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エンディング 卒業パーティー(3)
しおりを挟む王太子の婚約宣言をもって式典がつつがなく終わり、卒業パーティーは、ダンスと社交の時間へと移っていた。
「なあ、メグ。さっきはクララ嬢に何を話したんだい?」
ダンスを踊りながら、レオナルドがマーガレットに問いかける。
ゆったりとした曲に乗って踊る優雅なダンスは、早くも五曲目。
お互いに誰とも交代せず、ずっとふたりで踊り続けている。
「うふふっ、やっぱり気になる?」
大好きなレオナルドの腕の中にすっぽりと包まれ、マーガレットはご満悦だ。
ダンスの間は、公然と彼に密着できる。
彼の腕を腰に回してもらい、身体をぴったりと寄せ合ったら、気分は抱きしめられているのと変わらない。
「すっごく気になる」
「レオンにだけは教えてあげようかな」
「おう、誰にも言わないと約束する」
「うん、レオンの約束は信頼してるよ」
「ありがとう……。それで、なんと?」
期待を込めて見つめるレオナルド。
マーガレットは、周りに聞こえないように小声で答えた。
「静かにしないとヒロインの正体をバラすわよ、って言ったの」
「ヒロインの正体?」
レオナルドが重ねて訊ねる。
「ゲームのバッドエンドでヒロインが婚約できなくなる理由はね、正体がバレることなの」
「そうなんだ? どんな正体?」
「それがね……。実は、彼女がホワイトスノウ公爵家の先代当主の娘ってのは、真っ赤なうそなのよ」
「えっ……、うそなのか……?」
絶句したレオナルドが、ダンスホールの片隅でポツンと立っているクララにちらりと目をやった。
彼女は、ランバート王子と一曲だけ踊ったあと、誰とも踊らずにじっとマーガレットを見つめている。
「ゲームを知ってる人にしかわからない裏情報なの。彼女、一発でノックアウトだったわ」
前世のゲームの、王子ルートのバッドエンド。
誰でも楽勝でクリアできるルートだけに、バッドエンドになることは、ほとんどない。
つまり、それだけ巧妙に隠された事実なのだが、バッドエンドでは、ヒロインが血筋を偽装したことがバレて婚約を取り消される。
そして、マーガレットはその偽装をゲームの知識として知っており、もしそれを公表すれば、クララをバッドエンドに終わらせることができる。
そのことを、『ヒロインの正体』という、この世界には無いひと言で即座に理解したクララは、あっさりと抵抗するのを諦めた。
本来ならヒロインのバッドエンドになるはずだから、悪役令嬢のマーガレットが臣下のレオナルドと結ばれるのは正しい結末。
――ゲームのストーリーを重視する彼女は、潔くそれを受け入れた格好だ。
「そうか……。メグの前世の知識が役に立ったんだな」
「うん、丸く収まってよかったわ」
「……だけど、そういうことなら、彼女はどうやって王家とホワイトスノウ公爵家の目をすり抜けたんだ?」
レオナルドはネタばらしに興味津々。
やはり攻略対象きっての理論派。うやむやにしたくないのだろう。
「それほど難しい話じゃないのよね」
「そうなのか?」
「実はね、ホワイトスノウ家で働いていた母親に先代当主のお手が付いたのは、彼女が生まれるより一年以上も前のことなの……。彼女の母親、美人でモテたから、お屋敷で他の男性たちとも関係を持っていて、誰が父親だかわからないのよ」
「……それはそれで、すごい話だな……」
レオナルドが絶句する。
「髪と瞳の色が同じだから公爵家の誰かなんだろうけど、明るみになっても困るし、特注の懐中時計は本物だから、聖女を迎え入れたい公爵家としては、亡くなった先代の娘ということにしたの」
「そうか……。それを知っているメグは、彼女の首根っこを押さえてるってわけだ」
「うふふっ。脅すつもりなんてないけどね。彼女があたしに頭が上がらないのは確かだわ」
「メグは優しいなぁ……。俺としては、そんな女が未来の王太子妃、というのは、ちょっと納得できないが……」
そう言いながら、レオナルドが再びクララに目を向ける。
マーガレットもそちらに目をやると、その視線に気づいたのだろう、クララが無邪気そうな笑顔を向けて、両手で小さなハートマークを作った。
彼女の目からは、マーガレットへの恨みや憎しみといった色は、まったく感じられない。
むしろ、バッドエンドだったのに王子様と婚約させてもらえて、感謝しているようだ。
(あたし、彼女のこと、どうしても憎めないのよね……)
これまでのやり取りを通じてマーガレットが抱いている印象は、彼女がこの世界をゲームの延長と思って遊んでいる、というもの。
そう――前世の記憶を思い出したころのマーガレットと同じだ。
実社会で生きている、という意識が薄く、ゲームの知識と恋のスキルを駆使して、とにかくハッピーエンドを目指して頑張っている感じ。
行動が短絡的で、対人スキルも低い。――おそらく前世は、マーガレットと同じ高校生、もしくは中学生くらいだろうか。
彼女が胸の前で作っている小さなハートマークは、『胸キュン☆セントレア学園』のファンサイトで流行っていた、ファン同士のメッセージポーズ。
一緒にゲーム談義をしたいです、という意味で、相手の名前と、手で作ったハートマークの絵文字を打ち込んで、個別のチャットルームに誘うのだ。
(同じゲームファンの友達が見つかって嬉しいのかしら)
ダンス中で両手がふさがっているので、試しにパチパチと二回、ウインクしてみた。――すると。
クララは喜びいっぱいの顔になって、同じくパチパチとウインクを返してきた。
それを見たマーガレットは、一瞬、目を見開き、クララにうなずき返すと、レオナルドに視線を戻した。
彼女を守ってあげよう――そう思いながら。
「クララなら大丈夫よ。素直な子だから、正しく導いてあげれば、ちゃんとした女性になれるはずだわ」
「そうかなぁ……」
「だって、そうじゃなきゃ困るもん。彼女にランバート王子を引き取ってもらわないと、こっちにとばっちりが来るじゃない? 任せといて。あたし、彼女とお友達だから、いろいろ教えてあげるし」
彼女はこの世界のヒロイン。
ちゃんと指導さえしてあげれば、王太子妃にふさわしい女性になれるはず。
(うふふっ。あたし、前世の記憶を思い出したころは、「絶対に彼女を指導しない」なーんて思ってたのにね)
自分の心の変化に笑いを堪えていると、レオナルドが小さな声でつぶやいた。
「それもそうか……。うん、そうだ、そのとおりだ」
クララを警戒していたレオナルドが、自らを納得させるようにうなずく。
「彼女が王太子妃にふさわしいかどうかなんて、問題じゃない。もう誰にもメグを取られたくない。それが何よりも優先する」
「えっ……、いいの?」
いつも冷静に王国のことを考える彼からの思いがけない言葉に、マーガレットが問い返す。
すると、レオナルドが力強い声で答えた。
「だってメグが好きだから」
難攻不落のレオナルド。
前世のゲームでは、「だって好きなんだもん」なんて答えを返そうものなら、すぐに背中を向けてしまう理論派だった。
そんな彼が、理屈抜きでマーガレットを優先してくれた。
そのことが嬉しくて、ぎゅうっと彼の首にしがみついた。
この気持ちをちゃんと伝えたい。
「うん、あたしもレオンが大好き!」
レオナルドに負けじと、力いっぱいの声で告げた。――ところが。
まさにその直前。
ダンスの曲が終わり、会場中が最後のポーズを決めて、しーんと静まり返っていた。
レオンが大好き――だいすき――すき――
ダンスホールにマーガレットの『大好き』が響きわたる。
先ほどのランバート王子並みの、衆人環視での大好き宣言だ。
これはかなり恥ずかしい。
(――や、やってしまった)
そう思った瞬間、静まり返った会場に高い声が響いた。
「――キャロルも、おふたりが大好きですぅ!」
ブラコンのキャロルちゃん!
ずっとダンスを見ていたのだろう。
ドレス姿の彼女が、すぐ近くの観衆の輪から駆け出すと、マーガレットとレオナルドに飛びついた。
居並ぶ人々の相好が一気に崩れる。
プレイヤーに限らず、誰もが心を奪われるその可愛さ。
「もちろん、キャロルちゃんも大好きよ!」
気まずい空気を変えてくれた小さな身体を、マーガレットとレオナルドが笑顔で受け止める。
ダンスホールは、若いカップルを祝福する優しい笑顔と温かな拍手に包まれていった。
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