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《第6章》 台湾・林森北路のサロメ
彼女とヒガチカ
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落ちついた色調のエントランスを鋳物の門扉が守っている家の前で、飛豪は立ちどまった。
ガレージシャッターと高い壁の奥に、緑の葉をしげらせた背の高い木々が見える。エントランスと同系色のタイルを使った家屋は、樹木に隠されるようにして聳え立っていた。
場所柄といい、敷地面積といい、一言であらわすならば豪邸だった。警備会社のシールが貼ってあるだけでなく、常駐の警備員までいそうなレベルの資産家然たる佇まいに、瞳子は足がすくんでいた。
そんな彼女の肩に、彼は申し訳なさそうに手をおいた。
「叔母の部屋に呼ばれた時だけ注意すればいい。あとは、普通のホームパーティーだ。俺の身内だし、気がねなく満喫してくれれば」
「無理ですよ。だってわたし、査定されるために呼ばれたんですよね?」
「厄介なのは叔母だけで、それ以外は味方だと思って構わない。俺としても、君に居心地よく過ごしてもらうための布石はうったつもり」
「……分かりました」
気がすすまない顔の彼女に、飛豪は「悪いな、ごめん」と小さく詫びた。
――違う、あなたに謝ってほしいんじゃなくって!
そう言おうと瞳子が口を開きかけた瞬間、彼はインターフォンを押していた。
門扉が自動開錠されて出入りしなれた様子の彼に案内されていくと、中は完全に欧米スタイルの豪奢な邸宅だった。
まず、玄関に靴を脱ぐ場所がなかった。石張りの廊下のつづく先には、広大なリビングがあった。神楽坂の飛豪の家のリビングダイニングも二〇畳ほどあってかなりのスペースだったが、ここはそれ以上だ。
入って正面奥にあったのは、グランドピアノだ。そして少し離れたところに、一〇人以上が腰をかけられそうなL字型のソファが据えられている。ガラス製のローテーブルには、作家物とおぼしき大ぶりの花瓶が置かれていた。
光をふんだんに取れるよう天井までの窓があり、チェアとテーブルが置かれているテラスや青々とした芝生の庭へと接続している。天気の良い日は外でティータイム、ということなのだろう。
グランドピアノの陰の椅子に、小柄な女性が所在なげに腰かけているのが目にはいった。彼女が着ているのは黒のコンパクトなワンピースだが、チェーンやファスナーのシルバーの装飾がいくつも入っていて、それとなくパンクテイストで格好いい。瞳子よりも更に短いボブカットの髪の両サイドには、赤と青のメッシュが入っていた。
「ヒガチカ」と飛豪が声をかけた。
瞳子と小柄な彼女の視線がまじわった。黒目がちの大きな瞳だった。瞳子が会釈をすると、彼女は椅子からぴょこんと立ち上がった。人見知りなようで、緊張した面持ちで会釈を返してくる。
「紹介する。俺のところに今住んでる、青柳瞳子さん。大学三年生」
彼は最初に瞳子を紹介した後、ヒガチカと呼ばれた彼女を瞳子に紹介しようとした。が、「自分でします」とヒガチカは遠慮がちに遮った。
「会社の同僚の比嘉千香です。ITとかパソコンまわりの担当してます。ヒガチカって呼んでくれても、下の名前だけでもいいです」
彼女は小さく笑いかけてきた。うちとけようという気持ちが見える笑顔だった。それだけで瞳子の心もほぐれてくる。
「じゃ、ヒガチカさんで。わたしは、瞳子って呼んでくれて大丈夫です」
二人がはにかみながら頷きあったところで、飛豪が「スミレはまだ来てない?」と質問をする。
「スミレちゃんは今、美芳さんの衣装部屋に呼ばれてます」
「高瀬は?」
「来てますけど、さっきキッチンの方にふらっと行っちゃいました」
「酒選ぶついでにつまみ食いしてる、か。あいつ、ホント遠慮ないな」
「高瀬さん美食家だし。この会の時は毎回、シェフにつきまとってるじゃないですか」
「あー……そうだった。とりあえず連れてこようかな」
彼はこめかみに手をやって、わずかの間思案した。やがて、こちらを振りかえる。
「瞳子。ヒガチカは今はウチだけど、その前はちゃんと大学生やって一社目はマトモな企業に入ってる。就活で聞きたいことあったら、今日の人間では一番頼りになると思う」
「そうなんですね。ぜひお話聞かせてください。実は、再来週からインターンやるんです」
瞳子が振られた話題にのって話しかけると、ヒガチカも「何の会社でインターンするんですか?」とにこやかに合わせてきた。
二人が会話をはじめたのを見届けると、彼は奥のキッチンへと向かっていった。
ガレージシャッターと高い壁の奥に、緑の葉をしげらせた背の高い木々が見える。エントランスと同系色のタイルを使った家屋は、樹木に隠されるようにして聳え立っていた。
場所柄といい、敷地面積といい、一言であらわすならば豪邸だった。警備会社のシールが貼ってあるだけでなく、常駐の警備員までいそうなレベルの資産家然たる佇まいに、瞳子は足がすくんでいた。
そんな彼女の肩に、彼は申し訳なさそうに手をおいた。
「叔母の部屋に呼ばれた時だけ注意すればいい。あとは、普通のホームパーティーだ。俺の身内だし、気がねなく満喫してくれれば」
「無理ですよ。だってわたし、査定されるために呼ばれたんですよね?」
「厄介なのは叔母だけで、それ以外は味方だと思って構わない。俺としても、君に居心地よく過ごしてもらうための布石はうったつもり」
「……分かりました」
気がすすまない顔の彼女に、飛豪は「悪いな、ごめん」と小さく詫びた。
――違う、あなたに謝ってほしいんじゃなくって!
そう言おうと瞳子が口を開きかけた瞬間、彼はインターフォンを押していた。
門扉が自動開錠されて出入りしなれた様子の彼に案内されていくと、中は完全に欧米スタイルの豪奢な邸宅だった。
まず、玄関に靴を脱ぐ場所がなかった。石張りの廊下のつづく先には、広大なリビングがあった。神楽坂の飛豪の家のリビングダイニングも二〇畳ほどあってかなりのスペースだったが、ここはそれ以上だ。
入って正面奥にあったのは、グランドピアノだ。そして少し離れたところに、一〇人以上が腰をかけられそうなL字型のソファが据えられている。ガラス製のローテーブルには、作家物とおぼしき大ぶりの花瓶が置かれていた。
光をふんだんに取れるよう天井までの窓があり、チェアとテーブルが置かれているテラスや青々とした芝生の庭へと接続している。天気の良い日は外でティータイム、ということなのだろう。
グランドピアノの陰の椅子に、小柄な女性が所在なげに腰かけているのが目にはいった。彼女が着ているのは黒のコンパクトなワンピースだが、チェーンやファスナーのシルバーの装飾がいくつも入っていて、それとなくパンクテイストで格好いい。瞳子よりも更に短いボブカットの髪の両サイドには、赤と青のメッシュが入っていた。
「ヒガチカ」と飛豪が声をかけた。
瞳子と小柄な彼女の視線がまじわった。黒目がちの大きな瞳だった。瞳子が会釈をすると、彼女は椅子からぴょこんと立ち上がった。人見知りなようで、緊張した面持ちで会釈を返してくる。
「紹介する。俺のところに今住んでる、青柳瞳子さん。大学三年生」
彼は最初に瞳子を紹介した後、ヒガチカと呼ばれた彼女を瞳子に紹介しようとした。が、「自分でします」とヒガチカは遠慮がちに遮った。
「会社の同僚の比嘉千香です。ITとかパソコンまわりの担当してます。ヒガチカって呼んでくれても、下の名前だけでもいいです」
彼女は小さく笑いかけてきた。うちとけようという気持ちが見える笑顔だった。それだけで瞳子の心もほぐれてくる。
「じゃ、ヒガチカさんで。わたしは、瞳子って呼んでくれて大丈夫です」
二人がはにかみながら頷きあったところで、飛豪が「スミレはまだ来てない?」と質問をする。
「スミレちゃんは今、美芳さんの衣装部屋に呼ばれてます」
「高瀬は?」
「来てますけど、さっきキッチンの方にふらっと行っちゃいました」
「酒選ぶついでにつまみ食いしてる、か。あいつ、ホント遠慮ないな」
「高瀬さん美食家だし。この会の時は毎回、シェフにつきまとってるじゃないですか」
「あー……そうだった。とりあえず連れてこようかな」
彼はこめかみに手をやって、わずかの間思案した。やがて、こちらを振りかえる。
「瞳子。ヒガチカは今はウチだけど、その前はちゃんと大学生やって一社目はマトモな企業に入ってる。就活で聞きたいことあったら、今日の人間では一番頼りになると思う」
「そうなんですね。ぜひお話聞かせてください。実は、再来週からインターンやるんです」
瞳子が振られた話題にのって話しかけると、ヒガチカも「何の会社でインターンするんですか?」とにこやかに合わせてきた。
二人が会話をはじめたのを見届けると、彼は奥のキッチンへと向かっていった。
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