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71.加地さんのジャケットがスルリ。ボタンが外れたシャツがふわり。ブーン、ブーン。新しい餌を見つけた。『裏切ったのか!』『裏切っていない!』

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加地さんは、悲鳴ではなく、怒鳴り声をあげた。

「私を辱めても、何も解決しない。
私を辱めたら、辱められるのは、私だけではなくなる!
あなただって!」
と加地さん。

加地さんの言っている通り、加地さん一人では済まなくなる。

まだ、性的な犠牲者が出ていないから、現状が保たれている。

犠牲者が一人でも出れば、また一人、もう一人と増える。

絶望と苛立ちしかない空間に、互いに曰くと思惑がある複数の成人男女が閉じ込められている。

救出の目処は立たない、永遠に、となれば。

いつ暴発してもおかしくない。

皮膚が弱くて、と言っていた女は、甲高い声で笑った。

「私は、人に会う仕事ができない。

この皮膚の状態では、人前に出られない。

今日より、明日の方が、もっと悪化することは分かっている。

私は、私の鬱憤を晴らす。

私だけが引きこもるなんておかしい。

皆で辛い思いをして、全員が引きこもればいい。」
と皮膚が弱くて、と言っていた女は、話し終えると薄く笑った。

「あなたのやり方には賛成できない。」

「あなたの順番は、もう終わり。」

皮膚が弱くて、と言っていた女の台詞に、危機感を覚え何人かが、加地さんの前から引き剥がそうとしている。

皮膚が弱くて、と言っていた女の暴挙を止めようとする動きを阻む動きがあった。

「恨みを晴らしたいなら、存分にやったらいい。そうだろ?」

「誰も損をしない話なら、のらない手はない。」

「手伝ってやらないと。一人では手に余るに違いない。」

「勘違いするなよ、親切心だから、これは。」

加地さんを捕まえていた男は加地さんのスーツのジャケットを脱がせていく。

「止めて、止めて、止めさせて!見てないで、止めさせて!」
と加地さん。

体のラインを出さないスーツのジャケットが脱げると、豊満な膨らみが存在感を見せつける。

ボタンが全開になったシャツは、膨らみにそって、ふわっと広がった。

そして。

ブーン、ブーン。

加地さんの呆気にとられた顔が印象に残った。

加地さんに見向きもしなかった蚊の大群は、一斉に、真新しい餌に向かっていった。

「いや、蚊、蚊、蚊が私に!どうして、急に!」

加地さんの上半身は、蚊に埋め尽くされた。

顔から耳から首。
無言女にガリガリされていた鎖骨。
豊満な膨らみをのぞかせている胸部。
広がったシャツの隙間から蚊が吸い込まれるように入っていく。

ブーン、ブーン、ブーン。

所狭しと、加地さんの血を吸う蚊の大群。

「ははは。」
「ははは。」
と笑い声が起きた。

「蚊が来なくなった!」

「ジャケットだ!」

「ジャケットに仕込んであった!」

加地さんの脱がしたジャケットを取り合う男達。

「嘘つき!」

「自分だけ!」

蚊にたかられている加地さんと共に、蚊にたかられながら罵声を浴びせている女達。

「嘘だろ!騙したのか!俺まで!」

加地さんが蚊にまみれているのを見て、叫んだのは、加地さんを裏切らなかったただ一人の男。

三人は、殴ったり、殴られたり、蹴ったり、蹴られたりしていた。

加地さんを裏切らなかった男が、加地さんを助けにいこうとするのを、加地さんを裏切った男二人が阻止していた。

「あいつは、そういう女なんだ。」
と裏切った一人。

「特別扱いだと思わせておいて、人を使っていただけだ。」
ともう一人。

「違う、私は嘘をついていない。私は騙していない。私は何もしてこなかった!あなたも見ていた!信じて!」

加地さんは、蚊にたかられていながら、無実だと叫ぶ。

拘束されなくなった、加地さんは、蚊を叩きながら、加地さんを裏切らなかった男の元へ行こうとした。

加地さんは、知らない。

加地さんのジャケットを、蚊がたからない仕様に変えたのは、加地さんではなく。

俺は、俺の隣で、俺に張り付いている女にちらっと目をやった。

目元を前髪で隠している女は、俺の腕に腕を絡ませたまま。

「俺が、見ていないところもある。」

加地さんを裏切らなかった男が、苦り切った声をあげた。

「私ではない!私は何も知らない!」
と加地さんは繰り返しながら、男に近づいていく。

「なあ、転職先が、あるって、本当の話か?
今からでも、間に合うのか?」
加地さんを裏切らなかった男は、苦情を言うようにと加地さんに勧めた男に、身の振り方を相談し始めた。

蚊にたかられている加地さんの足が止まる。

「最初の二人よりは、落ちるがね。歓迎するよ。」 と苦情を言うようにと加地さんのに勧めた男。

「チャンスをくれ。」
と加地さんを裏切らなかった男は、苦情を言うようにと加地さんに勧めた男に頼んでいる。

「あなたも、あなたも、私を裏切る気?」

加地さんの弱々しい声は、今日初めて聞いた。

「先に裏切ったのは、俺ではない。
残念だ。」
と加地さんを裏切らなかった男は、加地さんとの会話を打ち切った。

「そんな。違う。
私は、私は、はめられた。
はめられた!
誰!誰が、私をはめた!

許さない、許さない!

私をはめるなんて、あっていいわけがない!」

加地さんの血を吐くような叫びの意味を理解する人は、加地さんの周りには一人もいない。

苦情を言うようにと加地さんに勧めた男は、加地さんを裏切らなかった男に言った。

「加地さんには、少し静かにしてもらいたい。無論、無理にとは言わない。

あまり騒がしいのも、ここにいる人間は好まない。

他にも、賑やか過ぎる人を静かにするのに、手を貸してもらおうか。」

苦情を言うように加地さんに勧めた男に、仄めかされて、加地さんを裏切らなかった男は、そうだな、と返事をした。

「見た目がだいぶ変わっているのは、気にしないんだな?」
と加地さんを裏切らなかった男。

「気にする人間がいるよう見えるかな。」

苦情を言うようにと加地さんに勧めた男。

「確認しただけだ。」

加地さんを裏切らなかった男は、蚊にまみれている加地さんに向かっていく。

「私は、はめられた!
あなたを裏切ってはいない。
あなたを裏切ったことは、いちどもない!」

加地さんは、向かってくる男から逃げ出さなかった。

男が至近距離に来るまで、裏切ったことはない、と加地さんは繰り返した。
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