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エンディング 卒業パーティー(2)

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「このマーガレット・ブラックレイ、つつしんでお受けします」

 マーガレットが、丁寧なカーテシーとともに答える。
 決して卑屈になったりはしない。
 背筋を伸ばして、あくまでも堂々と。

 ランバート王子が婚約の解消を申し入れ、マーガレットがそれを受ける。
 王家と事前に打ち合わせた台本どおり。
 一方的な破棄ではなく、両者が合意した解消。
 あとは、会場の全員が王太子の新しい婚約者を祝福すれば、ハッピーエンドで大団円だ。

 誰もがそう思った、その時だった。
 異議を唱える声が響いたのは――

「なによコレ! こんなの納得できないわ! どうして悪役令嬢が幸せそうな顔をしているのよ!」

 声の主は、ヒロインのクララ。
 大声で叫ぶと、隣に立つランバート王子の腕をぐいっと引いた。
 なにをトチ狂ったのか、国王陛下が描いた台本をぶち壊すつもりらしい。
 とんだ『空気読めない子ちゃん』だ。

「ハッピーエンドにするんだから、悪役令嬢は国外追放じゃなきゃダメなの! ランバート様、今から罪状を挙げるから、ちゃんと聞いて!」
「ク、クララ嬢、なにを言い出すんだ?」
「だってランバート様ったら、今日のこと、ちっとも教えてくれなかったんですもん! わたし、こんなエンドだなんて、聞いてないわ!」
「いやいやいや、これが最もうまく収まるんだ。婚約解消できたんだから、事を荒立てないでくれ」

 ランバート王子は、先ほどまでの堂々とした表情が一気に崩れ、クララを黙らせようと焦りまくっている。
 どうやらこのふたり、事前の台本の打ち合わせができていなかったらしい。

 周りで見ていた貴族たちから、ひそひそと話す声が聞こえてきた。

「聖女様は、なにを言っているのかしら?」
「さあ、わからん。不服を申し立てているようだが」
「王太子に見初められましたのに、何が不満なのでしょう?」
「ホワイトスノウ家とブラックレイ家の確執かしら。ちょっと楽しみですわね」

 誰もが興味津々で成り行きを見守っている。
 前を見ると、国王陛下とその隣の王妃殿下は困惑顔だ。

 そりゃそうだろう。
 彼女のために、国王陛下はマーガレットのお父様に頭まで下げたのだ。
 ハッピーエンドとか悪役令嬢とか、訳のわからないことを言われても困惑でしかない。

「罪状のひとつ目は、わたしにハンカチを拾わせて、盗みの罪をなすりつけようとした……、あぷっ」

 ハンカチのイベントといった子供じみた内容を罪状だと言い出し、ランバート王子が慌ててクララの口を手でふさぐ。

「やめないか、クララ嬢。こんなところで!」
「いえ、言わせてくだ……さいっ。もしバッドエンドになったら、大変……ですっ……」
「あとで聞いてやるから、今はやめるんだ……。痛い、痛い! こら、足を踏むな!」
「ふたつ目は、庭園でわたしを端のベンチに……追いやって……あぷっ」

 喋ろうとするクララと、彼女の口をふさいで止めようとするランバート王子。
 どちらも必死だ。
 しかし、はたから見れば、恋人同士が痴話喧嘩をしているか、むしろ、イチャイチャとじゃれ合っているようにしか思えない。

 いずれにせよ、王家の威信を失墜させていることだけは確かだろう。

「なんですの、あれ」
「とんだおたわむれだこと」
「早く終わってくださらないかしら」

 観客の貴族たちから、くすくすと失笑が起こる。呆気に取られてぽかんと見ている者もいる。
 マーガレットが後ろを振り返ってみると、生徒たちも迷惑顔だ。

「な? 心配したとおりになっただろ?」

 レオナルドがマーガレットに肩を寄せて、こっそりとつぶやいた。

(まさか、クララがこれほどストーリーにこだわるとは思わなかったわ……)

 彼女は、あくまでもストーリーどおりのハッピーエンドに固執しているようだ。
 しかも、ゲームのイベントのような小さなことを罪状だなんて言って。

 それにしても、ゲームの悪役令嬢ならともかく、マーガレットは彼女に何の嫌がらせもしていない。
 ただ誠実に自分のできることを頑張っただけ。
 ――裏で策を講じていたのは、むしろランバート王子とクララのほうだ。

 目の前で繰り広げられる情けない姿にマーガレットがため息をつくと、レオナルドが懇願するような顔を向けた。

「メグ、あれを収める方法、何かない?」
「……えっ、あたしが?」
「うん……。気持ちはわかるけど、ランバート王子はあれでも王太子だし、このまま醜態をさらし続けるのは良くないんだ」

 さすがは冷静なレオナルド。
 嫌いな相手でも、ちゃんと王国のことを考えている。

「それに、ヒロインのことをわかっているのは、メグだけだろ?」
「うーん……。なにかいい方法、あるかなぁ……」

 あのランバート王子をあたしが助けるなんて、と思わなくもないが、大好きなレオナルドに頼まれれば、マーガレットとしては奮起してしまう。
 彼に、心のせまい女、と思われるのもイヤだ。
 
 とはいえ、すぐに妙案を思いつくものでもない。
 腕を組んで考えていると、レオナルドがぽつりとつぶやいた。

「ヒロインが最も嫌がることって何だ? なにか効果的なひと言、ってないかな」
「効果的なひと言ねぇ……、あっ!」

 彼の言葉でピンときた。
 クララはストーリーを重視するゲーム好き。
 そしてバッドエンドを恐れてる。

「あるわ! 効果的なひと言が!」
「そうか。じゃあ、頼むよ」
「うん、やってみる!」

 マーガレットが元気よくうなずくと、レオナルドも力強くうなずき返してくれた。
 大好きな彼に背中を押されて、足を一歩踏み出す。
 ランバート王子に口をふさがれてバタバタともがいているクララに、静かに近づいていった。

「――!」

 ふたりが同時に動きを止める。
 それには構わず、マーガレットは、クララの耳元にそっと自分の口を寄せた。――そして。
 小さな、だけど確信をもって告げられたマーガレットの言葉を耳にした瞬間、クララが驚きで目を見開いた。

「うっ、そ、それは……」

 うめき声を上げ、クララががっくりと項垂うなだれる。
 彼女の全身から力が抜け、それを見たランバート王子が、押さえつけていた腕の力を抜いた。

 マーガレットは、そんなふたりにうなずくと、観客に向かって大声で宣言した。

「皆さま! クララ・ホワイトスノウ公爵令嬢がランバート王子の新しい婚約者となりました! このおふたりの婚約を、マーガレット・ブラックレイは、心から祝福します!」

 マーガレットのよく通る声が、静まり返った会場に響き渡った。

「王太子殿下、おめでとうございます!」

 レオナルドが大声で祝福の声を上げ、パチパチと拍手を促した。
 それを機に、あちこちから拍手が上がり始め、やがて会場は満場の拍手に包まれる。
 王族の席では、国王陛下が感謝の表情で頭を下げ、その斜め後ろでは、お父様が満面の笑みでうなずいていた。
 きっと、更なる見返りを要求するつもりだろう。

 何はともあれ、卒業パーティーの断罪イベントを無事に乗り切ることができた――
 そのことを実感し、マーガレットはホッと胸を撫で下ろした。


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