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第三章 変化の兆し

回復薬の注文は(3)

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「リリア様には、騎士の誇り、というものをご理解いただきたいのです」

 テーブルに向かい合ったカレンに告げられたのは、そんな言葉だった。

「騎士の誇り?」

 リリアは思わず首をかしげる。

 ――騎士団から回復薬を受注する方法を、僭越ながらお教えします。

 そう言われて告げられたのが、騎士の誇り。
 どういうことだろうか。
 いまいちわからなかった。

「私たち騎士は、王家に心からの忠誠を誓っています。もちろん、国王陛下から東方師団を任されているオスカー様にも」

 それはリリアも知っている。
 騎士は、何よりも名誉を重んじる。
 国王に忠誠を捧げ、それと引き換えに国王の信頼という名誉を与えられるのだ。
 その名誉を胸に、どんな死地にも果敢に飛び込んでいく。

 ちなみに、騎士は、愛する女性にも忠誠を誓う。
 敬愛する女性に忠誠を捧げ、力を得て決闘に臨む騎士様。
 あたしにもいつかそんな人が現れないかしら――小さい頃、物語を読んでは乙女の夢を膨らませていた。

「騎士は、常に体面を保つ必要があります。騎士があなどられれば、忠誠を誓った王家やオスカー様の体面が傷つけられたことになるからです」

 カレンが続けた。

「周りの人々には、それが不遜な態度に見えることもあります。そちらのアンナさんのように」

 視線を向けられ、テーブルの脇に立っていたアンナが顔を赤らめた。
 さっきの悪口を聞かれたので、バツが悪いのだろう。

「騎士は、体面を保たなければなりません。昨日の男性騎士、名をハリスといいますが、彼は『騎士団が回復薬のほどこしを受けるわけにはいかない』と、そう考えたのです」
「……あたしのは、施しになるのかしら?」
「お金を取らないなら、それは施しです。騎士団として、薬を恵んでもらうような真似はできません。また、見た目も大事です。リリア様がとても親しみやすい方であることはわかりましたが、使用人であるメイド姿の女性が交渉相手である、というのは騎士の体面を傷つけます」

 ――屋敷の使用人ではないか。

 ハリスという男性騎士の言葉だ。
 そういえば、騎士と会うならドレスだと、アンナにも言われたっけ――。

 そっとアンナに目をやると、力強いうなずきが返ってきた。

「さらに言いますと、自分で薬草を採ってくるのも難しいです。冒険者に混じって山で薬草を採るなど、そんな真似は騎士にはできませんから」
「そういうことだったのね……」

 話を終えたカレンに、リリアは納得しながらつぶやいた。

 昨日、リリアは、誇り高き騎士に向かって言ってしまったのだ。
 ――山へ行って薬草を摘んできなさい。そうすれば薬を恵んであげますよ、と。
 しかも、使用人の格好で。
 国王に向かってそんな失礼なことを言おうものなら、おそらく首が飛ぶ。

「……ごめんなさい。あたし、知らずにあなた方を傷つけていたのね」

 リリアが謝ると、途端にカレンが慌てた。

「あ、いえ、謝っていただきたいのではなく、どうすればよいかをご説明したいだけで……。どうか顔を上げてください。女性に下を向かせるなど、騎士の風上にもおけませんから……」

 顔を上げたリリアの目に、カレンの気遣う顔が映る。
 本気で心配してくれているのがわかる、そんな表情だった。

(さすがは、オスカー様の配下の騎士様だわ)

 この人がオスカー様に媚びを売るなんて、そんなことするわけがない。
 ちょっとした言葉や態度の端々に、そう思えるものが滲み出ている。
 リリアは、自分が早くもこの女性騎士を好意的に思っていることに、気がついた。

「あたしはどうすればいいのかしら?」

 この人を信じてみよう。
 そう思った。

「まずは、オスカー様の奥様として、ふさわしい格好をしていただきたいです」
「それは……、ドレスを着たらいいのかしら?」
「はい。そして、毅然とした態度で騎士に接してください。思わず敬意を払いたくなる辺境伯夫人、というのが理想です」
「……善処するわ」

 オスカー様の奥様になりきる――。
 とてもじゃないけど、そんな真似はできそうにない。
 それでも、貴族令嬢として振る舞うことならできるそうだ。

「次に、リリア様には、回復薬を適正な価格で売っていただきたいのです」

 続けて告げられたカレンの言葉に、リリアは、うーん、と唸った。

「……あたし、ここで商売をしちゃいけないのよ」

 アンナから聞かされた。
 リリアの薬については、オスカー様から「奉仕なら構わない」とお達しがあったと。
 それはつまり、騎士団に薬を売れないことを、意味している。

「それは……、困りましたね」

 リリアの言葉にカレンが答え、沈黙が広がった。――そのとき。

「僕にいい考えがありますよ」

 黙って話を聞いていたテッドが、横から口を挟んだ。

「いい考え?」

 全員の目がテッドに集まる。
 それを受け止めたテッドは、まるでいたずらを思いついた子供のように、ニヤリと笑った。

「冒険者ギルドを使うんです。グリンウッド家とは別のところで、商売をやりましょう」


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