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イベント5 クリスマスディナー(3)
しおりを挟む「今日は楽しいディナーだったな」
ランバート王子が満足げにつぶやく。
メインディッシュのあと、デザートのプリンを食べ終わったところだ。
ゲームではチョコレートのはずのデザートが、現実ではプリンに変わっていた。
危うく、予定のイベントが起こせないところだった。
「わたしも楽しかったです! ランバート様といっぱいお話できましたし、料理もおいしかったです……」
クララが答え、テーブルに置かれた水のグラスを取る。
「そうだな……。しかし、ちょっと調子に乗って食べ過ぎてしまった……。腹ごなしに、軽くお茶でも飲みながらお喋りがしたいところだ」
ランバート王子がお腹をさすりながら、マーガレットに視線を送る。
(こ、これって、食後にあたしとお喋りしたい、って意味よね?)
そう思って、マーガレットも微笑みを返す。
ゲームでは、食後にふたりきりでお茶とお喋りの時間になる。
今は六人掛けのテーブルに座っているが、ランバート王子の食後のお喋りタイムのお誘いは、はっきりとマーガレットに向けられている。
――つまり、場所を移してふたりきりになりたい、というお誘い。
イベントが成功した空気を感じて、ホッと気持ちが緩む。
まさにその時だった。
クララが動いたのは――
カタンッ
「ど、どうした、クララ嬢?」
小さな音とともに、ランバート王子が慌てた声を上げた。
そちらに目をやると、テーブルの上に水のグラスが倒れ、クララがランバート王子にもたれかかっていた。
「ラ、ランバート様……、わたし、ちょっと気分が悪くて……」
さっきまで元気に話していたはずのクララが、今は苦しそうな顔だ。
「――す、すみません……。わたし、先に部屋に戻ります……」
蒼白な顔で立ちあがろうとする。
「いやいや、それはいけない……。うむ、オレが付き添ってやろう」
ランバート王子が立ち上がり、すぐさまクララを横抱きにした。
「ダリウス、先に行って、医務室に連絡してくれ」
「ランバート王子、誰か人を呼んで運ばせましょうか?」
「いや、ダリウス、それには及ばない。クララ嬢は聖女だ。誰もが触れていい人ではない。ここは王族のオレが運ぶべきだろう」
「御意――」
そんなやりとりをしてから、マーガレットに目を向ける。
「こんな状況になってしまった。オレは彼女を連れて行かなければならない。構わないだろうか」
まるで、許しを請うような言い方。
女性の手当てをするのに、婚約者であるマーガレットが気分を悪くしないよう、気遣ってくれている――
その配慮が嬉しくて、マーガレットはうなずいた。
「クララはあたしのお友達です。どうぞ行ってらっしゃいませ」
「うむ、マーガレット嬢はゆっくりお茶でも楽しんでくれ。レオナルド、頼んだぞ」
そんな言葉を残し、ランバート王子はクララを横抱きにして会場を後にした――
「なによ、あれ!」
ランバート王子を見送ってしばらくすると、向かいに座っていたセレーナが、憤りの声とともに立ち上がった。
「マーガレット様、わたくし、医務室に様子を見に行きますわ! あんなの仮病に決まっています!」
「は、はい……」
勢いにおされて返事をすると、セレーナは、「見てらっしゃい! 聖女が病気になるなんておかしいんだから!」と言いながら、取り巻きの令嬢たちに声をかけて行ってしまった。
テーブルに残されたマーガレットは、レオナルドとともに、その後ろ姿を唖然として見送る。
「まさか、あんな手を使うとはな……」
レオナルドがマーガレットだけに聞こえる小さな声でつぶやいた。
「本当に……。でも、今日はイベントのデザートがチョコレートじゃなかったから、クララも必死だったのかも」
思ったとおりの感想が口をついて出た。
こちらを振り向いたはずのランバート王子が、むりやり彼女のほうに向き返された、そんな気分だ。
ただ、不思議なことに、反発心や怒りといったマイナスの感情は湧いてこない。
何度もプレイしたヒロインだからか、クララには親近感を覚えるし、それに、ランバート王子の気持ちはすでにマーガレットに向いていると確信している。
心の余裕、とでも言えばいいだろうか。
すると、マーガレットの返事を聞いたレオナルドが驚いた顔を向けた。
「メ、メグ……?」
「……ん? なあに?」
「今の言葉だが、クララ嬢もデザートはチョコレートのつもりでいた、メグはそう思っているのか?」
「……えっ?」
「今、そんな口ぶりだっただろ?」
レオナルドに言われて、マーガレットも改めて気がついた。
「たしかに……。なんとなくそう感じたんだけど……。ひょっとして、彼女もゲームを知ってる転生者かしら?」
マーガレットがつぶやくと、レオナルドが頭を抱えた。
「やはりそうか……。そうなると、これは難題だぞ……」
難しい顔をして悩みはじめた。
王子攻略を真剣に悩んでくれるのはありがたいが、既に心に余裕のあるマーガレットとしては、こんなに悩まれると、逆に申し訳なくなってくる。
クリスマスの夜はこれからなのに。
(レオンにもクリスマスディナーを楽しんでもらわなくっちゃ)
そう思ったマーガレットは、ポケットに手を入れて、もしものときのために準備していたものを取り出した。
紙に包んでいたそれを開く。
「ねえ、レオン、ちょっと顔を上げて」
「……ん? なんだ?」
下を向いて考え込んでいた彼が、顔を上げる。
マーガレットは、その彼の口元に、手に持っていたものをひょいと入れた。
「!」
レオナルドが驚きで目を丸くする。
「うふふっ、びっくりした? レオンの好きなビターのチョコレートよ。悩んでないで、お喋りしましょ」
「あ、ああ……。ありがとう、メグ」
口に入れたチョコレートをモグモグと食べながら、レオナルドがふわりと微笑む。
難しい顔をしていたのが、柔らかくなった。
やはり食いしん坊さんの彼には、食べ物が一番。
「やっと笑ってくれたわ。レオンったら、今日はずっと難しい顔してたわよ? せっかくのクリスマスなのに」
「……俺、難しい顔をしてた?」
「うん、してた。もう食事は終わっちゃったけど、まだ飲み物とチョコレートならあるよ」
「ありがとう。じゃあ、ビターチョコをもうひとつ……。実は、さっきのプリンが甘すぎて、口の中が甘ったるいのなんの……」
「あのプリン、甘かったよねー。今度、甘さ控えめなのを作ってあげるよ」
「おっ、それは楽しみ」
「うん、楽しみにしてて」
そんなやりとりをしていると、気を利かせたウェイターが、食後のお茶を運んできてくれた。
「こちらをどうぞ」
「あら、ありがとう」
お礼を伝えると、ウェイターは、「どうぞごゆっくりお楽しみください」と伝えて、壁際に下がっていった。
その後は、ウェイターも他の生徒たちも、誰ひとりとしてテーブルに近づいてこず、また、ランバート王子やセレーナたちも戻ってこなかった。
クリスマスディナーの夜は、レオナルドとのお茶とお喋りでゆっくりと更けていった。
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