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第一章 秋の王都
誕生日パーティー(2)
しおりを挟む(わっ、あわわわっ。オスカー様がこんな近くに)
憧れの人を前にして、リリアは慌てて下を向く。
とてもじゃないが、直視できない。
彼とはこれまで目を合わせたことも、ましてや言葉を交わしたこともない。
二十二歳の彼は、グリンウッド辺境伯家の若き領主。
三年前に魔物との戦いで父親を亡くし、家督を継いだと聞いている。
領地で採れる薬草の商談のため、半年ごとに王都のこの屋敷を訪れるのだが、その凛々しい姿を遠くから眺めるのが、リリアのささやかで唯一の楽しみだった。
「は、はい、そうです。誕生日のパーティーです…………」
なんとか質問に答えたものの、その語尾が尻すぼみになる。
オスカー様は、濃紺の上着と白いズボンにマントをつけた、凛々しい騎士服姿。
一方のリリアは、変色したおかしな服を着て、しかも全身から薬草のにおいが漂っている。
とても見せられる姿ではないと、気づいたからだ。
「やはりそうか。友人から話を聞いてね。招待状はないんだが、リリア嬢に会えると思って来てみたんだ」
「えっ。ど、どうして――」
――どうしてオスカー様があたしに?
驚きのあまり、思わず視線を上げる。
オスカー様が軽く微笑んだ。
「彼女は、王都で最も質のいい薬を作る薬草師なんだ。けれど一度も顔を見たことがなくて、ずっと会ってみたかったんだ。どんなに素敵なお嬢さんかと思ってね」
話しながらパーティー会場に顔を向けたオスカーは、室内の様子に目を細めた。
「ところが、会場に入ろうとしたら、絶対に会いたくない奴がいてね。いつも人を騙そうとする汚い奴で……。おっ、あそこにいるのはハーブ男爵だ。その隣が奥方で、間にいるお嬢さんか……。ねえ、メイドさん。あの美しいお嬢さんがリリア嬢かい?」
問いかけながら、オスカーが振り返る。――ところが。
さっきまでそこにいたはずの女性は、忽然と消え失せていた。
「あれっ? どこか行っちゃったよ」
オスカーは首をかしげてしばらく周囲を見回していたが、やがて顔を屋敷の窓へと戻した。
そして、パーティー会場に立つ美しいご令嬢の姿を、熱のこもった目でじっと見つめていた。
その様子を物置小屋の扉の陰から見ていたリリアは、静かに扉を閉めると、転げ落ちるように地下室へと逃げ込んだ。
作業場の椅子にへたり込み、ぎゅっと胸を押さえる。
「ああ、びっくりしたぁ……。あたしに会いに来てくださったなんて……」
気持ちを落ち着けようと、声に出してつぶやく。
まだ心臓がドキドキしていた。
「あんなこと言われたら、逃げるしかないじゃないの……」
――どんなに素敵なお嬢さんかと思ってね。
彼の言葉が、頭の中でこだまする。
せっかくそんな想像をしてくれているのだ。
おかしな服を着て、変な色の髪とボロボロの肌に薬草のにおいが漂う女だなんて、絶対に思われたくない。
リリアだって、貴族令嬢。
まともな淑女教育は受けさせてもらっていないけれど、それくらいの矜持はある。
彼が横を向いている隙に、急いで小屋の中へと身を隠したのだった。
それでも初めて言葉を交わし、しかも、「質のいい薬をつくる薬草師」と褒めてもらえた。
――なんて素敵な、誕生日のご褒美。
目に焼き付けた笑顔を思い浮かべながら、うっとりと天井を見上げていた。
オスカー・グリンウッド辺境伯からハーブ男爵家に、長女リリアへの結婚を申し込む手紙が届けられたのは、それから十日後のことだった。
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