上 下
19 / 31

イベント5 クリスマスディナー(3)

しおりを挟む


「今日は楽しいディナーだったな」

 ランバート王子が満足げにつぶやく。
 メインディッシュのあと、デザートのプリンを食べ終わったところだ。

 ゲームではチョコレートのはずのデザートが、現実ではプリンに変わっていた。
 危うく、予定のイベントが起こせないところだった。

「わたしも楽しかったです! ランバート様といっぱいお話できましたし、料理もおいしかったです……」

 クララが答え、テーブルに置かれた水のグラスを取る。

「そうだな……。しかし、ちょっと調子に乗って食べ過ぎてしまった……。腹ごなしに、軽くお茶でも飲みながらお喋りがしたいところだ」

 ランバート王子がお腹をさすりながら、マーガレットに視線を送る。

(こ、これって、食後にあたしとお喋りしたい、って意味よね?)

 そう思って、マーガレットも微笑みを返す。
 ゲームでは、食後にふたりきりでお茶とお喋りの時間になる。
 今は六人掛けのテーブルに座っているが、ランバート王子の食後のお喋りタイムのお誘いは、はっきりとマーガレットに向けられている。
 ――つまり、場所を移してふたりきりになりたい、というお誘い。
 イベントが成功した空気を感じて、ホッと気持ちが緩む。
 
 まさにその時だった。
 クララが動いたのは――

 カタンッ

「ど、どうした、クララ嬢?」

 小さな音とともに、ランバート王子が慌てた声を上げた。
 そちらに目をやると、テーブルの上に水のグラスが倒れ、クララがランバート王子にもたれかかっていた。

「ラ、ランバート様……、わたし、ちょっと気分が悪くて……」

 さっきまで元気に話していたはずのクララが、今は苦しそうな顔だ。

「――す、すみません……。わたし、先に部屋に戻ります……」

 蒼白な顔で立ちあがろうとする。

「いやいや、それはいけない……。うむ、オレが付き添ってやろう」

 ランバート王子が立ち上がり、すぐさまクララを横抱きにした。

「ダリウス、先に行って、医務室に連絡してくれ」
「ランバート王子、誰か人を呼んで運ばせましょうか?」
「いや、ダリウス、それには及ばない。クララ嬢は聖女だ。誰もが触れていい人ではない。ここは王族のオレが運ぶべきだろう」
「御意――」

 そんなやりとりをしてから、マーガレットに目を向ける。

「こんな状況になってしまった。オレは彼女を連れて行かなければならない。構わないだろうか」

 まるで、許しを請うような言い方。
 女性の手当てをするのに、婚約者であるマーガレットが気分を悪くしないよう、気遣ってくれている――
 その配慮が嬉しくて、マーガレットはうなずいた。

「クララはあたしのお友達です。どうぞ行ってらっしゃいませ」
「うむ、マーガレット嬢はゆっくりお茶でも楽しんでくれ。レオナルド、頼んだぞ」

 そんな言葉を残し、ランバート王子はクララを横抱きにして会場を後にした――
 
 

「なによ、あれ!」

 ランバート王子を見送ってしばらくすると、向かいに座っていたセレーナが、いきどおりの声とともに立ち上がった。

「マーガレット様、わたくし、医務室に様子を見に行きますわ! あんなの仮病に決まっています!」
「は、はい……」

 勢いにおされて返事をすると、セレーナは、「見てらっしゃい! 聖女が病気になるなんておかしいんだから!」と言いながら、取り巻きの令嬢たちに声をかけて行ってしまった。

 テーブルに残されたマーガレットは、レオナルドとともに、その後ろ姿を唖然として見送る。

「まさか、あんな手を使うとはな……」

 レオナルドがマーガレットだけに聞こえる小さな声でつぶやいた。

「本当に……。でも、今日はイベントのデザートがチョコレートじゃなかったから、クララも必死だったのかも」

 思ったとおりの感想が口をついて出た。
 こちらを振り向いたはずのランバート王子が、むりやり彼女のほうに向き返された、そんな気分だ。

 ただ、不思議なことに、反発心や怒りといったマイナスの感情は湧いてこない。
 何度もプレイしたヒロインだからか、クララには親近感を覚えるし、それに、ランバート王子の気持ちはすでにマーガレットに向いていると確信している。
 心の余裕、とでも言えばいいだろうか。

 すると、マーガレットの返事を聞いたレオナルドが驚いた顔を向けた。

「メ、メグ……?」
「……ん? なあに?」
「今の言葉だが、クララ嬢もデザートはチョコレートのつもりでいた、メグはそう思っているのか?」
「……えっ?」
「今、そんな口ぶりだっただろ?」

 レオナルドに言われて、マーガレットも改めて気がついた。

「たしかに……。なんとなくそう感じたんだけど……。ひょっとして、彼女もゲームを知ってる転生者かしら?」

 マーガレットがつぶやくと、レオナルドが頭を抱えた。

「やはりそうか……。そうなると、これは難題だぞ……」

 難しい顔をして悩みはじめた。
 王子攻略を真剣に悩んでくれるのはありがたいが、既に心に余裕のあるマーガレットとしては、こんなに悩まれると、逆に申し訳なくなってくる。
 クリスマスの夜はこれからなのに。

(レオンにもクリスマスディナーを楽しんでもらわなくっちゃ)

 そう思ったマーガレットは、ポケットに手を入れて、もしものときのために準備していたものを取り出した。
 紙に包んでいたそれを開く。

「ねえ、レオン、ちょっと顔を上げて」
「……ん? なんだ?」

 下を向いて考え込んでいた彼が、顔を上げる。
 マーガレットは、その彼の口元に、手に持っていたものをひょいと入れた。

「!」

 レオナルドが驚きで目を丸くする。

「うふふっ、びっくりした? レオンの好きなビターのチョコレートよ。悩んでないで、お喋りしましょ」
「あ、ああ……。ありがとう、メグ」

 口に入れたチョコレートをモグモグと食べながら、レオナルドがふわりと微笑む。
 難しい顔をしていたのが、柔らかくなった。
 やはり食いしん坊さんの彼には、食べ物が一番。
 
「やっと笑ってくれたわ。レオンったら、今日はずっと難しい顔してたわよ? せっかくのクリスマスなのに」
「……俺、難しい顔をしてた?」
「うん、してた。もう食事は終わっちゃったけど、まだ飲み物とチョコレートならあるよ」
「ありがとう。じゃあ、ビターチョコをもうひとつ……。実は、さっきのプリンが甘すぎて、口の中が甘ったるいのなんの……」
「あのプリン、甘かったよねー。今度、甘さ控えめなのを作ってあげるよ」
「おっ、それは楽しみ」
「うん、楽しみにしてて」

 そんなやりとりをしていると、気を利かせたウェイターが、食後のお茶を運んできてくれた。

「こちらをどうぞ」
「あら、ありがとう」

 お礼を伝えると、ウェイターは、「どうぞごゆっくりお楽しみください」と伝えて、壁際に下がっていった。

 その後は、ウェイターも他の生徒たちも、誰ひとりとしてテーブルに近づいてこず、また、ランバート王子やセレーナたちも戻ってこなかった。
 クリスマスディナーの夜は、レオナルドとのお茶とお喋りでゆっくりと更けていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...