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赤硝子の城
赤硝子の城(3)
しおりを挟む食事の後は場所を大広間に移した。観覧席が設けられ、タイガはテレサと共に腰かける。奇術師は鳩を飛ばし、道化は人形に恋する物語を演じた。楽師が音楽を奏でるとタイガはテレサをダンスへと誘った。スローテンポの曲に合わせ、手を取り合い歩くように踊る。一曲踊り終わると、早いテンポの曲調へと変わった。この踊りは”バティスの踊り”といって、国外から入ってきたものだ。リズミカルなダンスの起源は庶民の踊りが最初だった。それを宮廷風にアレンジされたものがカナトスにも伝わった。向かい合った男女が床を踏み鳴らし、飛んだり跳ねたり。大公がタイガの元へとやってきた。
「皇子様どうかお願いです。私に代わって娘の相手をしてやってください」
礼儀として断るわけにはいかない。タイガは本心を隠し、にこやかにクローディアの手を取った。
「それでは一曲、私と踊っていただけますか?」
決まり文句を言うと、金髪の乙女は、ほんのり頬を染めて辞儀をする。タイガはクローディアを連れて、二列に並んだ男女の先頭へと進み出た。
三拍子にあわせて笛の音が響く。黄金の髪を輝かせてクローディアは羽根のように舞う。正確なステップに、来賓たちはため息混じりに見惚れた。これが、黒髪のリリスだったらどうだろう。躍っている間も、タイガの気持ちは想い人に馳せる。月光に映し出されたカナトス湖の物静かな情景を思い浮かべた。二人だけで過ごしたあの夜ーー。ガゼボにいたリリスの顔を思い出そうとする。ミルクのような肌色、紫色の瞳ーー。今宵も彼女に逢いたい。タイガはクローディアの青い瞳の中にリリスを視ていた。
夜は更けていく。結局気がつけば四曲も踊っていた。これで最後というときになって、クローディアが息を切らし、タイガにしなだれかかった。
****************************************
そのころオルレアン大公は、娘をタイガの妻にするために、皇子の側近を抱き込めないか思案していた。
大広間の壁に同化するように立っている従者のコンラッドに目を留めた。城での評価は、当り障りなく、そつなく仕事をこなす人物として知られている。ただし、つかみどころがない。抱き込むにはやりにくい人物であることは間違いないと思われた。大公は従者の内心を探ろうと、酒をついだ二脚のグラスを手に持って、従者に近寄った。
「コンラッド君、お役目ご苦労。皇子の無事の帰還を祝し一杯どうだ?」
オルレアン伯爵はねぎらいの言葉をかけると、やや強引に酒をすすめた。
「伯爵閣下、恐れ入ります。ーーですが、職務中の酒は遠慮いたしております」
コンラッドはうやうやしく断る。
「貴君にプライベートなどなかろう? それに、私はそなたが今上王に仕えておったころからの顔見知りであるぞ。まったくもって知らぬ中でもなかろうに」
「申し訳ございません」
頑なに断るコンラッドに大公は苦笑いを浮かべる。
「いたしかたあるまい。血気盛んな若い皇子に仕える貴君への、せめてもの心遣いの酒を、私一人で飲むとしよう。それにしてもだ。倒れられた王様のことで気苦労が絶えぬであろう」宴のざわめきの中、オルレアン伯爵はよりいっそう声を潜め話しかけた。「して、ーーここだけの話、王の具合は本当のところはどうなのだ?」伯爵は本題に入る前の布石を打った。
「昨日、東殿長が貴族院で述べた通りでございます」
東殿長とは王の暮らす東御殿の従者長のことだ。王ともなれば身の回りから、政務までを数人の従者が補佐をする。昨日、そのトップが貴族院の議会に王の容態を説明するために呼び出された。
「東殿長が言った、王に快復の兆しがあるとの説明。あれは誠なのか? 」
「そのように我々も伺っております」
「鵜呑みにしてだいじょうぶか? 悠長に構えていて、皇子も我々も足元を掬われるようなことはあってはならない、そうは思わんかね?」
主人である皇子が粛清されれば、側近も粛清の対象だ。そのことをコンラッドは重々承知しているはずだった。
「御心配にはおよびません、王様は必ずやご快復なさいます」
これ以上話を続けたくないのか、コンラッドは鉄の鎧戸を閉じるがごとく姿勢を正した。
不意に、伯爵は若かりし頃のエピソードを思い出した。成り上がりの貴族が王と近づきになろうとしたことがあった。当時、まだ王様付きの従者であったコンラッドに目をつけた。貴族は機嫌を取ろうと画策したのだが、取り付く島もなく、しっぺ返しを食らった場面を思い出したのだ。
やはりこの男は一筋縄ではいかない。こちらが腹を割っても、用意した舟に乗ってこないのだ。話は仕舞いとばかりに前を向く従者の視線の先に、クローディアと皇子がいた。タイガの瞳に合わせるように淡いスミレ色のドレスを身に着けたクローディア。皇子の夜会服によく映えた。淑女は金髪をなびかせながら、しとやかに舞う。
”美男美女のお似合いのカップル”
客人らは踊る二人にため息を漏らした。
「他意はない、ただ、私も歳だ。年を重ねるごとにせっかちにもなる。皇子と愛する娘と、若者たちの行く末を案ずるがゆえのことだ」
コンラッドに聞かせるように、伯爵は独り言をつぶやいた。
タイミングよくクローディアが皇子にしなだれかかる。無表情のコンラッドがやや眼を見開いた。大広間の暗がりで、大公夫人が女官のローザに話しかけているのが見えた。
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