰かついてるかしら?」
エセルは相変わらずの面倒見の良さで、ルイザの事を心配した。本当は自分が側についていようと思っていたのだが、気がついたらはぐれてしまっていたのだ。
ルイザも子供ではないから、迷子という事はないと思いたいが、慣れない場所では心細いのではないだろうか。
「来る時みかけたら、エルヴィラが一緒だったみたい。他にもエリノーラとかアグネスとかメリンダがいたけど」
「ああ、なら平気ね」
最悪ルイザだけだと昼時をどこで過ごすか、わからないだろう。だが今マキシーンが言った面子が一緒なら、問題はない。
「相変わらずね、エセル」
安堵したエセルの顔を見ながら、マキシーンはくすくすと笑った。
「何が?」
「面倒見が良いって事よ、ね? アリエル」
「そうそう」
「しょうがないでしょ。性分なのよ、もう」
その一言にも、マキシーンとアリエルは笑っている。だがそのエセルの性分のおかげで、工房内は大きなもめ事もなく今に至るのだ。面と向かって行った事はないが、二人ともエセルには感謝している。
「あら? 三人ともここにいたの?」
声の方を見れば、ベアトリックスがにこにことしながらこちらに来るところだ。彼女も一人である。
「あら、そっちは一人?」
「うん、はぐれちゃった」
マキシーンと同じ内容を言った為、エセル達は吹き出して笑った。その笑いの意味がわからないベアトリックスは、一人ぽかんとしている。
「ああ、ごめんごめん。別にベアトリックスが悪い訳じゃないのよ」
「さっきマキシーンが同じ事言ってたから」
「ああ」
ベアトリックスの方もその言葉で納得がいったようだ。軽く頷くと、エセル達が座っている横に腰を下ろした。マキシーンはまだ立っている。
エセル達お針子と違って、彼女とエルヴィラのやっている型紙制作は、立ち仕事が多い。余所はどうだか知らないが、彼女達に関しては立ってやった方が効率がいいのだそうだ。
それにオーガストについて外回りもこなす二人は、細い見た目に反して結構な体力がある。
「あー、四人でこんなとこにー!」
今度は誰かと見れば、パトリシア、ジェーン、セシリア、マライアの四人だ。四人とも小物の部門で、ジェーンとセシリアは同じバッグを扱っている。そのせいか工房内でも一緒にいる姿をよく見かけていた。
「そういうあんた達は、四人で回ってたの?」
「そう。大人数でぞろぞろ回るような所でもないでしょ? だから」
アリエルの問いに四人を代表する形で、マライアがそう言った。
「それにいつの間にか後続がいなくなってたし」
「……それ置いていったって事じゃないの?」
「え? 別に置いていってないよ? 気づいたらいなかったんだし」
セシリアの言葉に、エセルとアリエルは顔を見合わせて苦笑した。
大温室内に、鐘が鳴り響いた。植物園と王都中央神殿は、隣り合わせまではいかないが、とても近い場所にある。鐘は王都中央神殿のものだろう。
「あら、そろそろ昼時ね」
天井付近を見上げながら、エルヴィラが言った。
「本当」
神殿で鳴らす鐘は、朝昼夜の他に、朝と昼の間に一回、昼と夜の間に一回鳴らされる。今のは昼の鐘だ。
「じゃあ行きましょうか」
そう言って先導するのはエルヴィラだ。あの後、ルイザとエルヴィラはエリノーラ達と一緒に回っていた。大温室は広く、入ってから今まで巡っていたが、まだ見ていない部分がある程だ。
「行くってどこへ?」
「お昼食べる場所よ」
それだけ言うと、エルヴィラはゆっくりと進んで行く。今いる場所は大温室の西翼に当たる場所だ。大きな植物よりは、小さめの花が多く植えられている。どれも近場では見かけない種類ばかりだ。
エルヴィラは中央部分にある出入り口の方へ戻っている。そのまま出入り口から外へ出るのかと思えば、それとは反対方向へ向かっている。
やがて小さな裏口のような出入り口から外へ出た。こちらは大温室の裏側に当たる。方位の関係上、日陰になるかと思いきや、大温室の硝子を透かした日差しがたっぷり降り注いでいる。
所々温室内の植物による日陰も出来ていて、丁度良い状態だ。その裏側に、さほど広くない芝生が広がっている。
「ここ、穴場なのよ」
そういって笑うエルヴィラに、エリノーラやアグネス達も同意していた。
「前にもみんなでここ来た事あるのよね」
「その時もここでお昼だったの」
「ルイザは来るの、初めてだから、お昼までには誰かしらが側についていようって話に決まってたのよ」
エリノーラのその一言を聞いて、ルイザは得心がいった。あの時エルヴィラがいたのは、決して偶然ではなかったのだ。
優しい気遣いに胸が熱くなる思いがした。思えば工房に入ってからこちら、いつもそうした小さな気遣いを受けていた。
いつか還せる時が来るのだろうか。いや。
──還せるようにならなきゃ
そう思いつつ、手にしたバスケットの持ち手をぎゅっと握った。
昼食を食べる場所に一番のりだったのはアリスンだった。
「あら、アリスン、やっぱり一番ね」
「睡蓮見てたから」
睡蓮の池は、裏口のすぐ側にある。そこで鐘の音を聞いて移動すれば、一番早く着くのは当然だった。
「相変わらずね」
「あったっけ? 睡蓮」
「ええ。木の陰になってて見えなかった? 裏口からまた中に入ればすぐ見えるわよ」
ルイザの疑問にエルヴィラが何でもない事のように答えた。
「あー、やっぱりもう来てるー」
いつも元気なエミーの声が響いた。振り返れば裏口の所に本人がいた。他にも三人一緒にいる。
「相変わらずその面子で回ってたの?」
「ふふん! ちょっとした作戦会議よ」
そう言って胸を張るエミーを見て、エリノーラとエルヴィラが笑った。
「どうせまた屋台での買い食い計画でも立ててたんでしょ」
「エセル!」
エミーが振り返ると、そこには確かにエセルがいた。
「食べるのはいいけど、お腹壊さないように気をつけなさいよ」
「子供じゃないわよ!」
芝生に持ってきた敷布を敷ながら、エミーとエセルのいつもの掛け合いを見て笑う。しゃべりながらも手が動くのは、仕事の時と同じだ。
すぐに支度は調い、それぞれ持ってきたお弁当を開けている。どうせだからとみんなのを一斉に広げ、どれを誰が食べてもいいようにしたのだ。
「あ、これ美味しい」
「本当。焼き肉のたれが絶妙よ。誰の?」
「はーい」
手を上げたのはエリノーラだ。実は彼女、工房内でも料理上手で通っている。昼食当番が彼女に当たると、工房内のいずこからか歓喜の声が上がるのだ。
「やっぱりー! 相変わらずエリノーラの作る料理は美味しい!」
「あ、ねえ、こっちのも美味しい」
「あれ? これは誰の?」
「あ、はい」
言われて思わずルイザも右手を挙げてしまった。一瞬しんとしたその場に、しまったと思ったがもはや手遅れである。だが次の瞬間。
「えー! これルイザが作ったの!?」
「私ももらうー。あ、本当においしい」
「えー? お昼作る時は普通だったよね」
「てか味付けまでやったっけ?」
昼食当番は二人一組でやっている。作る量が多いので、手分けしてやらないと大変なのだ。
これまでルイザも何回か昼食当番に当たったが、その際に組んだ相手に味付け等は全て任せていた。下ごしらえの皮むきや煮込みの見張りなどは率先してやるので、組んだ相手にも嫌がられた事はない。むしろ喜ばれている。
出身が地方の方なので、王都とは味付けが違うのでは、と思ってした行動だった。まさかここでその味付けを披露する事になるとは思わなかったが。
──しかも何気に喜ばれてる? 普段とは違う味付けって事で新鮮みがうけたのかしら?
工房の面々はみんなそれぞれ料理上手だ。エリノーラは断トツだが、それ以外の人でも、そこそこの料理は作るのだ。最初は出来なくても、当番で組んだ相手に鍛えられてその腕は上達していく。
そのため昼食当番の組み合わせは、エセルが細かい部分まで考えて組んでいるのだ。工房のまとめ役は、気配りと全体を見る目が要求される位置である。エセルは適任だった。
「なんだー、ルイザも料理うまいんなら次の当番の時には仕上げ全部ルイザにやってもらおうかな」
「え?」
エミーのつぶやきに、ルイザは驚いて声の方を見る。だがエミーだけでなく、レベッカやマリアンも同様の事を言い出した。
「その代わり下ごしらえはばっちり引き受けるから」
「あれ? でも次の当番、いつで誰と組むんだっけ?」
「工房行かなきゃわからないわよ」
そんな他愛もない会話を繰り広げながら、昼食は進んでいった。
その大きな葉を持つ木の影におかれたベンチで、エセルは一休みをしていた。
「疲れてるわね」
隣に座るアリエルが顔を覗き込む。エセルはそれに苦笑を返した。
「まあね。ここ最近注文数が増えてるから。嬉しい悲鳴って所かしらね」
「そうね……新聞によれば、勇者様の方も順調そうだし、そのせいか祝賀会と称して夜会も多いようだしね」
貴族などとなれば、面子の為にも毎回同じドレスで夜会に出る事など出来ない。夜会の回数が増えれば増える程、着ていく為のドレスを新調しなくてはならないと言う訳だ。
「まあ同業者も忙しいみたいだしね。景気のいいのは良いことだわ」
「そうね。じゃあ明日からの激戦にそなえて、ここでもう少し英気を養っておかないとね」
そういってアリエルはエセルと顔を見合わせて笑った。二人は年齢的に近いものがある。エセルにとってアリエルは、マキシーン、エルヴィラとはまた違った意味で頼りになる仲間だった。
「あら、こんなところで」
声のした方を見れば、マキシーンがこちらに向かって歩いてくるのが見える。周囲には人は見当たらない。
「マキシーン。一人なの?」
「ええ。他の子達とはぐれちゃった」
そういってぺろりと舌を出すマキシーンは、仕事をしている時よりも幼く見える。
実はこちらが彼女の『素』で、普段の仕事の時の方が作っている状態だ。付き合いの長いエセルはそれを承知しているし、アリエルも最初は少し驚いたが、今では慣れている。
「時間まではまだあるわよね?」
「神殿の鐘が鳴ってないから大丈夫でしょう」
神殿では昼には鐘を鳴らして時間を知らせてくれる。他にも朝だの夕方だのに鳴らすのだが、それで大まかな時間を計るのが習慣になっている。
「そういえばルイザには誰かついてるかしら?」
エセルは相変わらずの面倒見の良さで、ルイザの事を心配した。本当は自分が側についていようと思っていたのだが、気がついたらはぐれてしまっていたのだ。
ルイザも子供ではないから、迷子という事はないと思いたいが、慣れない場所では心細いのではないだろうか。
「来る時みかけたら、エルヴィラが一緒だったみたい。他にもエリノーラとかアグネスとかメリンダがいたけど」
「ああ、なら平気ね」
最悪ルイザだけだと昼時をどこで過ごすか、わからないだろう。だが今マキシーンが言った面子が一緒なら、問題はない。
「相変わらずね、エセル」
安堵したエセルの顔を見ながら、マキシーンはくすくすと笑った。
「何が?」
「面倒見が良いって事よ、ね? アリエル」
「そうそう」
「しょうがないでしょ。性分なのよ、もう」
その一言にも、マキシーンとアリエルは笑っている。だがそのエセルの性分のおかげで、工房内は大きなもめ事もなく今に至るのだ。面と向かって行った事はないが、二人ともエセルには感謝している。
「あら? 三人ともここにいたの?」
声の方を見れば、ベアトリックスがにこにことしながらこちらに来るところだ。彼女も一人である。
「あら、そっちは一人?」
「うん、はぐれちゃった」
マキシーンと同じ内容を言った為、エセル達は吹き出して笑った。その笑いの意味がわからないベアトリックスは、一人ぽかんとしている。
「ああ、ごめんごめん。別にベアトリックスが悪い訳じゃないのよ」
「さっきマキシーンが同じ事言ってたから」
「ああ」
ベアトリックスの方もその言葉で納得がいったようだ。軽く頷くと、エセル達が座っている横に腰を下ろした。マキシーンはまだ立っている。
エセル達お針子と違って、彼女とエルヴィラのやっている型紙制作は、立ち仕事が多い。余所はどうだか知らないが、彼女達に関しては立ってやった方が効率がいいのだそうだ。
それにオーガストについて外回りもこなす二人は、細い見た目に反して結構な体力がある。
「あー、四人でこんなとこにー!」
今度は誰かと見れば、パトリシア、ジェーン、セシリア、マライアの四人だ。四人とも小物の部門で、ジェーンとセシリアは同じバッグを扱っている。そのせいか工房内でも一緒にいる姿をよく見かけていた。
「そういうあんた達は、四人で回ってたの?」
「そう。大人数でぞろぞろ回るような所でもないでしょ? だから」
アリエルの問いに四人を代表する形で、マライアがそう言った。
「それにいつの間にか後続がいなくなってたし」
「……それ置いていったって事じゃないの?」
「え? 別に置いていってないよ? 気づいたらいなかったんだし」
セシリアの言葉に、エセルとアリエルは顔を見合わせて苦笑した。
大温室内に、鐘が鳴り響いた。植物園と王都中央神殿は、隣り合わせまではいかないが、とても近い場所にある。鐘は王都中央神殿のものだろう。
「あら、そろそろ昼時ね」
天井付近を見上げながら、エルヴィラが言った。
「本当」
神殿で鳴らす鐘は、朝昼夜の他に、朝と昼の間に一回、昼と夜の間に一回鳴らされる。今のは昼の鐘だ。
「じゃあ行きましょうか」
そう言って先導するのはエルヴィラだ。あの後、ルイザとエルヴィラはエリノーラ達と一緒に回っていた。大温室は広く、入ってから今まで巡っていたが、まだ見ていない部分がある程だ。
「行くってどこへ?」
「お昼食べる場所よ」
それだけ言うと、エルヴィラはゆっくりと進んで行く。今いる場所は大温室の西翼に当たる場所だ。大きな植物よりは、小さめの花が多く植えられている。どれも近場では見かけない種類ばかりだ。
エルヴィラは中央部分にある出入り口の方へ戻っている。そのまま出入り口から外へ出るのかと思えば、それとは反対方向へ向かっている。
やがて小さな裏口のような出入り口から外へ出た。こちらは大温室の裏側に当たる。方位の関係上、日陰になるかと思いきや、大温室の硝子を透かした日差しがたっぷり降り注いでいる。
所々温室内の植物による日陰も出来ていて、丁度良い状態だ。その裏側に、さほど広くない芝生が広がっている。
「ここ、穴場なのよ」
そういって笑うエルヴィラに、エリノーラやアグネス達も同意していた。
「前にもみんなでここ来た事あるのよね」
「その時もここでお昼だったの」
「ルイザは来るの、初めてだから、お昼までには誰かしらが側についていようって話に決まってたのよ」
エリノーラのその一言を聞いて、ルイザは得心がいった。あの時エルヴィラがいたのは、決して偶然ではなかったのだ。
優しい気遣いに胸が熱くなる思いがした。思えば工房に入ってからこちら、いつもそうした小さな気遣いを受けていた。
いつか還せる時が来るのだろうか。いや。
──還せるようにならなきゃ
そう思いつつ、手にしたバスケットの持ち手をぎゅっと握った。
昼食を食べる場所に一番のりだったのはアリスンだった。
「あら、アリスン、やっぱり一番ね」
「睡蓮見てたから」
睡蓮の池は、裏口のすぐ側にある。そこで鐘の音を聞いて移動すれば、一番早く着くのは当然だった。
「相変わらずね」
「あったっけ? 睡蓮」
「ええ。木の陰になってて見えなかった? 裏口からまた中に入ればすぐ見えるわよ」
ルイザの疑問にエルヴィラが何でもない事のように答えた。
「あー、やっぱりもう来てるー」
いつも元気なエミーの声が響いた。振り返れば裏口の所に本人がいた。他にも三人一緒にいる。
「相変わらずその面子で回ってたの?」
「ふふん! ちょっとした作戦会議よ」
そう言って胸を張るエミーを見て、エリノーラとエルヴィラが笑った。
「どうせまた屋台での買い食い計画でも立ててたんでしょ」
「エセル!」
エミーが振り返ると、そこには確かにエセルがいた。
「食べるのはいいけど、お腹壊さないように気をつけなさいよ」
「子供じゃないわよ!」
芝生に持ってきた敷布を敷ながら、エミーとエセルのいつもの掛け合いを見て笑う。しゃべりながらも手が動くのは、仕事の時と同じだ。
すぐに支度は調い、それぞれ持ってきたお弁当を開けている。どうせだからとみんなのを一斉に広げ、どれを誰が食べてもいいようにしたのだ。
「あ、これ美味しい」
「本当。焼き肉のたれが絶妙よ。誰の?」
「はーい」
手を上げたのはエリノーラだ。実は彼女、工房内でも料理上手で通っている。昼食当番が彼女に当たると、工房内のいずこからか歓喜の声が上がるのだ。
「やっぱりー! 相変わらずエリノーラの作る料理は美味しい!」
「あ、ねえ、こっちのも美味しい」
「あれ? これは誰の?」
「あ、はい」
言われて思わずルイザも右手を挙げてしまった。一瞬しんとしたその場に、しまったと思ったがもはや手遅れである。だが次の瞬間。
「えー! これルイザが作ったの!?」
「私ももらうー。あ、本当においしい」
「えー? お昼作る時は普通だったよね」
「てか味付けまでやったっけ?」
昼食当番は二人一組でやっている。作る量が多いので、手分けしてやらないと大変なのだ。
これまでルイザも何回か昼食当番に当たったが、その際に組んだ相手に味付け等は全て任せていた。下ごしらえの皮むきや煮込みの見張りなどは率先してやるので、組んだ相手にも嫌がられた事はない。むしろ喜ばれている。
出身が地方の方なので、王都とは味付けが違うのでは、と思ってした行動だった。まさかここでその味付けを披露する事になるとは思わなかったが。
──しかも何気に喜ばれてる? 普段とは違う味付けって事で新鮮みがうけたのかしら?
工房の面々はみんなそれぞれ料理上手だ。エリノーラは断トツだが、それ以外の人でも、そこそこの料理は作るのだ。最初は出来なくても、当番で組んだ相手に鍛えられてその腕は上達していく。
そのため昼食当番の組み合わせは、エセルが細かい部分まで考えて組んでいるのだ。工房のまとめ役は、気配りと全体を見る目が要求される位置である。エセルは適任だった。
「なんだー、ルイザも料理うまいんなら次の当番の時には仕上げ全部ルイザにやってもらおうかな」
「え?」
エミーのつぶやきに、ルイザは驚いて声の方を見る。だがエミーだけでなく、レベッカやマリアンも同様の事を言い出した。
「その代わり下ごしらえはばっちり引き受けるから」
「あれ? でも次の当番、いつで誰と組むんだっけ?」
「工房行かなきゃわからないわよ」
そんな他愛もない会話を繰り広げながら、昼食は進んでいった。
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