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エンディング 卒業パーティー(5)

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「それにしても驚いたなぁ……。メグとクララ嬢が友達だったなんて。仲良く転生してきたんだね」

 ランバート王子とクララが立ち去ると、マーガレットたちの部屋には誰もいなくなった。
 レオナルドとふたり、並んでソファーに座る。

「まあね……。残念ながら、あたしは悪役令嬢だったけどね……」

 つぶやきながら、すこし寂しい気持ちがマーガレットの胸を去来する。
 思わぬエンディングには満足しているものの、自分が悪役令嬢のマーガレットであることは確かだ。
 クララが前世で寝たきりだった友達だったとわかってみると、やっぱり彼女がこの世界のヒロインなんだなぁ、という気がしてくる。

 きっと、どこかに優しい神様がいるのだ。
 その神様が、寝たきりで人生を終えた彼女に、乙女ゲームのヒロインに転生する、というご褒美をプレゼントしたんじゃないだろうか。
 そして、彼女が主役を演じるために、マーガレットは前世の記憶を取り戻した――興味がなかったはずのランバート王子を真剣に追いかけさせるために。

 そんなことを思って小さなため息をついたマーガレットに、レオナルドが「メグ、それは違うよ」と答えた。

「えっ?」

 その声に真剣な響きが含まれているのを感じて隣を見ると、チョコレート色の瞳がじっとマーガレットを見つめていた。
 レオナルドは、身体の向きを斜めにずらし、お互いに顔が向かい合えるようにしてから、優しい口調で告げた。

「メグは自分のことを悪役令嬢なんて言っちゃダメだよ」
「あ、そうだね……。でも、実際にそうだったし……」
「いやいや、そんなことはない。メグはヒロインなんだ」
「……えっ? どういうこと?」

 レオナルドの言葉の意味がわからず、マーガレットは首をかしげる。
 このゲームの世界のヒロインはクララで、彼女の意思で王子ルートが選択された。
 マーガレットは脇役の悪役令嬢だ。

 レオナルドがニヤリと笑った。

「本人は気づいてないんだね」
「……えっ? なにが?」
「メグは、ヒロインのイベントを、ほぼすべて成功させたってこと」
「…………どういうこと?」
「五つのイベントを思い出してごらん。ひとつ目の刺繍のハンカチ、メグが落としたハンカチを拾ったのは誰だったか覚えてる?」
「えーっと……、あれはクララでしょ?」

 拾われたハンカチをひったくるように取り返したことを思い出しながら答える。
 しかし、レオナルドは「違うよ」と首を横に振った。

「それはメグが落としたんじゃなくて、メグが置いたハンカチ。落としたハンカチは、俺が拾ったんだ」
「……あっ、確かに……」
「そのあとの、サンドイッチを食べる、カップケーキを作る、いじめから助け出す、チョコレートを口に入れる……。全部、俺と一緒にやっただろ?」
「……う、うん」
「最後のイベントのダンスの練習だけはなかったけどね……。まあ、メグはダンスが上手だから」

 嬉しそうに笑うレオナルドの顔を見ながら、マーガレットは、改めてこれまでのイベントを思い返した。

(本当だわ! あたし、レオンを相手に、ヒロインのイベントを全部やってたわ!)

 最初のハンカチのイベント。
 マーガレットが本当に落としたハンカチは、化粧を直そうとしたときの三枚目。あれを拾ってくれたのはレオナルドだった。
 庭園のベンチで一緒にサンドイッチを食べたのも、彼。
 カップケーキのイベントでも、彼がオーブンで焼くのを手伝ってくれた。
 校舎裏では、ランバート王子にいじめられていたマーガレットを助け起こして、あのキザなセリフを言ってくれた。
 クリスマスディナーでは、彼の口にビターチョコレートを入れたっけ。

 そして最後のイベント。
 これはダンスの練習ではなく、本当はキスのイベント。

 ――真っ赤な夕陽の庭で、素敵なキスをした。

 そのシーンを思い出すと顔が赤くなるのが、自分でもわかる。

 そんなマーガレットに、レオナルドが優しく微笑んだ。

「しかも、それは偶然じゃない。メグは自分で選んだんだ。気づいてるかい? 攻略対象のルート選びは、最初に誰に声をかけるかで決めるんだろ?」

 レオナルドが深みを帯びた瞳でじっとマーガレットを見つめる。
 その眼差しを受け止めたマーガレットの心の中に、じわじわと喜びが広がっていく。

(そうだったわ……。あたしが最初に声をかけたのは、レオンだったわ)

 医務室で目を覚まして、相談の相手として選んだのがレオナルド。
 初めてクララを見かけた時、「王子ルートが選択されました」という機械音が頭に流れたが、あれはゲームの記憶がクララのセリフに呼び起こされただけ。

 マーガレットは「相談するならレオナルド」と、自分自身で彼を選び、ちゃんと最初に声をかけていた。――つまり、彼が『攻略対象』だ。

「だから、あたしはヒロインなのね?」

 確かめるように訊ねると、レオナルドが力強くうなずいた。

「そうだ。俺から見れば、メグこそが心優しいヒロインで、クララ嬢のほうが恋路を邪魔する悪役令嬢に見えた」
「……レオン……」
「メグは脇役なんかじゃない。最初からこの転生劇のヒロインなんだ」
「うん……、今ならそう思える」
「それにしても、俺がメグの王子様だと気づいたときは嬉しかったな。まあ、最初は全然わからなかったけど……。おっとっと……メグ?」

 レオナルドの話が終わらないうちに、マーガレットは、隣に座る彼の腕を、自分の胸にぎゅっと抱きしめた。
 喜びがあふれ出すのを抑えられなかった。

 なんてステキなのかしら!
 自分は悪役令嬢じゃなくて、ヒロインだった。
 そして自分の王子様と恋をした。
 すてきなハッピーエンドのストーリーで。

 前世の記憶を思い出したことも、決してクララのためなんかじゃない。
 もしゲームを知らなければ、今頃はクララがヒロインとしてハッピーエンドを迎え、マーガレットは国外追放になっていたはずだ。
 そして、婚約破棄されると同時に昔の記憶の封印が解け、涙に暮れていたことだろう。
 前世の記憶を思い出したおかげで、それを回避できたのだ。

(ありがとう、レオン。あたしだけの王子様)

 彼のたくましい腕を胸に抱き、その肩に頭を預ける。
 マーガレットの喜びがレオナルドにも伝わったのだろう、もう片方の手が伸びてきて、優しく髪を撫でてくれた。



 しばらくすると、廊下がざわざわと騒がしくなってきた。
 どうやら演舞の時間が終わり、ダンスホールの人が動き出したようだ。
 廊下から中を覗き込む人も、ちらほらと見える。

 マーガレットはソファーで姿勢を正し、レオナルドとお互いに顔を見合わせた。
 そう――公爵令嬢としては、いつまでもイチャイチャした姿をさらすわけにはいかない。

 レオナルドがにっこりと笑った。
 マーガレットの大好きな優しい笑顔で。

「よろしければ、次の曲、俺と踊っていただけますか、ヒロインさん?」
「はい、もちろん喜んで。王子様」

 お互いに冗談めかして微笑み合うと、手に手を取って立ち上がった。
 そして、シャンデリアの光がキラキラと輝くダンスホールへと、足をそろえて踏み出していった。



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