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イベント2 手作りサンドイッチ(3)

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「……メグ、……その、大丈夫か?」

 長い沈黙のあと、レオナルドが心配そうに声をかけた。
 地面にぺたりと座り込んでバスケットを膝に抱えていたマーガレットは、その顔をぼんやりと見上げる。
 
 何も考えられなかった。
 悲しみも悔しさも怒りも何も湧いてこない。
 涙すら出ない。
 ――ただ、無力感だけがあった。

「……とりあえず立とうか。ベンチに座ったほうがいい」

 マーガレットの膝の上のバスケットをひょいと持ち上げると、レオナルドが手を差し出してきた。
 その手を取って、促されるままに立ち上がる。
 入り口から少し離れた奥のベンチに導かれたので、そのまますとんと腰を下ろす。――ぼんやりと眺めるのは、隣に座った彼の膝に置かれたバスケット。

(また、食べてもらえなかったわ……)

 その事実が、視覚を通じて頭の中に入ってくる。
 きれいに並んでいたサンドイッチはその大半が地面に散らばり、バスケットの中にはほんの六切れしか残っていない。
 ――あんなに頑張って作ったのに。
 
(……何がダメだったのかしら?)

 感情が欠如したまま、そんな疑問が頭に浮かぶ。
 敗因がさっぱりわからなかった。

 サンドイッチは自分でもおいしいと思えたし、見た目もすばらしかった。
 座る場所はヒロインと離れていたし、邪魔されることもなかった。
 強いて言うなら、庭園に入るタイミングが早すぎたこと。
 それを見られて、「彼女を追い出した」と誤解された。

「やっぱりタイミングが悪かったのかしら……」

 小さな声でつぶやく。

「いや、それは違う……。そもそも、ランバート王子の心がメグに向いてないだろ」
「……えっ?」

 無意識のつぶやきに返事があったことに驚いて、マーガレットはバスケットからレオナルドに視線を向けた。

「俺がランバート王子を庭園に誘ったとき、既に約束がある感じだった。『同じ方向だから一緒に行こう』と言われたんだ」
「……」
「メグが言う『イベント』だが、偶然で起きているわけじゃない。たぶん、ヒロインと事前に約束している。前回の中庭もそんな感じだった」

 どうやらランバート王子には、ヒロインとの約束があったらしい。
 それを聞いて、マーガレットは前世のゲームを思い返す。

 王子ルートの攻略方法。
 六つのイベントで選択肢を間違えなければ、ハッピーエンドに辿り着ける楽勝ルート。
 そのイベント以外は何気ない会話だけだから、間違えることもないし意識したこともない。

「事前の約束なんて、してたっけ……?」

 首を捻ってつぶやいたとき、レオナルドがマーガレットの目をじっと見つめてきた。

「な、なに……?」
「メグ、違うんだ。ここは『ゲーム』じゃない。俺たちは生きているんだ。決められたストーリーどおりに動いたりはしない」

 あの冷静沈着なレオナルドが、真剣な顔だ。
 マーガレットは彼の言葉を繰り返した。

「……ここはゲームじゃない……」

 彼の真摯な瞳がその深みを増す。

「そうだ。そのことをメグはちゃんと理解するべきだ」

 真剣な目を向けられて、戸惑ってしまう。
 頭の中は、無力感でまだぼんやりしている。
 大切なことを言われているのはわかるが、うまく考えられない。

 マーガレットが小首をかしげていると、レオナルドがふわりと優しく微笑んだ。
 いつも冷静な彼のこんな顔を見るのは、前世のゲームでもこの世界でも初めてかもしれない。

「今はちょっと考えられない感じだな……。まあ、あとでゆっくり考えてくれ」
「……うん、わかった」

 彼の微笑みにつられて、素直にうなずく。
 自分の部屋に戻ったら、ゆっくり考えたい。

 すると、レオナルドが空気を変えるように両手をパチンと鳴らした。

「よし、話はここまでだ……。ところでメグ、ひとつ頼みがあるんだが、いいか?」
「ん……、なあに?」

 マーガレットが聞き返すと、レオナルドがニヤリと笑った。

「腹が減った。このサンドイッチ、俺がもらってもいいか?」

 訊ねながら、バスケットからサンドイッチをひとつ取り出して、顔の横に掲げた。
 やたらと嬉しそうな顔だ。

「もちろんよ。どうぞ食べて」

 作った料理は、誰かに食べてもらえたら嬉しい。
 心の中でそう思った。――そのとき。
 マーガレットのお腹が盛大に鳴った。

 ――ぐうぅぅぅぅぅ
 レオナルドが笑い出したことは、言うまでもない。

「ぷっ、ははははっ! ……ほら、メグも一緒に食べよう」

 明るく笑いながら、サンドイッチを手渡してくる。

「あ、ありがと……」

 恥ずかしさを紛らわせたくて、パクリと口に入れる。
 丹精込めて作ったサンドイッチは、冷めてもおいしかった。

「メグのサンドイッチ、やっぱりうまいよな」

 隣のレオナルドもおいしそうに食べている。
 残った六切れのサンドイッチは、あっという間にふたりのお腹に収まった。

 ――ランバート王子には食べてもらえなかったけど、ちゃんと誰かにおいしいと言ってもらえた。
 そう思うと、心が少し救われたような気がした。

 気がつけば、入り口のベンチの前には烏と鳩と雀が群がり、散らばったサンドイッチをきれいに平らげてくれていた。

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