上 下
74 / 297

74.ロシアンルーレットは、完成する。

しおりを挟む
加地さんは、加地さんを裏切らなかった男の背中側から、男の腹に腕を回した。

「最後は、分かってくれると、私は信じていた。」

加地さんの声音には、勝者の驕りが見え隠れする。

加地さんを裏切らなかった男への信頼ではなく、最後に勝負に勝つのは、自分しかいないという、行き過ぎた自信。

俺は、加地さんが気に食わない。

加地さんの何が気に食わないのか、と考えてみると。

勝利を確信していたような言い方をする加地さん自身が、何もしていないことだ。

この部屋の中で、加地さんを辱めることに乗り気だった人は、ふーくんに倒された。

加地さんは、何もしていないのに、結果だけを享受して、勝ったと考えている。

加地さんが勝つ結果に繋がったのは、誰が何をした成果か、を加地さんは気にしていない。

誰かの働きについて、考えたことがないから、か。

加地さんにとって、気にすることではないから、か。

女が加地さんの仕事を引き受けたくない、と話していた原因は、加地さんに、誰かがした仕事の成果を受け取っている自覚がない、ということか。

加地さんを裏切らなかった男は、背中から抱きつく加地さんを振り返らない。

腹に回された加地さんの腕を振りほどくこともせずに、向かってくるふーくんを見ている。

俺に腕を絡ませていた女は、いつの間にか、腕をほどいていた。

虫が嫌いだったのか?

ふーくんは、びっこをひいて、加地さんを裏切らなかった男の前まで歩いていく。

立ち止まったふーくんは、口をあけて、口の中から、何かをとりだした。

ドッジボールの試合で使われていたナイフよりも小ぶりで、黒光りしているそれは。

拳銃だった。

「目の前にいる男か女のどちらか一人、今倒れているやつを全員撃ち殺した方は、生きて出られる。」
とふーくん。

加地さんは、加地さんを裏切らなかった男の背後から、まぶたをえぐられ、蚊にさされてボコボコになった顔を出してきた。

「本物?銃刀法違反!警察!」
と騒ぐ加地さん。

加地さんの前にいる男は、動じない。

「本物か?」
と加地さんを裏切らなかった男は、拳銃に興味を示した。

「女が使わないなら、男に渡す。」
と話すふーくんには、全体的に生気がない。

今日の出来事に、疲れきっているんだろう。

話し方も、ドッジボールのときとは違い、ボソボソと話している。

「いらない。持たない、使わない。」
と加地さんは、拳銃を持つことを拒否。

「俺に渡してくれ。使い方は知っている。」
と加地さんを裏切らなかった男。

「反対。危ないものを持ってどうする気?」
と加地さんは、男の脇の下から顔を回り込ませて、拳銃を受け取るなと、男に訴えかけている。

加地さんを裏切らなかった男は、加地さんの制止を聞き流した。

「あるなら、使うまで。」

加地さんを裏切らなかった男は、ふーくんから拳銃を受け取ると、倒れている男の一人に銃口を向けた。

部屋の中にいた人は、一斉に、倒れている人から離れていく。

「人殺しにならないで!」
と加地さんが男を止めるが、男の拳銃を取り上げようとはせず、口で言うのみ。

「殺さなくては、出られない。そうだったな?」
と加地さんを裏切らなかった男。

「そう。」

ふーくんが、疲れ切った様子のまま、加地さんを裏切らなかった男の問いに、頷く。

「お前から死ね。」

響く銃声。

加地さんを裏切らなかった男は、苦情を言うようにと加地さんに勧めた男に向けていた銃口をふーくんの胸に向けて、引き金を引いた。

ふーくんの胸元は、急速に血で染まっていく。

飛び散った血と、床に垂れる血。

心身共に疲弊しているのが明らかだったふーくんは、至近距離で撃たれた衝撃で、後ろから倒れた。

ドタンと音を立てて倒れるふーくんの体の横には血溜まりが出来た。

「銃弾は一発。男も女も、どちらも出られない。」

撃たれたふーくんは、血を流しながら話す。

加地さんを裏切らなかった男が、もう一度、銃口をふーくんに向けて、引き金をひいた。

「出ないな。」
と加地さんを裏切らなかった男。

二発目の銃弾は、発射されなかった。

「ロシアンルーレットは、完成した。」
とふーくん。

「ロシアンルーレット?」
と男。

「最初に、新人歓迎会でロシアンルーレットをするとか、放送していた。」

加地さんは、男の後ろから出てきて、男の隣に並ぶ。

「ロシアンルーレットが完成すると、どうなるんだ!」
と加地さんを裏切らなかった男。

「返事は?」
と加地さんが、ふーくんに鋭い声を投げかける。

ふーくんには、もう、誰の声も聞こえていない。

「タツキ、タツキ、俺も、そっちに行くよ。すぐに。

無理なんだ、俺には。
俺には、一人で生きていく力なんてない。

もう、こんなところに、俺は一人でいたくない。

ツカサは、最初から分かっていた。」

ふーくんは、話せなくなるまで、タツキに呼びかけ続けた。

タツキとふーくんは、歪だったが、互いに必要とし合っていたのか。

強い者と弱い者という役割で。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

月影館の呪い

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽(しんどう はね)は、名門の一軒家に住み、学業成績は常にトップ。推理小説を愛し、暇さえあれば本を読みふける彼の日常は、ある日、幼馴染の望月彩由美(もちづき あゆみ)からの一通の招待状によって一変する。彩由美の親戚が管理する「月影館」で、家族にまつわる不気味な事件が起きたというのだ。 彼女の無邪気な笑顔に背中を押され、葉羽は月影館へと足を運ぶ。しかし、館に到着すると、彼を待ち受けていたのは、過去の悲劇と不気味な現象、そして不可解な暗号の数々だった。兄弟が失踪した事件、村に伝わる「月影の呪い」、さらには日記に隠された暗号が、葉羽と彩由美を恐怖の渦へと引きずり込む。 果たして、葉羽はこの謎を解き明かし、彩由美を守ることができるのか? 二人の絆と、月影館の真実が交錯する中、彼らは恐ろしい結末に直面する。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

処理中です...