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リオン城

アーロンの見解

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 その夜、タイガはアーロンと食事をともにしていた。献立は皿に乗っているのは鮎のカツレツにリンゴのジャムと豆を添えたものだった。さっくりと香ばしく、葡萄酒によくあった。
「川魚なんて初めてです。俺が育った国はバルトニアですから、海の魚しか食べたことがありません」
「それでどうだ? 食べてみた感想は?」
 返事を訊くまでもなくアーロンは口いっぱいに頬張っている。
「うまいです」
「鮎のカツレツはカナトスの名物料理だ。リヨン湖で獲れた新鮮な鮎だから臭みもなく、うまいはずだ」
 一方、タイガは食欲がなく、半分も食べないうちにフォークをおいた。コンラッドに下げさせると、代わりに生肉を持ってこさせた。タイガは指を鳴らして、金のとまり木にいるマリーを呼びよせた。
 子供のドラゴンは、テーブルの上に舞い降りると、鋭い爪を立て、カチカチいわせながらぴょんぴょん飛び跳ねた。摘まんだ肉を親鳥みたいに口の中に落としてやるのだった。マリーは噛むことなく丸呑みする。小さな炎を出して喜んだ。しかし、お腹がいっぱいになるにつれて肉と遊びだした。鋭い歯でかぶりつくと、首を振りながら引っ張りっこする。それに飽きると今度はタイガの指にかぶりつき甘噛みするのだった。
「これ、これ、ふざけるとは悪い子だ。もうしまいにするぞ」
 タイガは小さな子供に言い聞かせるように言った。
「あの、その、タイガ様――」アーロンは言いにくそうにしている。
「なんだ、申してみよ」
「はい……。王様の寝所にいる闇祓いとはいかなる人物でしょう?」
 アーロンは葡萄酒をすっかり空にすると、若い女官に注いでもらうのだった。
「子細については私も判らぬ。知るのは兄が推挙したということだ。医者ではなく得体の知れない闇祓いを置くなどと、学識のある皇太子らしからぬ行いだ」タイガは腕にマリーを乗せ、止まり木に向けて羽ばたかせた「アーロンは、その闇祓いについて思うところがあるのか?」
「はい。われわれ魔導士は同じく魔術を扱いますが、精霊の何人なんびととの交渉をしないのが決まりです」
「ほう、その理由は?」
「なぜなら、その代償が大きすぎるからです」
「大きすぎるとは?」
「元来精霊は気まぐれです。ご存じかと思いますが、農村部では干ばつなどで雨の精霊に対し、雨ごいの儀式を行います。精霊に頼み事するわけですから、生きた動物を生贄にするなど貢物が必要です。だって、精霊は気まぐれなのですから、雨は降るときもあれば降らないときもある。それくらいならまだよいのですが、人間一人を呪詛により死に追い込みたい。相手の死を願うなら。死を司る精霊を呼び出します。死の精霊は地の深くの黄泉の国に住み、人間界と同じでバアルを頂点とした百の位が存在いたします。問題は王様を呪うために、どの精霊を呼び出したかです。欲深い彼らは度を超した条件をつけて契約を交わしたがる。ですが、身の程知らないのは、実は人間の方でございます」
「人間が身の程知らずとは?」
「黄泉の精霊たちと人間では時間軸が違うのです」
 黄泉の森にいたタイガは思い当たるふしがあった。リリスが同じことを言っていたのを思い出したからだ。
「仮に呪詛が成功したとして、王様が不幸にも亡くなられ――」
 アーロンが言いかけたところで、コンラッドはかぶせるように大きな咳払いをした。タイガはそれを手で制した。
「コンラッド大事ない。ここだけの話だ。アーロンは話をつづけよ」
「すみません……。とにかく目的が達せられたあと、いつまで代償を払い続けるのかという問題です」
「いつまでとは?」
「例えば黄泉の国の一日は、われわれ人間界の一年に匹敵するとしたら」
「なるほど、十日で十年か」
「はい。精霊の寿命は計り知れないくらい長いということです。依頼主が亡くなっても、契約は子孫に引き継がれ、代償を払い続けることに。だとしたら、子孫にとって、それはもはや約束事ではなく、契約そのものが呪いのような運命とすり替わることを意味しています」
「では、仮に我が国の皇太子がかかわっていたなら、契約は継承され、末代まで呪われた王が誕生するということか?」
「そうです。他の国々は死の精霊を悪魔と呼んでいます……」
「悪魔……。なんてことだ。私利私欲から呪われた王を作り出すとは」タイガは思った。リリスならどう考えるだろう。死の精霊の殺力からタイガを救った彼女なら。やはり自分にはリリスは必要だ。あの聡明な女人が傍らにいてくれたなら、どんなに支えになってくれるだろう。
 タイガは再びリリスの風車小屋を訪ねようと心に決めた。

 そこにサー・ブルーが入ってきた。タイガに向かってうやうやしく一礼する。
「タイガ様、夕食のご歓談中失礼いたします。貴族院と枢機卿が皇太子様に願い出て、引き続き私、サー・ブルーがタイガ様の護衛隊長を務めることになりました」
「隊長だと?」
「はい。私の下に数名の部下がつきます。それから我々の馬が無事に戻って参りましたのでご報告を」
「ブルーさん、お久しぶりです」
 赤毛の少年が人懐っこい笑みを浮かべた。サー・ブルーは目を凝らした。
「そなた、アーロンか?」
 タイガのおさがりを身に着けた少年は驚くほど小奇麗になっていた。
「サー・ブルー、女官たちは、それは楽しそうに磨き上げておったぞ」
 その実は逆だった。野良犬みたいな少年を女官たちが悲鳴をあげながら風呂に入れたのだった。
「いずれにしても、私の傍にサー・ブルーがいてくれるのは心強い。しかし、挨拶なら明日の朝でもよいものを、夜に現れるとはもしや急な用向きでもあるのか?」
「はい、久しぶりにタイガ様とお手合わせを願えればと思いまして――」
「珍しいこともある。このような夜更けに剣術稽古とは。ではドームへ参ろう?」
「いえ、タイガ様。今宵は月が美しゅうございます。稽古場ではなく中庭で手合わせいたしたいかと」
「月が美しいだと? 剣術の稽古だぞ?」タイガは噴出した。「月がどうのこうのなどと、幼いころより剣術しか頭にない兄弟子あにうえから、よもやそのような言葉を聞こうとは」
「ともかく、タイガ様、あまり時間がございません。急ぎ参りましょう」
 サー・ブルーはタイガを急かすと、意味深いみしんな眼差しを向けた。

 北塔から出てきた二人は、練習用の太刀たちで剣術の稽古を始めた。中庭で皇子と若手筆頭の剣術使いが練習しているとあって、衛兵らも公務の傍ら見物に訪れた。
「今宵、月があがるのはもっと夜更けではないのか?」剣を交えながらタイガは尋ねた。「そなたが、ここでの練習したい真の目的は何だ?」
「実は一人、気になる人物がおりまして。その者を、ぜひご覧いただきたいと存じます」
 そうこうしているうちに、東塔の侍女たちがぞろぞろとやってきた。彼女らはカナトスの皇子に礼を尽くすため足を止め、お辞儀をする。侍女たちの真ん中にベールをかぶり、黒いドレスを纏った女人が、ゆったりとした仕草で礼をした。
「サー・ブルー、あの黒い衣服を着た者は……?」
 侍女たちは回廊を通り過ぎるのを見届けるとタイガは言った。
「あの女人が王様の闇祓いを行っております――」
 女と聞いてタイガは驚いた。
「まさか、王妃が寝所に女官以外の女を入れるとは――」
 ふとタイガは別の可能性を考え始めた。








 


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