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179.北白川サナの瞳の奥底にあるものの正体。

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俺の隣に立つ北白川サナからは、人体が焼けた匂いがする。

北白川サナ自身に火傷はない。

火にまかれている参加者の近くにいた北白川サナの衣服に、火が人体を焼く匂いが染み付いたのか。

北白川サナが、火にまかれている参加者と逃げ惑う参加者を誘導していたのか。

撹乱しながら逃げ回っていたのか、逃げ回っていたのか。

火にまかれている参加者も。

火にまかれている参加者に追われる参加者も。

俺とツカサのいる方面には一人も来なかった。

横に並んでいた北白川サナは、俺の方を向いた。

長い前髪で隠れた、北白川サナの目元は、俺の身長では、ヒザを曲げて覗き込まないと見れない。

立っている俺からは、北白川サナの頭頂部から続く長めの前髪が、二つの瞳を隠している。

北白川サナの二つの瞳を覗き込むときが、俺にあるだろうか?

俺に近づいてきたかと思うと、心を近づけてきてはいなかった北白川サナ。

何を思っているのか?

俺に何を言いたくなったのか?

「死んでほしくない人に限って、長生きしないです。」
と北白川サナ。

北白川サナは、瞳の奥底に誰を思い描いて話しているのだろうか。

北白川サナの話し方は、変わっていない。

俺は、北白川サナの変化がなかったことにほっとしている。

俺が北白川サナらしさだと感じたものが、失われているのは、嫌だった。

「同意する。
気づいたら、いなくなっていた。
手の届くところにいたときは、気づかなかった。」

佐竹ハヤトも。

モエカも。

佐竹ハヤトが死ななかったら、モエカは死ななかった。

俺は、佐竹ハヤトを助ける機会を逃したために、佐竹ハヤトとモエカを生かす機会を自分で棒に振った。

佐竹ハヤトが、助けを求めようとしたときの、大学生の俺は、佐竹ハヤトを助けることができると、佐竹ハヤトは見込んでいた。

佐竹ハヤトを助けることができていたなら。

佐竹ハヤトが中心メンバーだったタケハヤプロジェクトの学生も、助かった。

俺と佐竹ハヤトが、タケハヤプロジェクトの両輪になっていれば。

タケハヤプロジェクトは、今もタケハヤプロジェクトだけで存続していた。

正義が勝たないデスゲームは、開始されていなかった。

佐竹ハヤトも、タケハヤプロジェクトの学生も、タケハヤプロジェクトの実施されている建物の中に入ることはなかった。

佐竹ハヤトが自死と引き換えに、正義が勝たないデスゲームを始める事態にはなっていなかった。

今、俺は、正義が勝たないデスゲームに参加している。

俺が話を聞いて、情報を集めないといけない相手は、メグたんやツカサではなかった。

北白川サナだ。

北白川サナは、俺寄りの、俺のためになる情報を持っている。

「離れることはできなかったです。
止めることは、もっとできなくて。

なかったことにされることは避けないといけなかったです。」
と北白川サナ。

俺は、名前を出さずに語られているものが、タケハヤプロジェクトのことだろうとあたりをつけながら、北白川サナの話を聞いている。

「逃げることも断ち切ることもできないなら、苦労しただろう。」

俺は、感じたことだけを述べた。

分析して、ああしたらよい、こうしたらよい、というのは、既にやり尽くされた。

俺の見解も意見も北白川サナは、求めていない。

北白川サナは、俺が、北白川サナの憂いを取り除くことを考えて喋っていない。

北白川サナの憂いは、亡くなった人が亡くなったことに向けられている。

大事だから、亡くなってほしくなかった。

北白川サナの言葉に乗ってくる感情は、様々だが、その思いが、圧倒的に強い。

どちらだろうか?

俺は、普段は決してやらないが、北白川サナに踏み込んで聞いてみることにした。

「佐竹ハヤトか?モエカか?」

俺の問いかけに対し。

北白川サナは、初めて、下から俺に目線を合わせてきた。

「両方。モエカは、友達で、ハヤトは。ハヤトは。ハヤトは。」

北白川サナの声は、語尾がかすれていった。

「死んでほしくなかった。」
と北白川サナ。

「俺も、そう思っている。

いつの間にか、佐竹ハヤトとモエカは、一緒にいなくなっていた。

俺は、佐竹ハヤトを視界に入れて、モエカを聴覚でとらえていた。」

「器用です。」
と北白川サナ。

北白川サナは、新人歓迎会のときに、俺に声をかけたときのようには、俺を呼ばない。

モエカは、北白川サナの友達か。

「タケハヤプロジェクトに参加していた学生は、メグたんと仲良しだったが、北白川サナは、違うのか?」

「正義が勝たないデスゲームで、メグといたタケハヤプロジェクトの学生は、最後まで、タケハヤプロジェクトに残っていたメンバーです。

モエカは、最初から最後までいたですが、モエカ以外、まともな初期のメンバーは残っていないです。」
と北白川サナ。

まともな初期のメンバー、か。

「モエカ以外の初期のメンバーは、殺されたのか?」

「タケハヤプロジェクトが泥舟になるどころか、敵に乗っ取られると分かって、主要な初期メンバーは外れたです。」
と北白川サナ。

「無事に逃げられたのか?逃がしてもらえたのか?」

「ハヤトくん以外は。ハヤトくんは、離してもらえなかったです。」
と北白川サナ。

「ああ。
佐竹ハヤトの名前がついているプロジェクトだ。

佐竹ハヤトも、責任を感じて逃げ出さないだろう。」

「モエカは、『佐竹くんといる。』と残りました。」
と北白川サナ。

「恋心のために残るには、危険な場所ではなかったか?」

「危険です。
モエカは、恋する女子大生でありながら、研究者でもあったです。

モエカは、ハヤトくんの研究の最大の理解者で助言者になっていたです。」
と北白川サナ。

「北白川サナは?」

「私は、逃げたですが、手遅れになっていたです。」
と北白川サナは、淡々と話した。

淡々とした話しぶりが、かえって、北白川サナの葛藤を浮き彫りにしていく。

「説明してくれるか?」

「逃げ出すことができたタケハヤプロジェクトの学生は、命も体も無事でした。

でも、社会的に殺されました。」
と北白川サナ。

「何が起きた?」

社会的に?

「支援団体と支援団体のバックにいるやつらは、タケハヤプロジェクトに関わった学生が表に出てこれないような工作を次々に打ち出したです。

タケハヤプロジェクトの何たるかを知らない人による嫌がらせで、タケハヤプロジェクトの学生は行く場所を失いました。」
と北白川サナ。

「その学生達は、どうしている?」

「学校には通えなくなり、就職はままならず、社会に帰属先を見つけられなかったです。」
と北白川サナ。

「北白川サナもか?」

北白川サナは、頷く。

「タケハヤプロジェクトを離脱した学生は、離脱後も連絡を取り合っていたです。

タケハヤプロジェクトに残ったハヤトくんとモエカと離脱した学生だけで、自主的な取り組みを始めたです。」
と北白川サナ。
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