上 下
24 / 24

個人的文庫六巻記念番外編 旅は道連れ

しおりを挟む
 船内のメインプロムナードは盛況だった。

「……すっかり賑やかになったわね」

 今まで閉鎖していた店舗ばかりで、どこぞのシャッター商店街のようだと思っていた通りは、すっかり様変わりして活気に溢れている。

 店先にはスイーオネースで見られる商品が並び、呼び込みの声も賑やかだ。通りを行き交う兵士や使用人、従業員達も、心なしか浮かれているように見える。

 店を出している彼等は、王都周辺で募った商人達だ。普段なら自前で船を用立てられないような彼等をこの船に乗せた原因は、クアハウスを任せているセッテルバリの一言にある。


 ◆◆◆◆


 しばらく東域に行って留守にするので、その間のクアハウスをどうするかをセッテルバリと打ち合わせした。基本は運営の全てを彼に任せているので、アンネゲルト不在の間も通常営業するという話になっている。

 諸々の話を詰め終わり、一息吐こうとお茶を入れさせた際、彼から東域への憧れがこぼれ出た。

「それにしましても、東域ですか。我々商人の憧れの地ですなあ」
「あら、あなたは行った事がないの?」
「ええ。一度は挑戦したいと思っておりますが、何分危険ですから。臆病な私めは尻込みしてしまうのですよ」
「まあ」

 彼が言葉通りの臆病者なら、今頃アンネゲルトの目の前にはいないはずだ。口では何と言っても、彼が優秀で抜け目のない商人なのは間違いない。

 そんな彼でも、東域への船旅は危険と判断されるようだ。

「やはり、船旅は危険が付きまとうものなのかしら」
「そうですね。海賊の恐怖もございますが、嵐や難破も恐ろしゅうございます。水も食料もなくなった船で海の上をさすらう事になるかもしれません」

 嵐や難破で船が破損した場合、北回り航路では修復する場所がないという。南回りは海岸線沿いに多くの都市があるから修理も出来るけれど、基本北回り航路の海岸線に人は住んでいないらしい。

「気候が厳しゅうございますから、住むには適さないのでしょう」
「そう……ね」

 スイーオネースも寒い国だが、海流の関係でイメージする程の寒さではない。ここ以上に寒い場所では、確かに住むのは困難だ。

 ――そういえば、水の補給をするのがやっと、って話だったわね……

 今回実際北回り航路を使って東域に向かう事が決定したので、改めて説明を受けている。その際、寄港地と呼べる場所は殆どないとは聞いた。

 それでよく航路を開発出来たものだ。食料も大事だが、水がなくては人は生きていけない。他にも、航海に必要な物資の補給や痛んだ帆やロープの換えなど、帆船には必要だと言うのに。

 その点、「アンネゲルト・リーゼロッテ号」は危険が少ない。何せ、帆船なのは見かけだけで、中身は最新の魔道技術をふんだんに使った贅沢な船なのだ。

 それを使うからこそ、アンネゲルトが東域に行く事も了承された面がある。もちろん、帝国から引き連れてきて、未だにカールシュテイン島に留まっている護衛艦も引き連れていく。これ以上ない護りだ。

 本当に恵まれている。そう考えて、ふと思いついた。

「ねえ、セッテルバリ」
「はい」
「もし、私の船に乗せて東域へ行けると聞いたら、商人は集まるかしら?」

 アンネゲルトの思いつきに、セッテルバリは言葉もなく目を見開いた。



 そこからがまた大変だった。主にティルラが。

「……ごめんなさい、ティルラ」
「いいえ、問題ありません。情報部の連中はこき使われるのは慣れておりますし」
「え? 何で情報部?」
「応募してきた商人達の身元や背後関係を調べさせています。厄介な貴族と繋がっている連中は、弾きますからご安心を」

 ちょっと船に商人を乗せると提案しただけで、情報部が動くらしい。確かに、今回の東域への船旅は長期間になるし、何より王族が二人も乗っているのだ。

 東域には、薬の治療中であるルードヴィグも連れて行く。さすがに中途半端なまま王都に置いていくわけにもいかなかったからだ。

 今、彼の意識はない。体内にはいった 薬の中和と排泄を試みている最中で、その副作用なのか寝ている時間が多いのだとか。起きても意識がはっきりしないようで、受け答えは出来ない状態だという。

 ルードヴィグの身の回りの世話は、彼の愛人でありアンネゲルトの王宮侍女でもあるダグニーに一任していた。当然、彼女も連れて行く。

 問題は、もう一人の王宮侍女であるマルガレータだ。

「どうしよう……」
「マルガレータ様の事ですか?」
「うん……連れて行くのは構わないんだけど、アレリード侯爵夫妻が何て言うか……」
「あのお二方なら、マルガレータ様にとっていい経験になるとお思いになるのでは?」
「うーん……でも、未婚のお嬢さんだからなあ。やっぱり置いていくのが正しいのかなあ?」
「その辺りは、本人交えて侯爵夫妻とお話しされては?」
「やっぱりそうなるかー……王都での保護者だもんね」
「……マルガレータ様は成人なさってますから、後見役というのが正しいでしょうね」

 そういう言い方もあったか。ともかく、彼女に関してはアレリード侯爵夫妻……特に夫人の意見が不可欠だ。

「とはいえ、出来ればマルガレータ様も連れていきたいところですが」
「何か、理由があるの?」
「王太子殿下のご乱心、あの方も見ていますよ」
「あ」

 そういえば、アンネゲルトの控え室まで突撃かました際、マルガレータも同じ控え室にいた。いくら薬を盛られていて精神的におかしくなっていたとはいえ、帝国皇太子もいる控え室を襲撃したのだ。外に漏れれば大変な醜聞となる。

 その場でマルガレータにも口外しないよう誓ってもらったが、より安全を期する為には外遊に連れて行った方がいい、というのがティルラの意見である。

「私としては、折角王宮侍女になってくれたんだから、出来るだけ側にいてほしいって思うんだけど」
「それも含めて、侯爵夫人を口説き落としてくださいね」

 にっこり笑うティルラに、無理難題を言われた。



 その後、スケジュールを調整してもらって、マルガレータを同席させてアレリード侯爵夫妻と話し合う時間を設けてもらった。

「という訳で、東域に行くのにマルガレータも連れて行きたいと思うのだけど、いいかしら?」
「ええ、もちろんですとも。私としましては、無理にでもこの子を連れて行ってほしいと思ってますのよ」
「侯爵夫人?」
「叔母様?」

 アンネゲルトとマルガレータの声が重なる。彼女達の訝しむ視線に、侯爵夫人はにっこりと笑った。

「国の外に出るというのは、思っている以上に経験を積む事が出来ます。それは、妃殿下も感じておられる事かと。マルガレータは、生まれてこの方国から一歩も外に出た事がありません。普通、女が国外に出るというのは大変な危険を伴います。ですが、妃殿下の外遊に同行するのであれば、危険度はぐっと下がるでしょう。いい機会です。マルガレータ、外に出て、経験を積んでらっしゃい」

 立て板に水。アンネゲルト達が口を差し挟む余地すらなく、アレリード侯爵夫人の独擅場だ。

 その内容は正論なので、反対意見が見つからない。無言のままでいると、夫人の隣からアレリード侯爵がのんびりと意見を口にした。

「まあ、国外に出てみるのはいい事だと、私も思うよ。それに、東域にはこちらにない品も多い。それらを見て回るのも、楽しいのではないかな?」

 後見役の夫妻の後押しもあり、マルガレータの外遊参加はここに決定した。


 ◆◆◆◆


 出発までに関係各所が大変な目に遭っていたようだが、ともかく無事に出航出来た。今は北の海を順調に航海中だ。

 この「アンネゲルト・リーゼロッテ号」ならば、途中での補給を必要としない。必要な物資は、全てスイーオネースで積み込んでいる。

 食材の保管が一番のネックになるが、船内には新鮮な食材を加工する部署があり、そこで加工、冷凍に回される食材も多い。

 また、どうしても新鮮なまま使いたい食材に関しては、帝国の魔導技術が役に立った。そのおかげで、水も食料も酒やその他の飲み物も不足する事はない。

 希に出没するという海賊の被害も、今のところ皆無だ。遭遇してはいるようだが、全て追い払うか撃退している。報告だけ受ける形だけれど、情報はアンネゲルトの手元にも上がってきていた。

「北の海にも、海賊って出るのね……」
「スイーネースの商船が行き来しますから。ただ、今の時期は航海に向いていませんから、海賊も開店休業だと思ったんですけど」
「働き者な賊だこと」

 海賊が働き者とはこれ如何に。だが、季節外れにまで獲物を探して出回るのだから、それ以外の感想が出てこない。

 メインプロムナードの賑わいを眺めつつ、そぞろ歩く。平和な事はいい事だ。たとえつかの間のものだとしても。
 スイーオネースに戻れば、問題が山積みでやってくるのだ。今ここでくらい、のんびり過ごしたって罰は当たるまい。

 アンネゲルトは、日差しが差し込むプロムナードを眺めつつ歩いていった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

黄ばみ兎
2021.10.28 黄ばみ兎

全巻、電子書籍で購入いたしました。完結しても、こぼれ話を読むことが出来ることが有難いです。

斎木リコ
2021.10.28 斎木リコ

ありがとうございます。
大分遅れ気味ですが、文庫化記念番外編は最終巻分まで書きます。

解除

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

幸せな人生を目指して

える
ファンタジー
不慮の事故にあいその生涯を終え異世界に転生したエルシア。 十八歳という若さで死んでしまった前世を持つ彼女は今度こそ幸せな人生を送ろうと努力する。 精霊や魔法ありの異世界ファンタジー。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

とある中年男性の転生冒険記

うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。