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《第5章》 ロットバルトの憂鬱
その夜の嵐2 ☆
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痛みと快楽は背中あわせになっていた。
彼女に痛みを与え、自分はそれによって快楽を得る。
情欲と憂いに引き裂かれた彼女の目つきがたまらない。涙のからまった喘ぎ声が、荒く断続的な呼吸が、緊張した硬い筋肉の感触が、清涼な水の流れのように彼の深層を流れていく。酷暑の砂漠に浸みいっていく。
飛豪の意識は、もう一人に場所を譲っていた。
そいつは真っ黒で輪郭もない存在だった。霧のように頭に広がって理性や感情を奪っていく、破壊衝動だけの存在。そして、彼の親友だった。
一〇年前のあの夜に生まれた黒い霧はやむことなく飛豪の心中にいすわり、日に日に濃さを増していく。いつか、すべてを乗っ取られるのかもしれない。
普段は服によって隠される柔らかい場所――胸のふくらみを、二の腕を、脇腹を、内股を――肉が抉れるほどに噛み、彼女に悲鳴をあげさせる。か細い泣き声は哀れで、なのにそそられる。鳥笛のように高い声。
表の人格が完全にメルトダウンして黒い霧がすべてを支配したとき、自分は彼女に血を流させるのだろう。真っ赤な鮮血を。それを啜ったら、素晴らしく美味しいに違いない。
下になっている彼女は、凍えたように蒼白な顔をしていた。目尻に涙が浮かんでいる。斑についた飛豪の咬み痕は、失敗したタトゥーのように無残な色をまき散らしていた。
――この白い肌から血が噴きだしたら、どれほど美しいだろう。
頭のなかに、白銀の雪野原におちる赤い椿の花のイメージが浮かぶ。禍々しさに、甘美な酩酊さえ感じた。
――そこまではしたくない。……でも、いつまで保てるか分からない。
まだ二割の理性が残っていて、歯止めをかけている。それが煩わしかった。無意識に瞳子を守ろうとしているその部分は、彼女の母親が首を吊って死んだと知ったときから、首だけは慎重に避けていた。
彼女を傷つけたいのか、大切にしたいのか、どちらを選ぶこともできない。
――あぁ、この子を壊したい。
一〇年間、恋人と呼べる存在などいない。あの夜以来、意識にじわりじわりと根を張っていく狂気に比例して、金で買える女に頼ることが増えていった。
最初からМ嬢を指定するのだ。多少傷つけても許される。
そういう気分のときは、ホテルに部屋をとって、高級コールガールを注文する。目安は、一晩で一〇〇〇ドル以上。プロフェッショナルで安全な女が来る。病気や、クスリや、陰謀なんかは持ちこまない女。
彼が部屋の扉をあけると、どの女も目を輝かす。飛豪が男として見ばえがする上、いかにも金を持っていそうな客だからだ。だが、夜が明けるころには、どの女も「もう二度と呼ばないで」と逃げかえっていく。
花嫁をむかえては殺していく青髭公と同じ、ということなのだろう。確かに彼女たちに対する扱いは、瞳子にたいしてより容赦なかった。吐かれたことも、「もう無理!」と叫ばれて途中で出ていかれたこともある。
迎えいれるときは人当たりの良さそうな笑顔をみせた彼が、スイッチで切りかえたかのように別の人格になる。そして無言で痛めつけつづけるのが純粋に怖かったのだろう。
瞳子との最初の夜でもそうだったが、彼は会話さえ拒むのが普通だ。彼女たちの声は無視する。もしくは、口を塞ぐ。時間いっぱい、М嬢たちを苛みつづける。一〇〇パーセント一方的な攻撃だった。
そこには、コミュニケーションもなにもない。人間としても扱っていない。彼女たちは、内にひそむ黒い霧をあぶりだし、ふり落とすための道具だった。
今の自分が、よく瞳子で妥協できていると思う。
回数は増やしたが、圧倒的に質が足りていない。もっと痛めつけないと、自分に皺寄せがくる。一方で、彼女に加える力をギリギリのところで弛めて、苦痛を与えすぎないよう加減もしている。彼女が、飛豪を見限らないように。
傍に置いておきたかった。手を伸ばせば届くところにいてほしかった。まだ壊したくないし、もっと深くまで貪りたい。
――あぁ、この子が欲しい。どこにもやりたくない。
瞳孔の奥に真っ赤な嗜虐心をともしている飛豪に、瞳子はただ言いなりになっている。
自分に求められた役割を理解しているのだ。彼女だって、彼が優しいときとそうでないときの違いには気づいている。だから、「好きでいさせて」と言ったのだろう。本当はそうでなくても。
あの時の、彼女のひたすらに真っすぐな眼差し。
すべてを射貫きそうな鋭さと、こちらの胸が痛むほどに切なさが交錯した表情。あれを目の当たりにして、グッとこない男はいない。
――なのに、今はこうだ。自分がさせているんだけど。
足元にはいつくばって、彼の陰茎を喉の奥までくわえている瞳子は、顔色が変わるほど苦しげにしていた。
彼女に痛みを与え、自分はそれによって快楽を得る。
情欲と憂いに引き裂かれた彼女の目つきがたまらない。涙のからまった喘ぎ声が、荒く断続的な呼吸が、緊張した硬い筋肉の感触が、清涼な水の流れのように彼の深層を流れていく。酷暑の砂漠に浸みいっていく。
飛豪の意識は、もう一人に場所を譲っていた。
そいつは真っ黒で輪郭もない存在だった。霧のように頭に広がって理性や感情を奪っていく、破壊衝動だけの存在。そして、彼の親友だった。
一〇年前のあの夜に生まれた黒い霧はやむことなく飛豪の心中にいすわり、日に日に濃さを増していく。いつか、すべてを乗っ取られるのかもしれない。
普段は服によって隠される柔らかい場所――胸のふくらみを、二の腕を、脇腹を、内股を――肉が抉れるほどに噛み、彼女に悲鳴をあげさせる。か細い泣き声は哀れで、なのにそそられる。鳥笛のように高い声。
表の人格が完全にメルトダウンして黒い霧がすべてを支配したとき、自分は彼女に血を流させるのだろう。真っ赤な鮮血を。それを啜ったら、素晴らしく美味しいに違いない。
下になっている彼女は、凍えたように蒼白な顔をしていた。目尻に涙が浮かんでいる。斑についた飛豪の咬み痕は、失敗したタトゥーのように無残な色をまき散らしていた。
――この白い肌から血が噴きだしたら、どれほど美しいだろう。
頭のなかに、白銀の雪野原におちる赤い椿の花のイメージが浮かぶ。禍々しさに、甘美な酩酊さえ感じた。
――そこまではしたくない。……でも、いつまで保てるか分からない。
まだ二割の理性が残っていて、歯止めをかけている。それが煩わしかった。無意識に瞳子を守ろうとしているその部分は、彼女の母親が首を吊って死んだと知ったときから、首だけは慎重に避けていた。
彼女を傷つけたいのか、大切にしたいのか、どちらを選ぶこともできない。
――あぁ、この子を壊したい。
一〇年間、恋人と呼べる存在などいない。あの夜以来、意識にじわりじわりと根を張っていく狂気に比例して、金で買える女に頼ることが増えていった。
最初からМ嬢を指定するのだ。多少傷つけても許される。
そういう気分のときは、ホテルに部屋をとって、高級コールガールを注文する。目安は、一晩で一〇〇〇ドル以上。プロフェッショナルで安全な女が来る。病気や、クスリや、陰謀なんかは持ちこまない女。
彼が部屋の扉をあけると、どの女も目を輝かす。飛豪が男として見ばえがする上、いかにも金を持っていそうな客だからだ。だが、夜が明けるころには、どの女も「もう二度と呼ばないで」と逃げかえっていく。
花嫁をむかえては殺していく青髭公と同じ、ということなのだろう。確かに彼女たちに対する扱いは、瞳子にたいしてより容赦なかった。吐かれたことも、「もう無理!」と叫ばれて途中で出ていかれたこともある。
迎えいれるときは人当たりの良さそうな笑顔をみせた彼が、スイッチで切りかえたかのように別の人格になる。そして無言で痛めつけつづけるのが純粋に怖かったのだろう。
瞳子との最初の夜でもそうだったが、彼は会話さえ拒むのが普通だ。彼女たちの声は無視する。もしくは、口を塞ぐ。時間いっぱい、М嬢たちを苛みつづける。一〇〇パーセント一方的な攻撃だった。
そこには、コミュニケーションもなにもない。人間としても扱っていない。彼女たちは、内にひそむ黒い霧をあぶりだし、ふり落とすための道具だった。
今の自分が、よく瞳子で妥協できていると思う。
回数は増やしたが、圧倒的に質が足りていない。もっと痛めつけないと、自分に皺寄せがくる。一方で、彼女に加える力をギリギリのところで弛めて、苦痛を与えすぎないよう加減もしている。彼女が、飛豪を見限らないように。
傍に置いておきたかった。手を伸ばせば届くところにいてほしかった。まだ壊したくないし、もっと深くまで貪りたい。
――あぁ、この子が欲しい。どこにもやりたくない。
瞳孔の奥に真っ赤な嗜虐心をともしている飛豪に、瞳子はただ言いなりになっている。
自分に求められた役割を理解しているのだ。彼女だって、彼が優しいときとそうでないときの違いには気づいている。だから、「好きでいさせて」と言ったのだろう。本当はそうでなくても。
あの時の、彼女のひたすらに真っすぐな眼差し。
すべてを射貫きそうな鋭さと、こちらの胸が痛むほどに切なさが交錯した表情。あれを目の当たりにして、グッとこない男はいない。
――なのに、今はこうだ。自分がさせているんだけど。
足元にはいつくばって、彼の陰茎を喉の奥までくわえている瞳子は、顔色が変わるほど苦しげにしていた。
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