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イベント4 令嬢たちのいじめ(3)

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「そこまでです! ランバート王子!」

 レオナルドの声だ。
 ――彼が来てくれた!

 希望の光が差した思いで振り返る。
 マーガレットの視線の先、校舎の建物の角には、レオナルドと三人の女子生徒が立っていた。
 さっきのクララの話に出てきた、ベルファスト伯爵令嬢とその取り巻きの令嬢たち。

「なんだ、レオナルド。お前には関係ない――」

 ランバート王子が鋭い目を向けた時、レオナルドが右手を伸ばして彼の前で広げた。

「話の前に、まずは淑女レディを助け起こすのが先です。お待ちください」

 毅然とした口調で告げると、マーガレットのそばに歩み寄り、両手を取って助け起こしてくれた。

「遅くなってすまない、メグ」
「……あ、ありがとう、レオン」

 マーガレットがスカートについた雪を手で払って顔を上げると、レオナルドが耳元でささやいた。

「メグのことはオレが守る。メグの心は誰にもけがさせない」
「えっ……」

 驚いて目を見開いたマーガレットに微笑みかけると、レオナルドはくるりと身を翻し、ランバート王子とクララに向かい合った。

「ランバート王子、お待たせしました」
「お、おう……。何の用だ、レオナルド?」

 さっきまでの勢いが削がれ、落ち着いた声でランバート王子が訊ねる。
 実は、このふたりを始め、攻略対象たちは互いに仲がいい。
 将来、ランバート王子が国王になったときに彼を支える者たちであり、ゲームのハッピーエンドでは、全員が王子とヒロイン側についていた。

「今日は王子の誤解を解くために来ました」
「……誤解?」
「はい、マーガレット嬢がクララ嬢をいじめていた、という誤解です」
「違うのか? オレは、今、この目で見たんだぞ?」
「いえ、そう見えただけのはずです……。それは、彼女たちが説明してくれますよ」

 レオナルドが落ち着いた声で告げると、彼と一緒に来ていたセレーナ・ベルファスト伯爵令嬢が進み出た。

「こうして話をするのは、お久しぶりです、ランバート王子殿下」
「ああ、セレーナ。夏の園遊会以来だな」
「はい……。先ほどのレオナルド様のお話ですが、実はわたくしたち、あるお方から手紙を受け取りました」
「ほう……、どんな手紙だ?」

 セレーナが丁寧な淑女の挨拶をしたからだろう、ランバート王子も丁寧に問い返した。

「今日、この時間、この場所にクララ様を呼び出すので、懲らしめてやりなさい、という手紙です」
「なんだと! 差出人は誰だ?」

 ランバート王子が身を乗り出す。
 マーガレットも驚いて目を見開く。
 レオナルドはすでに知っているからだろう、涼しい顔だ。
 クララの表情は、ここからは見えない。

 ランバート王子に問われたセレーナが、静かな声で告げた。

「差出人は……、マーガレット・ブラックレイ公爵令嬢、になっています」
「……えっ、うそ?」

 自分の名前を呼ばれ、マーガレットがかすれた声を上げる。
 そんな手紙、出した覚えはない。

「……その手紙は持っているのか?」

 しかし、真っ先に声を荒げそうなランバート王子が、落ち着いた声で証拠を求めた。

「はい、ここに……。三人とも同じ手紙です」

 セレーナが、手にしていた手紙をランバート王子に渡す。
 手紙を受け取ったランバート王子は、中身を一読して口を開いた。

「ふむ……。この手紙は偽物だ」
「……え?」

 ランバート王子の後ろから、小さな声が上がる。
 それには気づかなかったのか、ランバート王子がレオナルドに話しかけた。

「貴族なら、公文書ではない手紙にフルネームや家名を書いたりしない……。それはマーガレット嬢も同じ、というわけか?」

 レオナルドがうなずきながら答えた。

「はい。ましてやこんな手紙、名前は書かずに、暗号か筆跡で相手に知らせるのが常識です」
「そうだな……。しかしレオナルド、こんな手紙があると、よく気がついたな」
「最近、おかしな偶然が続きましたので、セレーナ嬢たちに何かあれば俺に知らせるように頼んでおいたのですよ」
「ほう……。しかし、マーガレット嬢がここに来たのも事実だが?」
「それも俺が頼んだんです……。何が起きるのか、興味がありましたから」

 静かに告げながら、レオナルドがランバート王子の後ろのクララに視線を向けた。

「誰かがマーガレット嬢に罪をなすりつけようとしたのでしょう……。おそらく貴族の常識を知らない誰かが」
「いや……そうとも限らないぞ。そう見せかけるために、誰かがわざと書いたと考えることもできるだろう?」

 ふたりとも優秀なだけあって、冷静に状況を分析している。
 レオナルドが、この場の状況が誰か――つまりはクララだが――によって作られたことを示唆すると、ランバート王子は、クララを擁護するかのように、別の可能性を挙げた。

 レオナルドが、クララから視線を逸らさずに続ける。

「たしかに、その可能性もありますが……。手紙の指紋やインクを調べればわかること。やはり、自作自演の疑いが濃いかと――」

 ところが、レオナルドの言葉が終わるか終わらないかのうちに、明るい声がその場に響き渡った。

「まあ! マーガレット様、誰かに罪をなすりつけられるところだったんですかっ?」

 クララの声だ。
 彼女は、ランバート王子の前に進み出ると、マーガレットに駆け寄って、その手を取った。

「そんなひどい人がいるなんて、信じられないです! わたし、危うく騙されるところでした! ねえ、そうですよね、マーガレット様?」

 満面の笑顔でマーガレットの顔をのぞき込む。

「う、うん……。そうだね……。誤解が解けてよかったよ……」

 その勢いに呑まれてマーガレットが答えると、クララはランバート王子に向かって口を尖らせた。

「ランバート様! これはきっと、わたしたちの仲をねたんだ人の仕業です! マーガレット様もわたしも、罪を着せられそうになったんです!」
「な――っ」

 絶句したレオナルドの横で、ランバート王子もいぶかしげな視線をクララに向けた。

「君たちの仲とは、どういうことだ? さっきは突き倒されたのではなかったのか?」

 クララが、ぶんぶんと首を横に振った。

「ランバート様ったら、いやですわ……。わたし、そんなの、ひと言もいってません」
「いや、しかし……、それに厨房でも……」
「あのときも、ランバート様がおっしゃっただけです。だって、わたしたち、お友達ですもの!」
「なにぃ? 友達だとぉ?」
「はい! マーガレット様には、手縫いの刺繍のハンカチも頂いたんですよ!」

 クララはコートのポケットに手を入れ、マーガレットが厨房で貸してあげたハンカチを取り出した。

「ふむ……。たしかに前に見たハンカチだな……。そうなのか、マーガレット嬢?」

 ランバート王子が、マーガレットに視線を向けた。

「……は、はい……、あたしたちはお友達です」

 マーガレットは慌てて返事をする。
 もう、クララの不可解な態度なんて、頭から吹っ飛んでいた。

(王子様が、あたしの名前を呼んでくれたわ!)

 頭の中は、そのことでいっぱい。
 ついさっきも、レオナルドと会話するランバート王子の口からマーガレットの名前が出てきて、心が躍ったところ。
 ついに、顔を見て名前を呼んでもらえた。
 嬉しくて、嬉しくて、心臓がバクバク鳴っている。

「そうか……。だが、一度もそんなこと言わなかったじゃないか」
「……だ、だって、ランバート王子が怖くて……」

 文句を言うつもりなんて無かったのに、優しく問いかけられて、つい、怖かったことを訴えてしまう。
 しかし、ランバート王子は不快な顔をすることもなく、話を続けた。

「怖かったか……。それは返す言葉もないな……。許せ」

 王族は、決して誰にも頭を下げたりしない。
 だから、「許せ」は、最大限のお詫びの意味だ。

「い、いえ……。許すも何も……。誤解が解ければ、あたしはそれで嬉しいです」

 素直に本心を伝える。
 もう、心臓がドキドキしてうるさいくらい。
 こんなに穏やかに自分の気持ちを伝えられる日が来るなんて――

 マーガレットの気持ちが彼に届いたのだろう、ランバート王子が落ち着いた声で答えた。

「うむ……。たしかに誤解していたようだ……。マーガレット嬢、思えば貴女あなたとこうして言葉を交わすのは初めてだな」

 そして、マーガレットに向かって、にっこりと微笑んだ。
 ずっと夢見ていた彼の笑顔。
 まるで、そこに太陽が昇ったみたい。
 誤解だけじゃなく、周りの雪だってぜんぶ溶かしてしまいそうな、そんな笑顔だった。

(ああ……、なんてステキなの――)

 心の底から喜びが湧き上がってきたマーガレットは、頭の中が真っ白に溶け、そのまま気を失った。
 意識を手放す直前、レオナルドの「詰めが甘かったか……」という小さなつぶやきが聞こえたような気がした。

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